論文への反論!!
「この著者、言っていることおかしい!!」
「こんな結果になるはずない!!」
「私が普段感じていることとはだいぶ違うような気がするな」
論文を読んだり、人から話を聞いて、疑問を感じることもあるかと思います
(一番多い疑問は、この人何を根拠に言ってるの?ですが…)
そんな時、普通の科学論壇誌であれば、反論記事を載せることができます
しかも、論文の体裁はあくまで反論部分のみでOKです
(つまり、自分で同じ実験をするなどはしなくてもOK)
しかし、自分が明らかに間違っているにも関わらず反論をしたら、自分の評価に関わりますし、狭い世界ですから人間関係にも気を使います
ただ原則として、科学の世界に忖度は必要ありませんし、議論を深めて理解を深めることや、問題点を抽出することは大切です
このため、「Letter」という形式の反論や意見を投稿する権利が読者に与えられているのです
雑誌によってルールは様々ですが、発表されてから一定期間しか受け付けてもらえません
なぜかと言うと、論文作成時に分かっていなかったことや、当時は検出できなかったような物質なども当然あるわけで、例えば10年前の論文に、最近明らかになったことを理由にケチつけても仕方ないわけです
歯科領域ではこのLetter、珍しい印象がありますが、今日ご紹介するのは、そんな「Letter」です
しかも、昨日の「歯ぎしり(ブラキシズム )と歯周病の関係」で取り上げた論文に対する「Letter」です
科学者同士の争い、興味あります???
さて、論文を見てみましょう
Re: Bruxism is unlikely to cause damage to the periodontium
J Periodontol. 2016 Jan;87(1):1-2. doi: 10.1902/jop.2016.150342.
反論のLetterを投稿したのは、タフツ大学歯周病科のM. Peritsh氏です
冒頭、Peritshはこう述べています
・私は、この包括的な文献調査を行った著者に、多大な興味と賛辞を持ちながら、この論文を読んだ
何かが始まる前振りとしては十分です
・論文では、4,040ものブラキシズムに関する文献が見出されていた
・このことは、下顎の異常な運動が、歯周組織の健康に重大な影響を与えていることに対して、現在も、広く科学的興味が存在していることを明確に示すものである
これまでブラキシズムに関する論文が多く出されたことから、多くの人がこの問題に興味を持っていることを指摘しています
・著者らは論文で、タイトルのごとく、「ブラキシズムは歯周組織へ損傷を与えそうもない (Bruxism is unlikely......)」と結論づけている
・私の視点は、この「unlikely(ありそうもない)」という、「NOT likely(ありそうもない)」という意味の言葉にある
曖昧なことを問題視しているのか、否定していることを問題視しているのか、ここだけでは分かりませんね
また、3つの点で、著者らが達した結論を否定、あるいは時期尚早な意見である、と指摘しています
⑴ この研究では、データと手法に限界がある
⑵ 科学的論理の問題
⑶ 近年の、他領域における研究結果を見ていないこと
・著者らの結論を受け入れることは、治療と診断、臨床医の訓練に否定的な影響を与える
と痛烈に批判して、論考を開始しています
⑴ この研究では、データと手法に限界がある、という点について
・4,040のブラキシズムと関連する文献の中から6本の文献を抽出しているが、その少数の(選りすぐりの)論文でさえ、ブラキシズムの独立変数、例えばブラキシズムの種類、期間、調査手法などが、客観的でなく、体系的に(一貫性を持って)得られた測定値ではない
その通りですね
著者らも、「不幸にも、文献の量と質の問題によって明確な結論には至らなかった」としている
と、フォローもしています
この点は著者の問題、というより、過去の研究者の問題である、という点においては一致しているように思います
さらに、歯周組織の破壊という従属変数の測定でも、一貫性や正確性が低く、サンプル自体も臨床の状態と比較できるものではない
「歯周組織の破壊」をどう定義し、どんな検査値を持って「破壊」と判断したのか、という根本的な部分でまとまりがない、と批判しています
これも著者の問題、というより、レビューの対象になった過去の研究者の問題だと指摘しています
つまりPeritsh氏は、質の低い文献から構成されたレビューなのに、ブラキシズムは歯周病と関係「なさそうだ」と結論付けたことは無理があるのではないか、と指摘したいようで、以下のように続けています
もし、これらの(抽出した6本の)文献が確かなものであれば、メタアナリシスができ、関係性を明らかにすることができたはずである
これは確かにその通り
その上で、レビューをするのであれば、これらの点を考慮すべきだ、ということを述べています
⑵ 科学的論理の問題
歯周病の発症プロセスは複雑であり、疾患を理解するためのより良い研究モデルは、疾患の原因や長期間の疾患の進展、環境因子、遺伝因子、全身的な要因を考慮したものが良い
つまり歯周病と咬合の関係を見たいのであれば、歯周病と咬合以外の因子を可能な限り明らかにして、均一化するべきだと述べています
⑶ 近年の、他領域における研究結果を見ていないこと
論文では1950〜1980年の文献は無視されているが、これらの論文は人や動物の歯周組織における障害を明らかに示している
私の1980年の論文では…
Peristh氏は、この領域の研究をずっとしている研究者のようです
歯を支えるシャーピー繊維の構造の変化は、最新のbone matrix regulatory systemによって明らかになっている
歯槽骨の喪失と同時に、シャーピー繊維が失われ、結果的に歯の動揺が生じる
歯の浮遊は、歯間部への食渣圧入を促し、咬合により二次的な外傷が生じる
ブラキシズムによる力は外傷を促進する可能性がある
そういった事実を無視するな、と
結論としてこう述べています
他の証拠が現れるまで、歯根膜が広がることによる歯の動揺は、咬合性外傷単独あるいは細菌感染との協調の、明らかな臨床的なサインであるとしておくべきである
ブラキシズムが歯の動揺を生じるかもしれない、という臨床での証拠は、歯周病治療において無視されるべきではない
因果関係がはっきりするまでは、咬合の影響はあるものとして扱うべき、と言っているようです
「unlikely」が気に入らなかった理由がやっと分かりましたね
ただ、「ない」ことの証明はできないので、「ある」ことの証明が出来なかったら「ない」ということにするのが科学のお約束なんですね
ちなみに「ない」ことの証明は「悪魔の証明」と言い、不可能なことです
昨日紹介した論文の著者らは、この原則に従っています
確かにメタアナリシスが出来ない状態で、「ある」ことが証明できなかった、とするのには若干の無理があるでしょう
なので、「unlikely」すなわち「因果関係はたぶんない」とタイトルに入れたのも理解できます
昨日の私の記事の結論でも、「現在の科学では」とエクスキューズを入れてあるのはこのためです
一方、Peristh氏の主張も分からなくはないのも事実です
臨床家の皆さんは、むしろPeristh氏の主張のほうがしっくりくるかもしれません
しかし「ある」と思うなら「ある」ことを証明するために研究するしかありません
歯を削ったり、マウスピースを作成したり、侵襲や金銭的・時間的負担を患者さんに負わせるわけですから、「ある」ことが証明できていない現在、歯周病の改善のための咬合への介入は、極めて慎重になるべきでしょう
やはり昨日の論文の著者らが指摘していたように、「質の高い論文」がないことが、議論を混迷させてしまっているようです
咬合って、議論が熱くなりやすいんですよね…笑
そんな時、この記事を思い出していただければ嬉しいです。
ありがとうございました!
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