第29話 なんで言わなかったの?
「そういえば、一つ聞きたいことがあったのよ。」
テニスで尾張さんに惨敗し、溜息を吐きながら歩く帰り道、
「紀美丹君なんで、最初にあったときに私のことを幽霊だって言わなかったの?」
そう、尾張さんが質問してきた。
「過ぎたことは気にしない主義です。」
「気にしてるのは私なのだけれど。」
尾張さんの目線がいたい。しかし、理由を言うのは照れ臭いので、それっぽいことを言って誤魔化すことにする。
「僕、人をびっくりさせるのが好きなんです。」
「こんなサプライズはいらなかったわ。」
尾張さんは、不機嫌そうにそう言う。
「僕にとってはなかなかセンセーショナルでしたけどね。」
「センセーショナル?」
死んだと思っていた人がいきなり現れたら、誰だってそうだろう。
「それは、ともかく、紀美丹君にそんな趣味があったなんて知らなかったわ。あなたはむしろびっくりさせられる側じゃないの?」
「その認識はだいぶ失礼じゃないですかね?」
「あら、そう?気にしなくていいわ。ただのイメージの問題だから。」
「では、そのイメージを払拭する昔話を一つ。」
僕は、尾張さんに向け無駄に仰々しく一礼し、喋りだす。
「昔、僕は足が遅かったんです。」
「あなたが?さっきの動きからはそんな風には見えなかったけれど。」
「いえ、本当ですよ。徒競走とか毎回最下位でした。」
「ふーん?」
尾張さんは訝しげに相槌をうつ。僕は苦笑いしながら話を続ける。
「それでですね、走ってると前の方でゴールした人達が言うんですよ。『やった』とか『イエーイ』とか。」
「能天気な子がよく言ってるわね。」
「そういうのはまだいいんですけどね。結構いるんですよ。『うわっおっそ』とか、『ノロマ』とか馬鹿にしてくる人が。」
「あぁ・・・・・・居るわね。」
尾張さんは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら合いの手を入れる。
「で、それを言われた僕は笑いたくもないのに笑っちゃうわけです。」
「目に浮かぶわね。負け犬根性が染み付いた笑顔が。」
「負け犬て・・・・・・。まあ、心中穏やかじゃない僕はその時決意したんですよ。こいつら絶対凹ますって。」
それを聞いた尾張さんはどこかおちょくるように、
「あら?わんちゃんに何が出来るのかしら?」
と微笑む。
「誰がわんちゃんですか。その日から毎日筋トレとダッシュとランニングの日々でした。」
「犬よろしく、ね。」
どうやら、彼女の中で僕は犬という事になったらしい。
「ワンワン。」
「私猫派なの。」
つれない態度で突き放される。
「・・・・・・で、次の徒競走の時、僕の足が遅いと思ってる彼らはここぞとばかりにマウント取りに来るんですよね。」
「マウント?」
「『よーのろま』とか、『まーたビリ確定だなー』とか足が遅い僕に対するいじりって奴です。」
「という名のイジメね。」
「まぁ、そうですね。で、スタートするんですけど。」
「犬になったあなたが?」
「秘密の特訓をした僕がです。」
「おて。」
「・・・・・・。」
ポスッと右手を尾張さんの手に重ねる。
「それで結果は?」
彼女はその行動に満足したのか手を弄びつつ先を促す。
「まあ、取りましたよ1位をぶっちぎりで。」
「当然ね。四足歩行に二足歩行で勝てるわけないわ。」
別に四足歩行の特訓はしてないんですが・・・・・・。
「そのときの彼らの顔は今でも忘れられませんね。唖然としてたと思ったら、悔しそうにこっち睨んだり、引きつった笑いを浮かべながら『俺、今回調子悪かったんだー』ですから。別に何も言ってないんですけどね。まあ、仕方ないから僕もそれに応えてあげるわけです。最高の笑顔で、『僕もあんまり、調子良くなかったです』って。」
「あなた割と根に持つタイプなのね。私に注意したこと意識的にやってるじゃない。」
「いやーそれほどでも。」
「褒めてないわよ?」
「ただ、問題はその後だったんですけどね。彼らのうちの1人が、一瞬真顔になったと思ったら『調子のんな!!』って切れだしましてね。大変でしたよ。止めに入った先生が。」
「先生お気の毒に。」
「僕は笑い堪えるのに必死でしたから、仕方ないですね。」
「なかなかのゲス野郎ね。紀美丹君。」
「ゲス野郎は酷くないですか?」
僕のイメージの下降具合が酷い。
「でもそれは健全じゃないかしら。馬鹿にされて、自分の実力を伸ばす方に気持ちが向いてるのだし。誰かの足を引っ張ったり、自分より下の人間を見て安心するよりもずっと。」
そういう彼女はどこか物憂げで昔あった出来事を思い出しているようだった。
そんな雰囲気を変えようと僕は道化を演じる。
「いや、照れますね。」
「気持ち悪い。」
「酷い。」
しかし、それを察してなのか一蹴される。
「ねぇ、紀美丹君。・・・・・・いつか、私の事も。」
そういう彼女の顔は、どこか寂しそうで、僕は今すぐ何かしなければいけないような衝動にかられた。だから、
「・・・・・・ハムッ。」
取りあえず、彼女の白魚のような指に食いついてみる。
キャッという彼女らしくないかわいらしい悲鳴が聞こえた。
「・・・・・・何をするの。」
「ドッキリ?」
「だから、こういうサプライズじゃないのだけれど。」
彼女はそういうと、ため息をつく。
「まさに、飼い犬に手を噛まれるですね。」
「誰が上手いこと言えと。」
そういいつつ彼女はハンカチで手を拭いた。
そんな彼女の顔からは先程までの寂しそうな表情は消えほんのりと赤くなっているのが見えた。
「どうやら、しつけが必要のようね。」
そういう彼女の顔はにこやかだが、どこか迫力があった。
なので、僕は、
「反省。」
といいつつ塀に片手をおいてポージングをとる。
「それ、猿よね。」
わかりづらいボケにツッコミを入れつつ彼女はしつけという名の罰ゲームを着々と準備していく。
どうやら、誤魔化すことはできたようだが、僕は、今日無事に家に帰れるのだろうか。
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