バビロンのデイライト(第1章の5)

 おうおう!見事な死にっぷりだなあ!

 振り返ると、廊下の向こうから数人の男たちがのんびりとタバコを吸いながら、のんびりと歩いてきた。男たちはおそらく全員が五十代を超えていると見え、がっしりとした体格をし、日に焼けていた。

 ちょっくら頭に、仕掛けてやったんだヨ。よくない噂を耳に挟んだんでサ。
 見事な爆破ですね。狛江氏が言う。
 髪が薄くなった男が笑って言った。わかるかい?ドライムスを使うとね、こういうこともできるんだよ。新宿区の技術力をナメないでほしいねえ。しかしまあ、あの男の前がネコ、その前がネズミでの実験だからね。まあうまくいったほうだね。
 まったくです。

 男たちは大量の血だまりに、吸っていたタバコを落として消した。そして、これ掃除しといてくれや、とドライムスに向かって言った。おじさんたちが自社製品である「ドライムス・コンバータ」を使っているのを、町田は見逃さなかった。

 おたくがペガサスさん?

 町田は緊張してうなずき、そして自己紹介を行った。

 自分はペガサス電機の社員であり、旧型のドライムスに付帯させてほぼ新型と同じ動作をさせる「ドライムス・コンバータ」を取り扱っている。この画期的な製品を作れるのは、ひとえに我が社の技術部門が極めて優秀だからである。技術部門の責任者は、かつてゾイド社が(あの「革命」と言われた)第二世代のドライムスを製造していたとき、技術部門にいた人間である。優秀である。この上なく優秀である。この事実が導き出す結論は極めて明白である。すなわち我が社の製品は優秀である。この誉れの製品を購入せざる理由はあり哉?否である。買うべきである。我が社はすでに多くの大学や銀行に製品を納品をした実績を有している。おたくらみたいなしょぼくれた地域のおっさんごときがどう疑義を抱こうが、この製品を買わない理由は一切ないのである。買うべきである。買うべきである。買うべきである。

 彼はまくしたてた。いや、彼は興奮してはいたが、口調はいつもどおり、「無表情」というのに近かった。そして早口だった。彼の印象は端的に言って「仕事のできない、コミュニケーションに難のある若造」であった。

 巷のおじさんの意見としては、コミュニケーションに難があるのは「ドライムスに頼ってばかりいて体温の通ったコミュニケーションを避けた結果」なのであった。そんな認識を相手に持たれている若者が、自分を正当化するシロモノ(というふうにおじさんに見える)を売り込むにあたって、おじさんたちを懐柔するどころか、逆におじさん側の抵抗感をぐんぐんと上昇させているのに、彼はまったく気がついていなかった。商工会議所のおじさんたちは目に見えてイライラし、タバコに火をつけては消すという動作を二、三回繰り返すなどの動作が目についた。

 狛江氏は眉をひそめた。何しろ自分の分け前(破格の五割の紹介フィー)が手に入るかどうかの瀬戸際なのである。だから、この商談をやすやすとご破算にするわけにはいかないのであった。

 まあまあ、とりあえず、みなさんのお話を聴きましょうよ(これ以上喋り続けたら殺さざるを得ませんよ)。狛江氏は町田に言った。   
 狛江氏の、ビジネスコンサルタント然として落ち着いた、そして何より、自分たちを敬う態度が目に見えるようなその一言で、おじさんたちの態度は少し軟化した。おじさんたちは「人の話を聞くよりも、自分の話をしたい」のであった。

 君は話がわかるね。やっぱり若いというのは、罪なものだねえ。で、君らを呼んだ用件というのはね。おじさんは身を乗り出す。
 君らも知っているとおり、震災の後から、東京二十三区は、どこもホームレス問題に頭を抱えている。ここいらも例外ではなくて、新宿駅のあの一帯は、二十三区屈指のホームレスタウンに成長を遂げてしまった。最近ではあのホームレスタウンが観光地になっている有様で(私らは困っているんですよ)。いや、このご時世だから、ホームレスが増えるのは仕方のないことだとは思う(私も一定の理解はあるつもりだ)。
 そう、問題の本質は、実はホームレスではないのだ(では何か?)。
 ここでおじさんはタバコを吸う。

 部屋の中には五人のおじさんがいるが、喋っているのが誰か、という識別にはまったく意味がない。彼らはこのナラティブにおいて、一つの目的とキャラクターを共有しているのだ。五人のおじさんは、一つの「おじさん」という概念にますます統合されていく。

 そう、問題なのはホームレスではない。本当に問題なのは、ホームレス相手に店をやる輩だ。あいつらは商工会議所に加入していないのだ。私ら商工会議所が把握していない、巨大な地下経済が生まれつつある。これは由々しき事態とは思わないかね。ね。思うだろう?

 (狛江氏が大いに共感して頷く)

 私らは新宿で、長いこと商売をやっています。会社をやってる奴もいれば、弁護士もいる。店を構えているのもいる。これまで長年、私らがやってきたことは、経済だ。経済を回してきたということだ。そのことは、決して軽んじられるべきではないと思う。
 しかしあいつらは誰に許可をとるでもなく勝手に店を開き、ホームレス相手に商売をしている(あいつらは闇なのだ。巨大な地下経済を作り上げている)。そして背景には当然マフィアがついている。

 おじさんはタバコを吸う。
 しかし。あいつらに干渉すると命の保証はない。昔のヤクザとは違う。ヤクザの皆さんは、私らとはある程度の利害を共有していたわけだが、マフィアの連中は、私らと一ミリも利害を共有していない。
 あいつらと私らの間に共通点はないし、動く論理も違う。私らは、あのマフィアの連中と利害を争って敵対しているわけだ。いや百歩譲って敵対しているならまだ許せるものの、あいつらは私らを完全に無視している。あいつらが領土を広げるに際して、私らは眼中にないのだ。
 しかし、私らは黙っているわけにはいかない。黙っているということは、あいつらの存在を容認するということで、あいつらの存在を容認するということは、地下経済をどんどん繁栄させることになる。
 それは、自分たちの死を意味する。

 そう、つまり、あいつらの存在を容認するわけにはいかんのだ。何か対策を打たなければいかんと、まあそういうようなわけです。

(つづく)

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バンド「ツタン」のボーカル/会社員/自作曲のアップ/小説など書く/読み物サイト「ヤトミックカフェ」の主催など http://www.yatomiccafe.com/

バビロンのデイライト(連載小説)

「バビロンのデイライト」という長編小説の、第1章のみを全10回に分けて連載いたします。
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