見出し画像

バビロンのデイライト(第1章の6)

町田はこの話を神妙な顔をして聞いていたが、それがどのように自分の仕事に結びつくのか、いまいちピンときていなかった。彼は、商工会議所のおじさんたちの誰かがつづいて口をひらくのを待っていた。しかし、そこにあるのは静寂であった。誰もしゃべらない。おじさんたちは、自分の言いたいことを言ってしまったので、すっかり満足してしまっていた。

狛江氏は、次は町田の喋る番であるということを沈黙のうちに促していた。

つまり・・・と町田は言った。私は何を協力すればよろしいのでしょうか?

「根」を生やしてほしい。おじさんは言った。
おたくらの機械で、あの闇屋台がうじゃうじゃといるあたりを狙って、「根」を生やしてしまう。そうすればあいつらは物理的にここいらを離れざるを得ないだろう。あんな奴らは東京から出ていくべきである。

名案ですな。さすが。策士です。
狛江氏がすかさずヨイショの合いの手を入れて、かつ、そのタイミングは完璧であった。おじさんはあまりの心地よさに失禁をこらえるので精いっぱい。

「根」を生やす?どういうことだ?町田の頭のなかは混乱をきたした。
そもそも、うちの製品はドライムスのコンバータである。大体、ドライムス自体、「樹」を生やすものではない。ドライムスは、基本的には人の思考を読み取って送受信する装置だ(と町田は認識していた)。だから、ドライムスで「根」を生やせなどという要求は、象にブレイクダンスを踊ることを命ずるのと同程度の無茶な要求であった。

念のためにうかがいますが、と彼は言う。「おたくらの機械」とは我が社のドライムス・コンバータのことを言っているんでしょうか?あるいは別の製品のことを言っているのでしょうか?例えばペガサス電機には・・・

いや、その「ドライムス・コンバータ」のことを言ってるんだよ。お前さん。
おじさんが言う。
君は、おたくのろくでもない製品と「根」の関係を知らないのかね?いや、知らないふりをしているのかな?

彼はおそらく知らないんでしょう。狛江氏は言う。

こういっては失礼ですが、彼はどうも仕事ができるように見えません。営業としても三流でしょう。ペガサスも、彼のような、どうしようもない人材を解雇しないで堂々と外に出歩かせているところを見ると、お里が知れますよ。
まったくだ。おじさんが相づちをうつ。こういう仕事のできないつまらない人間は、いちど死んでみないといかんね。
肉をすりつぶしてしまえよ。別のおじさんが言う。肉をすり潰して闇市に卸してしまえ。あの連中なら人肉だといっても買うんじゃないだろうか?何しろグルメな舌を持っているからなあ!
いや、待て、待て。また別のおじさんが言う。この使えない営業マンをすりつぶしたところで大した金にはならんさ。なんとか「根」を生やしてもらわんといかんだろう?こいつがきちんと会社に戻って俺たちの伝言を伝えるかどうか、監視しないといかんよなあ。
そりゃあそうだ。あーさんは本当に常識人だ。

じゃあ
ちょっと
失礼して。

 

 ずずず

 ずずず
 ずずず

  ずずず ず
 ずずず

 ずずず  ずずず

 ず ず ず

あっという間に、町田のドライムスはハックされ、今まで感じたことのないような感覚に襲われた。ミンチをこねる熟練したシェフの手が、誤って脳みそをこねてしまったような、柔らかな、それでいて違和感しか感じない感触。おじさんたちは彼のドライムスに勝手に接続し、思考をこねくりまわしているのだった。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?