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バビロンのデイライト(第1章の7)

 お前え、きちんと俺たちの言ったことを会社に報告しろヨ。/ペガサスだかなんだかしらん・しらん・知らんが、ドライムスが「根」に干渉するのはよくわかっているんだぞゾゾ。調べべべべべがついてる。ついてる。ついてる。/何も知らんとノコノコ来やがって。ウスノロ。/あんたらが、今からそれを発表しようとしてるんだから、それは周知の事実・事実・事実ダ。/いいから黙って「根」を生やして、あいつら、マフィアの奴らを、追い出すのに黙って協力しロ!

 いいか。
 動くのはお前だ。
 お前は単独犯だ。
 マフィアに殺されても、お前は、誰にも文句は言えない。私らを巻き込むんでねえぞ。

 それから。
 お前が怠惰のあまり我々の要求に応えないようなら、今から四十八時間をもって、あいつのようにお前の頭部を大爆破する。すでにお前の頭に爆弾は仕掛けたかんな!

     *        *         *
 
 彼は、町田は、そこからどのように駅に行き、そして会社に戻ったのか、記憶がない。

 気がつくと非常に不愉快な気持ちとともに、地下鉄に乗って揺られ、そして次に意識がはっきりしたときには、デスクについていた。おそらくどこかの脳神経をハックされたのだろうということは察しがついた。ドライムスでは今ごろスパム系統で処理されているだろうが、もう手遅れだろう。こんなクソ機械を売るのも使うのも嫌気が差した。

 しかし、そういうわけにもいかない。

彼は商工会議所のおじさん連中に、新宿に根を張るマフィアの皆さんとの対決を仕組まれてしまったのだから。彼にはもう逃げ場がない。そうすることで製品が売れるのであれば、会社としてもそれを奨励するはずだし、仮に社員一人が死んだところで、彼の給与支払いよりも製品が売れさえすれば何の問題もない。

とりわけ、彼のような三流社員が、頭部大爆破死という形で自然にリリースされるのであれば、会社としては願ったりかなったり、というわけに違いない。
 
 ペガサス電機は昨年、七十人の死者を出した。死因の内訳は、「仕事中の事故」が十一件、その他「病気」「自殺」「他殺」とつづく。まあ、平均的な数だ。今どきペガサス電機ほどの規模であれば、それくらいの死者はどこの会社も出している。今や、世界の企業は戦争状態にあり、人命は製品よりも軽し、というか、ほとんど余剰人材を減らすことが全世界的な課題であるなかで、表向きのヒューマニズムは、ドライムスと交代で間もなく今世紀から姿を消そうとしております。(さようなら!さようなら!)なんといっても、株主総会で「おたくは今年、仏さまの数が少ないんじゃないのか?どうなってるんだ?仕事をしているのか?」という質問が投資家から飛んで来る時代であります。その投資家だって家では好々爺で、孫をかわいがっているという有様です。

 より良い転職先を得るためには、成績を残すか、産業スパイをやるしかない。そして、これまで産業スパイを試みた優秀な人材は、五割の確率で生き残っている。まあ半分は死んでいるわけだが。ここから導かれる結論としては、産業スパイなんかやるもんじゃない、という教訓である。だから彼はコツコツと、成績を上げようとして、周囲から見ればほとんど無駄な努力をしているわけなのだ。何しろビジネスセンスが欠如しているから。

 彼と仲の良かった同期の小田原君は、子供が生まれたばかりで、寝返りをようやく打てるようになったかわいい我が子のために、生活を向上させるために頑張っていた。彼は、今よりも好条件でライバル会社からオファーを受けていたが、その条件が新型ドライムスのコンバータに関する情報のスパイであった。その結果。子供が一歳になるのを待つことなく、小田原君は首ごと切り取られて、背広で「気をつけ」をした勇ましい死体となって我が家に帰還した。そしてとうとう首から上が見つかることはなかった(彼は人生の最期にどのような表情をしたのか?)。

 町田が回想に浸っていると、上司がドライムスを通じて彼を呼び出した。先ほど、頭の中で報告書を整えて、ドライムスで送信していたのだ。

 やるしかないやな。と、上司は言った。

 代々木上原、という名の、役職が課長であるところのその上司は、気の弱い性質で、課長に昇進してからというもの、これといった実績が残せておらず、いよいよ「リストラ」リスト入りするのではないかともっぱらの噂であった。代々木上原課長もそれは認識しており、どのように自分は勇ましく死んでいくべきかについて、日がな一日考察するのに時間を費やしており、それによってますます仕事の成果が出ないという悪循環に陥っていた。

 ドライムスで「根」を生やせというのはいったい何なのですか?

実は明日・・・と代々木上原課長が言った。

(つづく)

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