奇説無惨絵条々書影

【天狼院書店初心者短編2019年10月コース受講者向け】⑥「根源的な形容詞」の難しさ

【PR】

【注意】
 こちらのエントリは、天狼院書店さんで開催中の「短編小説100枚を二ヶ月で書いてみる」講座参加者の方向けのエッセイです。参加していない皆様にもなにがしかに気づきがあるかもしれませんが、このエッセイは基本的に「初心者の方が小説を書き切る」という目的設定をした講座に向けたものでありますので、中級者、上級者の方がご覧の際にはそうした点をご注意の上ご覧ください。
【注意ここまで】

 今日は、小説を執筆するときのちょっとしたTIPSです。

 世の中には「根源的な形容詞」があります。
 いや、これ、あくまでわたしの命名なので外で使わないでくださいね。「なんすかそれw」って笑われてしまうので。
 世の中の形容詞「~い」の中には、とんでもなく強く幅広い効力を発揮するものが存在するんです。例えば、「嬉しい」「悲しい」「美しい」「強い」など。例えば、

 あの人は美しい。

 こんな文があった時、ここの主語である「あの人」には絶対的に「美しい」んです。

 非常に使い勝手が良いのですが、この「根源的な形容詞」はかなり取り回しが厄介です。たとえば、先の文章、

 あの人は美しい。

 ですが、どう美しいのかというディティールが読者に伝わりません。そのため、

 あの人は、目鼻立ちがくっきりしていて美しい。

 のように、そのディティールを細かくしてゆく必要がありますし、いっそのこと、

 あの人は、目鼻立ちがくっきりしていて華がある。

 と、「美しい」という言葉をハネてやることもできるんじゃないかと思います。
 実は、「根源的な形容詞」は根源的であるがために抽象的で、細かなイメージが読者に伝わりにくい側面が大いにあります。また、人は細かなシチュエーションにこそ心を突き動かされるものなので、「根源的な形容詞」を提示しただけでは、読者の深いところにまで届く表現となりません。

 人気デュオのゆずさんの『始発列車』という曲があります。この曲は別離の哀しみが主題の曲ですが、一切「悲しい」という言葉を使っていないのに、主人公の哀切が伝わってきます。この曲において、「悲しい」という「根源的な形容詞」はシチュエーションや言い換えによって昇華され、一つの作品となっているわけです。

 とはいえ、実は「根源的な形容詞」に使い道がないかといえばそんなことはありません。
 実は、「どうでもいい情報」を読者に提示するにおいては、これ以上使い勝手の良い道具はありません。

 例えば、先の

あの人は美しい。

 ですが、これ、主人公やヒロインを描写するにおいてはあまりに抽象的ですが、たとえば本筋に関係ない受付の女性や、ちょい役で登場した五十代のちょい悪社長の評言だとしたらどうでしょう。逆に、それらの人物に対してくどくどと描写をするとどうなるか、という話です。
 これはどんな創作物についてもそうでしょうが、描写をする際、主人公やモチーフとなる事態に近いものほど詳細に、遠いものほど粗略に描写するのが基本です。なので、映画で言うエキストラやちょっとした背景に関しては、むしろ「根源的な形容詞」を駆使してやったほうが上手くいくこともままあります。
 つまり……。

 主人公や事態に関わりのある事物 → 「根源的な形容詞」を避けたほうがいい
 エキストラやちょっとした背景 → 「根源的な形容詞」を使ってもOK

 という図式が成立するわけです。
 実を言うとこれにも別の説があります。「読者に美しい女性をイメージしてもらうために、あえてヒロインに特徴を与えず、美人としか表現しないようにしている」と公言なさっておられる作家さんもおられます。確かにそれも一理あるんですよね……。
 いずれにしても、「根源的な形容詞」は大変使い方が難しいものなので、ご使用の際にご注意ください、というのが今回の内容となります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?