奇説無惨絵条々書影

『奇説無惨絵条々』(文藝春秋)はこうして生まれた②

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 2016年の6月某日昼間、わたしは新橋のフーターズにいました。
 フーターズというとあれです。タンクトップにホットパンツのコスチュームに身を包む若いウェイトレス(フーターズ・ガールというそうです)を横目に酒を飲む、いかにもアメリカらしいド派手なスタイルの居酒屋さんです。
 確か、綿の長着に袴を合わせるという軽装であったと記憶しています。かなり暑かったはずです。なぜそう言い切れるのかというと、わたしの目の前には、キンキンに冷えたモヒートが置かれていたからです。
 前に座るのは、Twitter相互のぬまきちさん、角川春樹事務所の編集者である中津宗一郎さんです。
 なぜこんなメンツで真昼間のフーターズにいたのか。すけべだからではないですよ。これには深いわけがあったのです。
 実は当時、新橋の画廊で、シリアルキラーの描いた絵の展示企画をやっており、Twitterで行きたいなあと発言したところ、相互のお二人と話が合い、では一緒に行きましょうということになったのです。が、この展示、異様なまでに人気でとても入場なんかできず、結局大人三人が集まったんだからちょっと飲みましょうということになってフーターズとしゃれこんだわけなのです(昼間から空いているお店が他になかった)。
 実はわたし、シリアルキラーの話を収集するのが大好きなのですが、こんな体たらくなのでしょうがない、この日は結局三人でモヒートを呑みながら情報交換をしていたのですが、そんな中、わたしは酒のおかげか上機嫌に「シリアルキラーが描きたい」と口走りました。いや、フーターズ・ガールたちの視線の冷たいこと冷たいこと。ただでさえフーターズ店内で和服姿という何この罰ゲームな状態です。針の筵とはこういうことを言うのだろうなあ。
 お二人からは「おおそれはいい、you、やっちゃいなよ」とばかりに励まされたのですが、当時わたしはまだネオ歴史小説の作家で、猟奇ものを書ける環境にありませんでした。

 シリアルキラーが描きたい――。

 あんまり表では言えない願望が、わたしの眼前に現れた瞬間です。

 さて、それとほぼ同時期、文藝春秋『オール讀物』さんで企画が進行していました。「江戸の事件簿」という縛りで単発の仕事をやらせていただいた後、声をかけてくれた編集者さんが「不定期の連載を書かないか」とお声をかけてくださったのです。
 その際、いくつか企画案を出したのですが、その中に「江戸の猟奇」を忍ばせておきました。どうせ没にされるだろ、きっと他のネタが採用されるのだろうと思っていたのですが、なんと担当者さんの目に留まったのが「江戸の猟奇」でした。

「これだったら、先に書いてもらった単発の短編も活きてくるので」

 今、わたしは一つの可能性を考えています。文藝春秋オール讀物の担当者さんもまた、猟奇ファンなのではないか……、と。
 怖くて聞けていないのですが、いずれにしても、「シリアルキラーが描きたい」という野心が、案外早く形になってしまったのでした。



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