廉太郎ノオト書影おびあり

今、己にとって切実な

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 よくわたしが話している逸話なのでご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、デビュー時に本を担当してくださった編集者さんが、デビュー作の企画の際(注:わたしは受賞デビューした人間なのですが、受賞作があまりに地味だったので作品化せず、新規に企画書き下ろしをしてデビューしました。それが『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』だったのです)こう言いました。

「今の谷津さんを書いてください」

 実は受賞作の主人公はおじいさんで、老いの後悔と永遠に色あせない行跡、行動の対比を描いた作品だったのですが、それを書いたのは25歳のこと、おそらく編集さんからすれば絵空事に見えたのでしょう。いや、たぶん、今のわたしが読んでも絵空事にしか見えないことでしょう。そんな気がひしひしとします。(怖くて見れない)
 たぶん、そうやって背伸びするのではなく、今、自分が体重を乗せやすい人物を主人公に書きなさいよ、というのが編集者さんの謂わんとするところだったのでしょうが、ここのところ、その編集者さんの言葉がわたしの中でさらに熟成されている感もあります。

「今、己にとって切実な問題を書く」

 今のわたしは概ねこんな考えでいます。
 世の中には小説のモチーフなりうる事物であふれています。その中には、今のわたしでは到底咀嚼できない、というより、全人類が束になってかかってもなお咀嚼の糸口さえ見つからない問題もあれば、既に何千年も前に答えが出ている問題もあります。もちろん、今例に挙げた問題を扱って小説を書いたとしても何の問題もありません。ただ、作家自身が切実になれない問題に対して、小説を読んでくださる読者の方が我がこととして乗ってくださるだろうか、乗ってくださるような筆運びができるものだろうか、というのがわたしの今の疑問なのです。
 というわけで、基本的にわたしは「今、己にとって切実な問題」を小説に書いています。まあ、30歳代男性の切実な問題なんて人生の先輩方からすれば笑い草かもしれませんが、それでも、己のベストバウトを目指すためには、己にとって最も体重の乗るあれこれを筆に乗せるしかあるまいというのが今のわたしの思いです。そして実は今、そうすることで、自分の中で色々なものが深まっていく感じを楽しんでいる今日この頃です。

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