鈴木偏一

マインドが大学生。 https://twitter.com/ichi_hen?s=09

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マガジン

  • 小説 開運三浪生活 #2 モノクロ時代

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。東北南端の農村に生まれた彼は、いかにして優等生としてのプライドを育み、その後劣等生に落ちぶれていったのか。その生い立ちから「県大」に滑り込むまでを描く。

  • 小説 開運三浪生活 #3 イーハトーブの冤罪

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。せっかく滑り込むことができた「県大」のキャンパスライフに飽き足らない彼は、相変わらず理系への憧れを捨てきれず、仮面浪人を決意する。

  • 小説 開運三浪生活 #1 三浪前夜

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。せっかく進学した「県大」を休学し、広島大の総合科学部を再受験するまでの孤独で独善的な足取りを描く。

  • 十行日記

    日常まわりの雑感を十行でつづる不定期エッセイ

最近の記事

小説 開運三浪生活 24/88「宅浪志望」

『竜馬がゆく』で歴史小説の面白さに目覚めた文生が、司馬遼太郎の次に手を着けたのが井上靖だった。『敦煌』『天平の甍』『風林火山』といった薄手の文庫本を、勉強そっちのけで次々に読み漁った。本はすべて書店か古本屋で購入した。自分が読む本は常に手元に置いておきたかったし、高校の図書室にはどうしても足が向かなかったからである。一年生の頃に二、三回図書室を覗いてみたが、黙々と自習する上級生たちで室内はいつも張り詰めており、文生はまったく気後れしてしまった。劣等生の自分にとって、およそ場違

    • 小説 開運三浪生活 23/88「赤点集合!」

      一学期もあと数日で終わる土曜日の午後、追試を受けることになった生徒とその保護者が会議室に呼び出され校長の話を聴く、という場が設けられた。この日に先立ち、文生は自分で招いた事態ながら大いに気を揉んだ。――その日は全学年全クラスの赤点犯の親子が一堂に会する。その中には同じ中学のヤツもいるかもしれない。そんな場に母親を呼んだら、公開処刑に発狂してしまうに違いない――。父親を招集する以外に、手はなかった。 集会の時間が来た。文生は父親と並んで前方の席に座った。席が埋まり出した頃、後

      • 小説 開運三浪生活 22/88「LAST BANKARA」

        成績こそ悪かった文生だったが、クラスの居心地はよかった。中学の時のように優等生扱いされることもなかったし、男子ばかりだったので異性の目を気にせず、ふざけあえた。教師も男子校出身者が多く、授業中に下ネタが飛び出すのはいつものことだった。 理数科で、文生には特に仲のいい友人が二人できた。 別の村の中学から来た木戸とは、中学時代に卓球の大会でよく顔を合わせていた。親しく会話を交わす仲ではなかったが、クラスメイトとして接してみると、下ネタも真面目な会話もそれなりに合わすことが

        • 小説 開運三浪生活 21/88「燃え尽き小休止」

          期待を裏切らずH高理数科に進学した文生に対し、村の人間たちは相変わらず好奇の目を向けていた。 「フミオちゃん、理数科でも一番なのけ?」 言外に挫折を願う響きを持たせ、周囲の人間は母親を勘ぐった。その重圧に耐えきれなくなると、母親の感情の矛先は文生へと向いた。 「フミオ、もう、伸びないんでしょ……」 一学期の成績を見てあからさまにがっかりした母親は、我が子が努力しているのにかかわらず伸び悩んでいるものと思い込んだ。才能ある人は努力しなくても伸びる、才能がない人は

        小説 開運三浪生活 24/88「宅浪志望」

        マガジン

        • 小説 開運三浪生活 #2 モノクロ時代
          15本
        • 小説 開運三浪生活 #3 イーハトーブの冤罪
          0本
        • 小説 開運三浪生活 #1 三浪前夜
          9本
        • 十行日記
          18本

        記事

          小説 開運三浪生活 20/88「高校デビュー」

          結果として、文生は念願のH高理数科に受かった。合格発表で自分の受験番号を見つけた文生に、合格を勝ち取ったという感覚はなかった。安堵だけだった。下降気味だった学力が、合格ラインまで持ちこたえてくれてよかった。親の期待に応えることができた。村の世間からの期待にも応えることができた。文生は心底ほっとしていた。 ――これでやっと、解放される……。 静かな城下町の家並みの端に、その男子校はあった。文生は毎朝バスで三十分かけて通学した。それぞれの中学でトップ争いをしてきたクラスメイト

          小説 開運三浪生活 20/88「高校デビュー」

          小説 開運三浪生活 19/88「竜馬幻想」

          その頃、文生の心を突き動かしたのが坂本龍馬の伝記だった。もともと小学生の頃から伝記物が好きで、古今東西の偉人を経て辿り着いたのが幕末だった。坂本龍馬その人だけでなく、時代を動かしていった(と、されている)維新志士たちの潔さに文生はいたく感じ入った。 ――カッコいい、こういう人生。 命をなげうって日本のために行動する志士たちの姿に感動した文生は、そこまで劇的な人生でなくても、いずれ広く世の中の役に立つ人間になりたい、と昂奮の中で大風呂敷を広げた。それまで文生は、大人になった

          小説 開運三浪生活 19/88「竜馬幻想」

          小説 開運三浪生活 18/88「理数科ブランド」

          勉強では三年になってもなんとか学年上位をキープしていた文生だったが、学年が上がるにつれ試験の点数は少しずつ下がっていった。世間から「あいつ落ちぶれたな」と言われない順位ならよしとした。なかでも理科はいつもいまひとつで、学年十位以内に入るのがやっとという時もあった。それでも合計点で帳尻を合わせ、悪くても三位にはとどまることができた。授業中の集中力と一年の頃の貯金とプライドで、なんとか持ちこたえている感じだった。 文生はいわゆる進学校への進学を志望していた。隣のS市には進学校が

          小説 開運三浪生活 18/88「理数科ブランド」

          小説 開運三浪生活 17/88「部活生活」

          中学で文生は卓球部に入った。男子の花形部活と言えばバスケットボールか野球で、「卓球部に入るのはデブか真面目君」などと揶揄されていた。文生自身、卓球なら運動音痴の俺でもできっぺ――と舐めていた。が、実際に入部してみると練習は厳しかった。文生は毎日クタクタになって帰宅した。疲れてはいたが、運動が苦手な自分でもやればやっただけ上達することへの喜びがあった。 家での文生は、毎日ノート五ページの勉強を自らに課した。教科書の英文や単語の書き取りを二ページ、数学の計算ドリルを二ページ、漢

          小説 開運三浪生活 17/88「部活生活」

          小説 開運三浪生活 16/88「白日中学」

          文生は中学生になった。村には小学校も中学校もひとつずつしかないので、生徒の顔ぶれはまったく一緒である。小学校との大きな違いと言えば、何かしらの部活に入らなければいけないことと、定期テストの成績上位者三十人の氏名が毎回デカデカと廊下に貼り出されることだった。 五月。初めての中間テストに、文生は充実した緊張感をもって臨んだ。中学の授業は、大嫌いな体育以外はどれも面白かった。いきなりトップとは行かなくても、そこそこの位置にはつけるんじゃないか――。密かに自信があった。 仮に三十

          小説 開運三浪生活 16/88「白日中学」

          小説 開運三浪生活 15/88「喜ぶ人、悲しむ人」

          苦手な体育の授業になった途端、文生はいつも劣等生になった。タツヒコの子分たちも非難に加勢した。なかでもサッカーの時間が拷問だった。 「どこ蹴ってんだ下手くそ!」 「フミオのせいで負けた!」 「勉強ばっかしてっからそんなよわっちいキックしかでぎねえんだ!」 喧嘩したところで勝てもしなかった。文生はその都度黙り、無表情をつくってやり過ごした。 ――こんなの、どうせ過去になるんだ。今だけだ。 努めて取り繕った鉄面皮が、かえって周囲からの反感を煽っていた。 依然として特等席

          小説 開運三浪生活 15/88「喜ぶ人、悲しむ人」

          小説 開運三浪生活 14/88「ワガママ太郎」

          文生は六年生になった。テレビを観ない優等生として、文生の名は今や村じゅうに知れ渡っていた。賞賛の皮をかぶった奇異の目や、あからさまな批判にさらされるのが日常だった。 六年生の教室の窓からは、隣県との境をなす六百メートル級の山々が壁のように連なって見えた。そののどかな緑色が文生は好きだったが、同時に閉塞感も覚えていた。 ――高校出たら、あっち側に行きてえな。 山を幾つか越えれば、そこは関東である。 「今日から毎日、自分が希望する席に席替えしよう」 クラスの女性担任がそ

          小説 開運三浪生活 14/88「ワガママ太郎」

          小説 開運三浪生活 13/88「田舎の世間」

          二年生の夏休みが明けた途端、文生は授業中すすんで手を挙げる活発な小学生へと変貌を遂げていた。読書で知らない言葉や物事に触れたせいか、国語も算数も社会も理科も大好きになっていた。よくしたもので、テストでも点が取れるようになり、いつの間にか学校に通うのが楽しくなっていた。ただ、数少ない友達との会話はだんだんと合わなくなっていった。その年代の男子の話題といえば、テレビゲームかアニメだった。 近所のスーパーへの買い物の帰りだった。武登を連れた母親は、文生と同い年の子どもを持つ主婦二

          小説 開運三浪生活 13/88「田舎の世間」

          小説 開運三浪生活 12/88「こんにゃく男児」

          東北の南端、関東の北隣にあたる農村に、田崎文生は生まれた。村の中央には平地が広がり、南に向かうに連れて緩やかに高度が上がっていく。五、六百メートル級の山々が幾重にも重なり、地図上ではそのずっと先に関東平野が広がっているとのことだった。 扇状地の端部に田崎家はあった。今でこそただの住宅地になってしまったが、文生が幼少の頃は八百屋、肉屋、魚屋、寿司屋、靴屋、おもちゃ屋、そしてスーパーが軒を連ね、村の中心部としての活況を呈していた。北に五分ばかり歩けば家並みは終わり、一面に田んぼ

          小説 開運三浪生活 12/88「こんにゃく男児」

          小説 開運三浪生活 10/88「さよなら文明」

          小学校三年の春、文生の視界からテレビが消えた。 「フミオ、何回言ったらわがんの。もうちょっと離れて観な」 ある日曜日の夕食終わり。文生は三つ下の弟、武登とテレビアニメを眺めていた。 「そうやって朝から晩までよっぱらテレビばっか観てっから、視力落ちたんだっぱい! それ以上眼ぇ悪くなって、眼鏡なんかかけるようになったら、ああもう大変だ……。向かいのあきちゃんの時みたくいろいろ言われるわ」 「よっぱら」とは、何かに没頭している様を意味する、福島県南部の方言である。語源はおそ

          小説 開運三浪生活 10/88「さよなら文明」

          ここまでお読みくださりありがとうございます。第一章「三浪前夜」はこれにて終了。次回からは主人公タサキフミオの生い立ちを描く第二章「モノクロ時代」をお送りします。なぜ彼は三浪しちゃうような青年に育ったのでしょうか……。毎日20:00公開です。

          ここまでお読みくださりありがとうございます。第一章「三浪前夜」はこれにて終了。次回からは主人公タサキフミオの生い立ちを描く第二章「モノクロ時代」をお送りします。なぜ彼は三浪しちゃうような青年に育ったのでしょうか……。毎日20:00公開です。

          小説 開運三浪生活 9/88「高らかな敗北宣言」

          文生の仮面浪人は一週間で挫折した。数学と英語のテキストが数ページずつ進んだだけだった。県大の講義のレポートを終えてから再びデスクに向かったが、集中力はすぐに途絶えた。モチベーションを高めようとCDをかけ、気がつくと一時間も熱唱している自分がいた。 ――これじゃ受かんねえわ。 このペースで受かるほど広大は甘くない。自分には仮面浪人の適性がないことを、さすがの文生も悟った。まったくもって仮面浪人を舐めていた。世の中には、大学の講義と受験勉強とを両立させ、なおかつ志望校合格を勝

          小説 開運三浪生活 9/88「高らかな敗北宣言」