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名古屋の産業と暮らしを支えてきた堀川、江戸〜昭和の記憶をたどる【伝馬橋から新洲崎橋まで】

11月14日(火)名古屋の産業と暮らしを支えてきた堀川、江戸~昭和の記憶をたどる【伝馬橋から新洲崎橋まで】

堀川文化探索隊の伊藤正博さんを迎え堀川周辺を散策しました。最初に訪れた伝馬橋は美濃街道沿いで人通りが多かったそうで、参加者の皆さんも街道の位置などを伊藤さんに尋ねていました。

堀川はあま市出身の福島正則によって作られた人口河川です。船は大量運搬に最適な手段でしたが、危険も伴うので無事を祈る為につんぼ蛭子のある泥江縣神社や光明院、神明社などに人々が集い祭りなども行われ大変賑わっていたそうです。

明治になり鉄道が開通すると納屋橋が中心となり、今あるモダンな橋もかけられました。1981年の改修時もその景観は維持され名古屋を代表する場所となっています。
洲崎橋周辺には洲崎神社や津島神社がありかつては巻藁船が出る舟祭りが行われていた。

今はオフィス街で歩いていても車の音しか聞こえないけれど、耳をすませば古き良き時代の足音が聞こえるかもしれない。昔の人が守ってきた堀川を魅力ある場所に出来たらいいかも~

レポート:シャオラン  写真:yugakisaragi
■レポートしたプログラム

■まち歩きなごや

■やっとかめ文化祭

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