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絶神のエデュシエーター 絶対なる風 3

「イドゥン神自慢のかき氷、いかがだい?」
「きんきんするー!」
「ははは、一度に食べすぎるとそうなるんだ」

 飴雲を食べた後、なし崩しに屋台を回ることになったゲイルとルナは、必然的に食べ歩きを敢行していた。
 かき氷とは氷を細かくスライスしてシロップをかけたものであり、一度に食べるとキーンと強い頭痛を発する。
 初めて食べる人には強い刺激で同じみの氷菓子だ。

 イドゥン神自慢とされているのは、由来となる水のことからからだろう。
 イドゥンは治水の神で、闘神の一人とされている存在、水神イドゥン。
 今まで名前の出た闘神は他にテウアーがいるが、イドゥン神はこの地では特に崇拝される存在だ。

 大水里イドゥヌス。
 『世界葉』とされるこの世界の大陸…その半分を占める領土が、数百年前の代の闘神イドゥンから誕生した、代々続く王家が守護しているこの大水里イドゥヌスである。
 かくいうこのフラヌ街もイドゥヌス領土であり、膨大な治水の技術の恩恵を受け、何百年も水害から守られ続けているのだ。

「もうにどとたべないから!」
「ははは…ごめんなさい」
「良いってことよ!なんせうちのかき氷は絶品だからな!次も食べたくなるぜぇ!」

 店員の強い自信とは反対に頬を膨らませ、むかつきをアピールするルナ。
 こうしてみると、見た目よりも更に幼い子供に見え、微笑ましさが増す。
 月の妖精というよりは、月のうさぎのように飛び跳ねるルナを見て、ゲイルはそう思った。

 「火神バルクヌ様の焼いたホットドッグだい!見ていくか~?」
 「木神ケテル印の焼きとうもろこし!うまいよー!」

 次々に商品に闘神の名前が冠されていく。

 火神バルクヌとは火炎の神。
 燃えたぎる星の火の力の象徴とも言える神。
 人類の文明の進歩に貢献し、夜を照らしてきた火への尊敬の対象である。

 木神ケテルは植物にして豊穣の神。
 大陸の中心部に在する世界樹も、ケテルの力によって巨大な樹へと成長したという。
 人類に原初の恵みをもたらした大地の神だ。

 様々な神の名前が上がる中で、本当にこの街が今お、祭りの只中にいるのだと実感が深まっていった。
 その中で——

「これ、なぁに?」
「ああ、儂は彫刻をやっておってな。機神テウアー様に祈りを捧げておるのだ」

 ルナが年老いた職人と、その制作物に目を向けていた。

 機神テウアー。
 おなじみ機神迷宮を始めとして、機械を統べる神とされているが、その実態は鉱物も司る神だ。
 大地に関わる存在として、木神ケテルと同じくもう一対の大地の神として見られることも多い。

 そして何よりも、彫刻。
 石彫りや木彫りで物体の形を彩り、他者を魅了する芸術活動。
 岩石に専用のナイフで傷を刻み、削ぎ落とし、やがて一体の形の整った立体芸術として神に奉ずる。
 彫刻とはそういった神聖味の側面を持つ文化と言えた。

「今作っているものはな、ドラゴンじゃ」
「どらごん?」
「羽をはやし、大空に飛び回りて、火を吹いて回る。神聖でありながら、災厄を呼び起こすと言われる強大な魔物じゃ。なので、テウアー様がいつでも守ってくださるよう、こうやってその存在を石に刻んでおるのじゃよ」
「ふーん、そうなんだ」

 生返事である。

「実際にドラゴンに襲われたことが?」
「儂の代ではまだない。だが祖父がの。それっきりうちの代はこれが家業じゃ。ただ忌み嫌うのみでなく、ありのままの形を見つめ、その上で祈りを捧げる。そうするのが大事と我々は代々信奉しておる」
「…すごいですね」

 芸術とは、時に憎しみすら祈りに変えてしまうものなのか。
 老人の言葉は、一種の悟りのように思えてならない、崇高なものであった。
 ゲイルはこの言葉に、崇拝という言葉の真意が隠されているのだと、一人思うのであった。

「しかしお前さん達も、良いやつじゃのう」
「「へ?」」
「今どきの子らにこういう事を言っても、理解されんどころか馬鹿にされることが多かったのじゃ。なにせ儂もそうだが、闘神の現れた時代を知らぬもの。理解されずともしょうがないと思っておった」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
「そう言えるのなら、おぬしらの行末もきっと、テウアー様が守ってくださるだろう。儂は信じておるよ」

 そうひとりごちた後、老人は一人、ひらめいたように二人を見つめ——

「そうだ!おぬしらをモデルに石を彫らせてはくれんか!」
「ええっ!?そんなことできるんですか!?」
「いいよ!おもしろそう!」

 驚愕するゲイルに、即座に食らいつくルナ。
 人をナイフで、石から形作るだなんて、それこそ相当な業だ。
 石に命が吹き込まれる瞬間をこの場で見れるのだから、今がどれほど恵まれているのだろう。

「少し長く待つことになるが、いいかの?」
「うん!だいじょうぶ!」
「お願いします」

こうして、日が暮れる少し前まで時間がかかったが、ちょうど屋台がたたまれる時間帯。
石で出来た二人の像が、立派に道の側面に飾られたのだった。

 近場の宿屋に荷をまとめて、幾らか。
 月明かりの灯る夜。
 それは聞こえた。

「ふっ、ふっ」

 ぶんっ、ぶんっ。

 なんだろう。
 ルナは外で鳴る風切り音と人の声が気になり、窓から屋外を見つめた。

「ふっ、ふっ」

 ぶんっ。
 そこには、身の丈も有る程の大きな剣を庭で振るい続けるゲイルの姿があった。

「ゲイルー!なにしてるのー!」
「ああ、ルナ。起こしちゃったね…ふっ」
「なにしてるのー?」
「稽古だよ。剣を振る…戦うための稽古さ」

 たたかうため…

 自分の封じられていた大迷宮が、そうしないと踏破出来ないものだということは、ゲイルに教えられていた。
 だが実際に見てみると、やはりわからない…実感できないことだらけだ。
 なんとなしに感じ、更に質問してみることにした。

「けんって、それ?」
「うん。これがちゃんと振るえなきゃ、俺は戦えないから」

 けん。
 たたかうための、どうぐ…。

 自分の知っている戦いは、暴走していたあの時の、虚空を振りかざし風景ごとすべてを破壊するもの。
 そして、それに相対してみせた一人の老人の戦い。
 今はもう多分、その力を振るうことは出来ない。
 何よりも自分と他の実際の戦いの規模の違いから、ルナに浮かぶものは疑問符のみ。
 だから、実際にゲイルの行う戦いというものがどういうものか、ルナは想像できないでいた。

「たたかいって、がおーって、ぜんぶこわしちゃうものじゃないの?」
「全部って?」
「いまみえてるもの。もういまのわたしはできないけど」

 みんながみんなおなじことができるなら、それはこわい。

「…爺ちゃんならできるかも知れないけど、俺には出来ないな」
「じいちゃん?」
「俺の育ての親。師匠だ。すっごく強いんだよ」
「そうなんだ」
「だから…そうだな。俺には俺の、戦い方が有るんだ」

 げいるの、たたかいかた…

「…そうだな。さっき、彫刻屋の爺さんに会ったでしょ?」
「うん」
「あの人は、祈るために彫刻を作ってた。そうして生きるために。それもきっと、あの爺さんにとっての戦いなんだ。商売をしている人だって、商売をすることで生きていけるから、そうやって戦う。生きるってのは、戦うってことなんだ」
「じゃあゲイルは、なんのためにいきてるの?」
「なんのため、か…」

 難しい質問だな、と。
 ゲイルはそう答えた。

「はは、言うほど簡単には見つけられないんだ」
「そうなんだ」
「でもさ」

 ——生きてるうちにそれを見つけることは、きっとできる。
 その言葉は…夜空で聞く彼の言葉は、いつだって誰よりも強く耳に響いた。

 このここちよさは、なんだろう。
 まだわたしにはわからない。

「わたしにも、みつけられるかな?」
「見つけられるさ。それにルナを連れ出したのは俺だからね。見つかるまでずっと付き合うよ」

 その言葉のあと、ゲイルは稽古に戻った。

 上段から振りかぶり続けては、中段、下段、影上段、八相。
 様々な動作を構え直してから、それを体が疲れるまで続けていく。

 全身が疲れてからが稽古の本番だ。
 動き方が最適なものに変わり、流麗に腰を落とす技法が、更に淀み無く流るるものに変わる。
 普段が本調子でない、というわけではない。
 ただ、体力を消耗してからが、本来の動きとその意図が染みて出てくるものである。

 本当なら、疲れる前と疲れた後で動きは変わっては居ない。
 その程度の些細な——けれど絶対の違い。
 普段から残しておかねば、実戦でやがて発揮できなくなるだろう第六感。

 ルナはその動きを見つめていた。
 動きの変わらず、けれどどこか変わっていくその戦い方を、見つめていた。

 そうか、これがゲイルのたたかいかたなんだね。

 なんとなく、それが理解できた。
 常人には理解できない…達人であるものの動きの違い。
 それが理解できるということは、ルナの『眼』はあの時から…獣のように暴走していたあの時から、一切肥えが衰えていないということであった。
 悪いことではない。
 あの時の力はとうに失われているのだと、ルナは気づいているから。
 ただ、この戦い方を見つめられる自分の力が残っていたことに、ルナは感謝した。

 夜が更けていく。
 ゲイルの稽古が終わるまで、ルナはただただそれを見つめていた。

 ◆

「…つかれた」
「ずっと見てて無くても良かったのに…」

 翌朝、二人は寝不足のまま宿屋から出れずに居た。

 ゲイルはルナが寝てから稽古を切り上げようと思っていたのだが、ルナが稽古に興味を持ったことに気づき見栄を張ると、夜明けまで剣を振り続けてしまっていた。
 これでは戦いも出来たものではない。

「つかれたー。どうするー?」
「…ちょっとくらい長く寝ても許されるよな、うん」

 朝食の後延長料金を払い、チェックアウトまでの時間を延長する。
 そうして、昨晩寝れなかったぶんだけ長く時間をとることにした。

「うん…ゲイルがねるなら、わたしもねるー」
「うわっ、わわ!そんな近くに来なくてもいいから!」
「ゲイル、あったかい…」

 ルナはもそっとゲイルの膝に覆いかぶさり、猫のようにくるまってしまった。

 …やめてくれ。心臓がうるさくて俺が寝られない。
 ヘロヘロだったゲイルは、なんとか壁にうつかれるまで自分の体ごとルナを誘導すると、ひたすら腰をそこに落ち着けて過ごした。

「はぁ…」

 疲れが溜まっている。
 このまま一度寝よう。

 先程までの寝られない心境は何処へか、すぐに眠気は訪れた。
 やがて眠気はルナを気にする必要のないまでにゲイルを包み込み、ゲイルは部屋の壁の虜になったのだった。

 数時間後。
 正午において、二人は未だ眠っていた。
 外では連日のお祭りの陽気に包まれ、人が騒がしく行き交う中、それに似つかない深い眠りだった。

 どくん。

 空は快晴とまでは行かないが蒼色に包まれ、商店街の通路の客足は途絶えることはない。

 どくん。

 雲が少しずつ、曇り始める。

 どくん。
 どくん。
 どくん。

「——くる」

 がばっ。
 ルナがゲイルの膝下から跳ね起きた。
 それに反応して、同じくゲイルが即座に睡眠から覚醒する。

「ルナ!?」
「いやなけはいが、くる」

 華奢な身を震わせ、顔色を青くしてルナが呟いた。
 ただ事ではないとゲイルはその肩を持つが、嫌な予感がした。
 おそらくここにとどまり続けて良い予感がない、とてつもなく危険な何かが。

「一旦ここを出よう」

 早急にチェックアウトを済ませ宿屋を出る。
 ルナを抱えたまま外を見回すと、既に空は暗い雲に包まれていた。

「やっぱりだ、何か——、!?」

 そして天から、光が降り注いだ。
 否——いくつもの大きな『火球』だった。

「なっ!?」
「……!」

 それらは宿屋やいくつもの建造物、通路を行き交う人々へと降り注いでは、大爆発を起こす。

「きゃああああああああ!?」
「うわあああああああああああ!」
「たすけ、たすけてくれぇ!?」

 とても人の手で起こせる災害ではなかった。
 街は半壊し、人々は逃げ惑う。
 混乱が生き残った人々を覆い、災が来たことを平和にボケていた人々の身に知らしめた。

「ゲイル!」
「ルナ、何を」
「おじいさん!おじいさんのとこに!」
「!…ああ!すぐ行こう!」

 昨日、彫刻を彫ってくれた職人の老人。
 あの人には世話になった。安否を確かめねば、死んでも後悔するに違いない。
 心根が真っ直ぐであった二人は、すぐさま老人の安否を確かめに走った。
 走った——

「…!」
「…そんな」

 そこにあったのは、瓦礫に押しつぶされ、とうに胸の鼓動を停めた、一つの屍の姿であった。
 あまりにも酷い現実を、ルナはすぐさま受け入れることが出来なかった。

「ねぇ、たすかるよね」
「…もう、助からない」
「たすかるよね!?」
「…いや、もう…だめなんだ」
「……!!」

 …うなだれた後、ようやくルナは現実を理解した。
 昔、自分がしていたことは、こういうことだったのだと。
 そうして奪われた命は、二度ともとに戻ることはない。

 純粋にして素直な感性を持っていたルナは、そうして人の生きることの大変さを理解した。
 これが理不尽なのだと。
 この中で、人々は生きていかなければならないのだと。

「…ごめんなさい」

 誰に吐いた言葉だっただろうか。
 これまで知らず、命を軽んじていた己か。
 老人を助けることの出来なかった己か。
 それとも、手をのばすことすら敵わなかった、現実への贖罪か。

 老人の作り上げた二つの石像の内、少年の石像は腰からへし折れてしまっていた。

「…行こう」
「…うん」

 そうして二人は周囲を確認し、何気なく空を見上げた。

「「……!」」

 はるか上空。
 とうに濁り、曇りきった空に、一つの影が存在した。
 逆扇状に膨らみ、風を捕まえるものは翼。
 角を生やし、四本脚で上空より飛来する尾を持つ存在は、とても人の身に及ぶ存在ではなかった。

 ——ドラゴンだった。

 その覇気を街中に認め、上空よりそれは訪れた。
 崩壊した土地にその巨躯を、足を沈め、自らの縄張りで有るかのように全身で主張する。
 その場に残った人々は、もはやその存在に身をすくめ、動くことが出来ずに居た。
 しかし。

「お前は…何だ!」
『…』

 ゲイルが動いた。
 憤怒のままに、身の程知らずのままに、強大なる存在へ喧嘩を売ったのだ。
 竜は答えない。

「お前は何だって聞いてるだろ!」
『矮小なる人族よ』

 大気を震わせる声が響いた。
 その震えは身をすくませた人々を、更に凍えさせるには十分に過ぎた。
 しかし、ここに身をすくめぬ愚かな男がいる。

「答えろ——お前は、何だ!」
『教えてやろう』

 我に抗うその傲慢さを認め。
 そう竜が発すると、続けざまに天空に咆哮を起こした。
 大地が震え、大雲が震え煮え立つ。
 そうして竜が発した名は、衝撃にすぎるものだった。

『我が名は闘神(エデュシエーター)アルマ——“力神”アルマである!』

 力神アルマ——力術を司る、十二の闘神の一柱。
 あまりにも強大すぎる力が、人々の前に姿を表した。

お金があると明日を生きる力になり、執筆の力に変わります。 応援されたぶんは、続きを出すことで感謝の気持ちに替えられればなと思っています。 自分は不器用なやつですが、その分余裕の有る方は助けてくだされば幸いです。