美しいもの

終電で見た光景。
大学生ぐらいの男女が乗ってきた。男の子はほろ酔いで、女の子はもうふにゃふにゃになるぐらい酔ってる。いちごミルクみたいな甘ったるい声で彼に話しかけてる女の子。男の子もニコニコ頷いてる。

ここからは私の妄想と願望と直感。この二人はまだ付き合っていなくて何回かデートをしている。そして今日、言葉でははっきり言っていないけれどお互いの気持ちを態度に出した結果、同じだった。

結果的にはどちらかのお家に行ったりするんだろうけど、周りなんてどうでもいい、二人だけの世界で二人だけの言語で話す様子ってとても好き。
その男女のビジュアルに対して美しいと思ったわけじゃない。
気持ちが動いて、気持ちが愛するもの同士向き合う瞬間ってとても美しいと思う。

私はよくお風呂に入っている時、浴槽のフチにある水滴同士をくっつけて遊ぶんだけどその水滴同士の境目がなくなる瞬間に似ている。

自分の気持ちと相手の気持ちの境目がなくなる瞬間。

さて、いつか忘れたけど友達と「今まで見た中で一番美しい光景の話」をした。美しい瞬間は自分の気持ちと相手の気持ちの境目がなくなる瞬間だけどそんな瞬間は割とある。美しい瞬間は何の変哲もない顔をしてその辺に転がっている。

「美しい光景」って言われるとなかなかパッと思いつかなくて考えた結果、年に何度か発症する衝動的に行動を通して、やっと自分自身の心と体が一致した時の話をした。

とにかくその時仕事を辞めたくて仕方なかった。私の場合、究極に嫌な時間は脳みその中で無理やりなかったことにされる。だから今となっては具体的に何をどうされて、何が嫌で結局はどうしたいのか全く覚えてない。記憶に残しておきたくないんだと思う。

その日の空は灰色で、すごくどんよりしていた。寒かったから多分10月か11月。
心がくちゃくちゃになる日々がずっと続いていて、お昼を過ぎた頃に私はとうとう早退した(笑)それも本当に突発的に。いきなりデスクから立ち上がって「体調悪いんで帰ります」って伝えて新宿駅に向かってロマンスカーに飛び乗った。

箱根行きの特急券を車内で握りしめて、本当に何してるんだろうと思った。
ガラガラの指定席で私は駅弁を食べながらFoster the peopleのPumped up kicksを聴きながらビルが消えて低い家と緑が多くなっていく窓の景色をずっと見てた。

箱根に到着してから私がバスに乗って向かったのは「ガラスの森美術館」。
本当はタクシーに乗りたかったけど、所持金が一万円ちょっとしかなかったため断念。今の今まで所持金の確認をしてなかった自分に驚きつつ、めったに乗らないバスに乗り、ちゃんと目的地でボタン押せるかな…と不安を抱えながら停留所を過ぎるたびにドキドキしてた。

無事、ボタンを押して「箱根ガラスの森前」で降りる。

晴れていなかったから庭園の光の回路は虹色じゃなかったけど、それもそれで氷の粒みたいで悪くなかった。とにかく、誰が私の仕事を引き継いでいるか、何を言われているのか、そんなことばかり考えてしまうから私は目の前の繊細なガラス細工をじっと見て何も考えないようにした。
美しいものを、そのまま受け入れる。そんな簡単なことがその時は出来なかった。

美術館を一周し終わって停留所のベンチで帰りのバスを待っている時、高校生か大学生くらいの男女のグループの楽しそうな話し声が聞こえてきた。

楽しそうな声を聞いていると、どんどん自分が惨めになってきて、羨ましくて、寂しくて、どうしようもなくなった。

あれ、私ってバスの停留所で小さくなるようなタイプだった?
大人ってこんなつまんないの?
学生時代が一番良かったなあなんて言いながら生きていくのって超格好悪いんだけど?

泣きそうになるのを我慢して、遠くの景色を見つめて、また泣きそうになって、ってのを繰り返して、気が付いたらバスは箱根駅に戻ってた。

停留所に着いたとき、外はもう暗くて寒くて雪が降ってて、周りのお土産屋さんも明るくないから雪がより一層白く見えて幻想的。幻想的というか、嘘みたいなタイミングで降ってきた作り物みたいな雪で戸惑った。
戸惑いと同時に、「明日会社辞めちゃお」って決心。
そのあと、お土産屋さんでお饅頭買ってロマンスカーの中で泣きながら完食。

結局次の日には言えずに一週間後ぐらいに「辞めます」って言ったんだけど、別に仕事辞めたってどうってことない。私が残した仕事は誰かがやるし、私がいなくても会社も世の中も回っていく。

クソみたいな日に一旦終止符を打てたわけだし、辞めてからもまた別のことで悩んでクソみたいな日々を過ごしたけど、今は幸せ。社会性と協調性に欠けた、はみ出した私に「おかえり」って言ってくれる人たちがいるし。

どんな環境でも、自分の中にある仕事に対する0.000001%の「好き」で続けられるような仕事に就きたいと思った。やっぱり「好き」って感情はすごい。

辞めてから本当に自分の求めているものも分かったし、社会的にはマイナスかもしれないけど人生的にはプラス。

だから大丈夫。選択の結果は自分の行動で正解にすればいい。

死ななければ数年後に丸の内や銀座で最高に楽しい夜を過ごしてるよ。




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