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そろそろFF11の昔話を始めようか②ジュノ

今の話からまずしたいと思う。主に2002年~2004年にプレイしていたFF11を約18年ぶりにプレイ。

6日目にて、ジュノにたどりついた。

当時はレベル30台でレベル上げという行為に挫折してしまっていた。
いつかしか冒険者でいることをやめて、
フレたちとわきあいあいと話すためにログインする日々になっていて
同じようにレベル30台でレベル上げはもう止まってしまっていたフレたちがいた。

それくらいにレベル上げという行為が難しかったのだ。
今ではすっかりと「1日でLv99にあげることができる」と言われているが...

まだ6日目なのにすでにこのジュノという場所に来てしまっているということ
そしてすでにレベル上げを行ったつもりもなくレベルが29になってしまっているということに驚きを隠せない。

当時、ジュノと言えば「各地から人が集まる都会」という場所になっていた。
移動も気軽にできるわけがない中で、
ホームポイントは基本的にみんな3国の中心であるジュノに設定するようにしていた。

サーバー中の様々なレベルのプレイヤーがジュノ下層に集い、みんなそこでPTを組むのだ。
下層の競売前に行けば、あまりにもたくさんの人がごった返していて、
あまりの重さに人が表示されなくなるくらいだった。

そしてそこのジュノ下層で「赤レベル29です。パーティに誘ってくれませんか?」などとシャウトをして募集をかけて集まり、レベル上げに向かうのだ。

今となっては、ジュノ下層の競売前には誰もいない。
(自分のサーバーはケルベロスサーバーで、この鯖は過疎鯖になっているらしい。鯖にもよるのだろうか)

やはり20年前の思い出のサーバーが過疎鯖だというのはとてもさみしい。

しかしさてこの日ジュノの港にたどり着き、階段前に来たときに
「バザーの群衆」というのを見ることができたときには少しだけ感動を覚えた。

昔はウィンダスの森の区なんかでも
各3か国にもバザーの群衆は見られたのだけれど
今となってはすっかり誰もいない。

だけどどうやらジュノならまだ、このバザーの群衆は見ることができるのかと。

なつかしくなり、バザー軍にまじり、

今追加されているemotionの
/sitchiarで座って 放置バザーのマネごとをしていると声かけられた。

自分と同じく2002年勢で、2年前に浦島太郎復帰したという人だ。

不思議なことに、
同じくまた次にログインしたとき、
この場で立ち止まっていたら
始めたのはアルトガンの時であるものの、1年前に浦島太郎復帰したという人に話しかけられた。

不思議なこともあるもんだ。

人がいると感動を覚えたところで立て続けに人と出会えるとは、
なんらかのパワースポットになっているのかもしれない(笑)

今のヴァナでもまだまだこのような現象があるとは、捨てたもんじゃないなと思う。

さてその時話した時に「え?もう6日もログインしてらっしゃるんですか?」みたいなことを言われた

なん...だと...?
いやいやまだ6日で...ジュノに...え?
「ジュノなんか初日来る」...とでもいうのか?!

レベル11~13になる頃にフルPTを組み、
モンスターとは他プレイヤーと力を合わせなければ、
倒せないのかという冒険者という厳しさを学び、
レベル18には晴れてサポートをとり、経験を積み、
一人前になった気持ちで
ジュノに訪れたら、
あまりの人の多さに、マナーを守るということを
この都会で教え込まれ。
そしたらもう、ちょっとだけ上級者の仲間入りをしたような気分に浸る、...そんなあの日々はいったいなんだったと?!

というわけで、ジュノというのはかつてーーそんな場所だった。

前回に「そろそろFF11の昔話を始めようか①サポ取り」の記事を書いたけれど

まずこの時期に、何をするのも人と一緒。他の人と一緒にPTを組まないと、モンスターは倒せない。ということを思い知らされる。と書いたけれど

この時に連携と呼ばれるような、パーティーでの戦術を学ぶのだが、

だけれどまだこの時にはいろいろなことがてきとうで、
お金がなくて装備も初期の頃から変わってない部分があったり、
そんなこんなでも誰も気にしないでいてくれていた。

それがこのLv20になり「ジュノデビュー」というのを果たすと
足りていないマナーや、できなさすぎるチームワーク、サポートレベルが割れている、あまりにも気にかけていなさすぎる初期の頃などの装備など
「この人はない」と思われたら
次回からはパーティーに誘ってもらえなくなる、なんていうことがあるのだ。

マナーと書いたけれど、装備品といえば
「フン。そんな安っぽい装備のあんたなんかと組みたくないわ」というわけで
キツいのだが
ジュノのまさしく「上流階級」のような雰囲気とマッチしていてどことなくそれも面白い。

サポ取りでは冒険者としての戦術を学ぶというのなら

このジュノデビューでは冒険者としてのマナーを学ぶ。

まさしくそんな感じだった。

ギスギスとしてくる冒険者の心は、まさしく都会に来たことによるものなのか、

まさしくリアルの人間が、ファンタジーの世界と、
このヴァナデールにおいてまさしくリンクした行動をとっていることがとても面白かった。

そしてレベルLv20近くなった時にデビューするこのジュノ

レベル上げの狩場はここから出た先のクフィム島というところで行われた。

これが人が混む混む。
入口の廊下には、まるで現実にいるかのような気分に錯覚するくらい
パーティーの待ち合わせをしているひとたちでごった返していた。

そして狩場へと向かうと、
モンスターの数よりPTの人たちが多いくらいに混み合っていたのだ。

PTがどれくらいいるのか、
それぞれのPTの人たちがお互いを確認しあって、
その都度、詰めて詰めて、みんなで移動しあったりして、狩りは行われた。

沸いたモンスターは、それぞれのパーティーが譲り合い、順番に戦う、ということをしていた。

ちなみにこういうような行動をとっていたのは日本人だけだったというので
海外の人とワールドが混合するようになったとき
このマナーと呼ばれていた一連の行動を
海外の人たちは誰も行わないのでみんな文句を言っていた。

レベルが20になるということは、
まさしく成人するかの如く、パーティーマナーを求められるようになった。

今ではすっかりすぐにレベル30を越えてしまうが
とても緊張感の漂うものだった。

この時に楽しくなくなって、うんざりしてしまう、という人もたくさんいたと思う。

しかし今となってはそうやってしごかれて行った過程が、
これが冒険者ということだった、あぁかつては自分はヴァナで、冒険者だったのだ、という謎の思い出に変わっている

追記 

この地にたどり着くまで、
当時がどれほど大変だったのかということについて
ここではあまり書いていないことに気がついたので
この記事にて、まとめていろいろなことを書いたのだけれど

後から追記で書くと、
本当に初期の頃、
クフィム列島の前のジュノ港の入口の廊下には
「レベル上げのための行列」さえできていた。
あまりにもPTが多すぎて
クフィムの中に入り込んでいくのも効率的でないと判断した誰かが
入口で「ここで待つ」と待ち始めてから
クフィム列島前のジュノ港の、あのヤケに長い、
空間の広い廊下に、PTたちが並んで待ち始めたのだ。
「ヘイ、ただいま、2PT様お待ち」っと言わんごとく並んでいた。
そしてレベル前に行く前に「落ちますね^^;」という人がいたりして
「そんなのやってられない」というかもしれないけれど
ここまで修練を積んできた冒険者たちが
ここでスタートすることに待たされてるということに
どこかハンター×ハンターの試験会場にたどりついた者たちみたいな
あそこの廊下で待たされることが妙に臨場感があってワクワクしていた

ついでいえば自分は小学生だったので
2002年当時にPCというIT系を使い
こうしてここまでFF11をプレイしているということは
リアルの年齢をいうことはご法度、
大人として責任を持つということであり
この冒険者の猛者の中のひとりなんだぞと胸を高揚させる気持ちで
それこそ同い年の人間と知り合うことは
「ふぅん…同い年、ね…」みたいな感覚であり、
ハンター×ハンターの試験会場にいるような感覚で待っていた気がする。

そして他ついでに思い出したので書くと
「レベル20になったらジュノ」というこの言葉
誤解なくいえば、
ジュノの周りのエリアはとてもレベル20では歩けないモンスターがうようよと張り巡らされていて
とても、よし、そうか。といける場所ではない。
自分ではいけないので、先輩の人に連れてきてもらうことになるのだけれど

レベル20になったらチョコボ免許がとれる。
チョコボに乗れば、モンスターに絡まれることもなく移動できるようになる。
だけどレベル20でクフィムでの戦いで死んでしまって、レベル19にレベルダウンしたときに
なおかつホームポイントはジュノにしてしまっていた場合(大抵はする)
周りに強いモンスターのはりめぐらされたジュノに閉じ込められて、故郷にもどることができないという事態になっていた、ということなのだけれど

むしろレベル18になって、サポをゲットしたタイミングで
そのまんまジュノに先輩に連れていかれて
「レベル20になってチョコボに乗れるようになるまで、故郷にはもう戻ってこない」という決心をしたりもしたと思う。
それもエモかった。

なんせ20年も昔になる当時のことをよく覚えていないのだけれど
レベル上げの狩場は、レベルが20くらいだと、クフィム列島で、
その次はジュノ上層から出てすぐのエリアのパタリアでの虎狩り、とかだっただろうか

そしてどういうわけかみんなとりあえずパーティーを組みたい人は
ジュノ下層で待っている、という行為を行っていた。
なぜかジュノの中でも、下層だった。

この場所が定番の場所となっていたのだ。

パーティー参加希望を出して、シャウトをかけていても、
誘われなければ永遠と嫌というほど耳に残るほど聞いたであろう音楽、
多くの人が、毎日毎日の
マンネリ化したレベル上げPTの毎日にうんざりし、
当時には流れていたジュノの音楽が聴くだけで
ため息をついてしまったりもしていたのだが

20年も時を得た今となっては、思い出のなつかしい音楽となっている。

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