距離の近い女性二人を「姉妹」って注釈つけるのもう疲れた

 母が働いているクリニックの医師の話を聞いていた。母が倒れた時に家に来て対応してくれた女医さんである。「命の恩人」が、もうすぐクリニックをやめるそうだ。理由は、「パートナーが仕事の都合で東京を離れる、私もそれについていきたい」からだという。大きな病気から奇跡的な回復を遂げた母は、小馬鹿にしたように笑いながら言う。「って言うか、パートナーって言いかた、なんなのかしらね。普通に旦那さんって呼べばいいのに」

 私は何も言わなかった。彼女の、その「パートナー」が女性である予感がしていたからだった。


 家に帰ってテレビをつけると、距離の近い女性二人が仲良さげに話しているCMが流れている。別れを惜しみ、抱きしめ合う二人。そこには、「姉妹の……」と馬鹿でかい文字で、誤解のないように説明しておきます、とも言いたげに、女性二人の関係性の設定が書いてある。姉妹。はあ。そうですか。

 女性を、男性が後ろから抱きしめるCMでは、誰も「この二人は恋人同士です」とは言わない。もちろん「この二人は仲の良い兄妹です」とも。

 なんだか疲れてしまった。

 結婚指輪のコマーシャルは感動的だ。あるものは男性から女性に手渡され、女性が声を震わせながら結婚を承諾する。あるものは、指輪をはめた女性が男性を強く抱きしめ、嬉しさで涙を目一杯に貯める。2月が始まれば手作りのチョコレートを持った女の子が勇気を振り絞って憧れの男の子に想いを伝え、夏は爽やかな制汗剤で、部活で汗を流す男の子と女の子の距離は縮まり、夏祭りでばったり会った女の子の浴衣姿とキンキンに冷やした甘酸っぱい青春のような清涼飲料水に心を奪われ、夢の国では男女のカップルのみ魔法にかかり冬にはスキー場で銀世界の中、男女が眩しく引かれ合う。そしてまた、手作りのチョコレートで好きな男の子に気持ちを伝える女の子のCM。エンドレス。そこには女の子が好きな女の子は一人もいない。その逆も然り。

 女の子二人は「姉妹」で、男の子二人は「ソッチ系」なのだ。

 両性愛者をオープンにする男性タレントが、男性の頰にキスしたのを「罰ゲーム」として放送したCMが差し止めになった。共演していた男の子を「タイプだ」と発言したことでオネエキャラとして人気を得た子役がいた。今年チャレンジしてみたいことは?と言う質問に「彼に想いを伝えたい」と答えた男性について、「男にしか見えないけど、彼女に想いを伝えたい、の誤植では?」との声がネット上で飛び交った。中年男性の恋心をおもしろおかしく、「気持ち悪いもの」として描いたドラマが話題になった。女性二人がキスをしているCMが、ネットでは「綺麗」と話題になった。

 息が苦しくなってくる。ああ、疲れた。もう、捨てよう。

 さようなら、「まさか!怪しい関係ではございません、姉妹ですよ。姉妹ならこんなふうに近い距離感になるでしょう」世界。さようなら、「野郎二人でいちゃついてんじゃねえよ、キモいな!まさかソッチ系?」世界。さようなら。男女カップルしか魔法にかからない夢の国。さようなら、バレンタインデー、さようなら結婚指輪のCM、さようなら結婚式情報誌、さようなら、夏の名物某青春飲料と青春制汗剤メーカー。


 あなたたちは、知ってか知らずか、大事な顧客を今もドブに投げ捨てています。他の誰でもない、消費者に向けて打ち出しているその広告で、消費者の存在をすっかり無視してしまうことによって。残念です。でも、世界はじわじわ変わっていきます。新しい時代や価値観、時間の経過に耐えられないものは淘汰されていく。私は、上記のものたち、私が背負うこともないような荷物、私をドブに捨てた広告どもにさようならをして、一歩前へ踏み出します。

 過去に置いてかれて行っちまうものたち、さようなら。

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