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【短編小説】それがきっと初恋でした。


ファインダーの向こうに1人の少女がいた。

セーラー服を身に纏った小柄で可憐な友人。
吹き抜ける潮風を体に受け、ふわりとスカートをなびかせて笑っている。

遠くにカモメの鳴き声。
さざ波が打ち寄せる砂浜は時折、ちゃぷちゃぷと音を立てていた。

「優子ー!」

大きく手を振って私の名前を呼ぶ。
鈴の音のような可愛い声だった。

シャッターを切る。
その瞬間を永遠に切り取るために、無機質な機械は乾いた音を上げた。


あれからもう何年経つだろう。

高校を卒業して、大学に入って。
いつのまにか大人になって、就職した私はそこで出会った男性と来月結婚式をあげる予定だ。

正直、まだ実感が湧かない。
人生は私が想像していた以上につまらないものだった。

淡々と階段を上がるように、なんの感動もなく進んでいく時間。
幼い頃は早く大人になりたいと思っていたのに、いざこうなってしまうと『あの頃に戻りたい』と願うばかりだ。


高校2年生の夏、お父さんにお下がりのカメラをもらった。

デジタル一眼レフはずっしりと重いし、私には少し大きく感じられた。
しかしガラケーで撮る写真よりずっと綺麗に仕上がるのはすごく嬉しかった。

あの頃、カメラの練習がしたいからと、幼馴染を誘ってよく散歩をした。
初めは撮られるのを恥ずかしがっていた彼女も、3回目になると自分から「ここで撮って欲しい」とポーズを決めるようになっていた。

「優子が撮ってくれる写真、好きなんだ」

撮影したものは、後日何枚かを選んで印刷して手渡していた。
自分で選んだカットだから、もちろん私もその写真が好きだった。

はにかんだ笑顔を浮かべる彼女に私はなんて返しただろうか…。


「どうしたんだ、浮かない顔をして」

窓を開けて外を見ていると、夫になる予定の人が隣にやってきた。
外からと流れ込む風は少し生暖かく、もうすぐ夏がやってくる事を私たちに教えている。

「大人になったんだなぁ…って、ちょっとセンチになっちゃった。だって私、高校生の頃となにも変わってないんだもん。なのに歳ばっかり大きくなって」

彼も苦笑いを浮かべて同意する。

「僕は優子の昔のことはわからないけど、僕自身まだ大人になったって気がしないな。…でもいつまでも子供じゃいられないよな、お互い。」

「結婚式が終わったら、きっと母さんも父さんも『孫はまだか?』ってうるさくなるもんね」

2人で笑いながら夜空を見上げる。
明るい都会の空には、いくつかの小さな星が浮かんでいるだけだった。

あの時の星はもっとたくさんあったよね。


いつもの海岸から見上げた濃紺の世界には、満天に輝く星がこれでもかと言わんばかりに散りばめられていた。
きっとどんなに豪華なお城のダンスホールだって、この天井には敵わない。

セーラー服は学生の正装。
ここがもし舞踏会場だったら、私はあなたの手をとって一緒に踊りましょうって言うのかな…。

「最近、不思議な事を思うんだ」

彼女は照れくさそうに言った。

「優子に撮ってもらった写真を見ていると、物語のヒロインになった気分になるんだ。なんだか、世界の中心に私がいるような…。
自分のこと大嫌いなのに、優子が撮ってくれる私は大好き。えへへ、ナルシストみたいでしょ」

茶化して笑う彼女が、どうしようもなく愛しかった。

ねえ違うよ、ヒロインになった気分。じゃない。
私の中のヒロインはいつだって…


「あーあ、忘れっぽくなってダメだなー。歳とると。」
「おいおい認知症か?」

冗談を言い合ってけたけたと笑った。
私はステキなパートナーに巡り合って、もうすぐ結ばれるんだ。

窓を閉めてベッドへ向かう。
化粧台の横を通り過ぎる時、金縁の小さな写真立てがふと目に付いた。
いつだったかの誕生日に、彼女がプレゼントしてくれた可愛らしいフォトフレーム。

私はたぶん、今とても幸せに暮らしています。
ねぇ、あなたは幸せですか?

セーラー服の少女は永遠の笑顔を私に向けていた。


End.2019.06.06

3つのお題をテーマに執筆《星空》《少女》《カメラ》

物好きの投げ銭で甘いものを食べたい。