はるくんとムーニー

はるくんはお母さんとトウキョウで二人きりで暮らしていました。お母さんは看護婦さんでした。お仕事で忙しく、夜もおうちにいないことがありました。はるくんは、一人で眠っていました。

夜遅く、はるくんはふと目を覚ましました。カーテンの隙間から明かりが指していました。窓に近寄って空を見上げるとお月様がいました。「ぐっすん」はるくんはお口を一文字にきゅっと結びました。しかし、お目目からは涙がポロポロとほっぺを伝いました。じんわり。お布団にシミができました。「お月様、そばに来て」。そんなはるくんを、月からムーニーが見ていました。

次の夜です。ムーニーは眠っているはるくんの、お布団の上に降り立ちました。
『はるくん、はるくん。遊ぼうよ』
はるくんは目をこすりながら起きました。
「だぁれ?」
『ボクはムーニー。月からやって来たの』
「どうしてここに?」
『はるくんが寂しそうだったから』
「そうか、来てくれて嬉しいよ。ムーニーはお母さんと一緒にいるの?」
『ボクのお母さんは地球にいるよ。ボクは毎日、月からお母さんを見ているんだよ』
「離れてて寂しくないの?」
『会えたときにギュッとしがみつくんだよ』
「そうか。でも、ぼくのお母さんはいつも忙しそう。ぐず」
『はるくん。お母さんははるくんの涙が見たいかな。ニコニコなはるくんが見たいかな』
「でも。ぐず」
『はるくん、ボクがステキなことをしてあげる』

そう言ってムーニーは持っていたステッキを明るく輝かせました。はるくんは、ぱあっと光に包まれて、ふわりと体が中に浮きました。
「わあ!」
『はるくん、ボクと一緒にいれば、楽しいことはいっぱいさ!』
そして、ムーニーはそのままはるくんを窓からトウキョウの夜空へと連れ出しました。はるくんのおうちはみるみる小さくなりました。

しばらく飛んだ後、二人は街の近くまで降りていきました。
『さあ、東京タワーを滑り台にしよう!』
東京タワーのてっぺんに止まり、ムーニーはポンッとはるくんの背中を押しました。
「ひゃあ~‼どこまで行くのぉ~‼」
ムーニーは下の展望台ではるくんをキャッチしました。はるくんの目はくるくるしていました。

『ふふふ、次はロッククライミングをしよう!』
ムーニーはまだふらついている、はるくんの手をとり、六本木ヒルズの壁を登りました。
『あと一歩で頂上だ。はるくん、しっかり!』
「ふわぁ。ぼく、こんなに体使ったのってはじめて」
『ちょっと疲れたかい』

二人は、そのまま六本木ヒルズの頂上に座っていました。
「あの光の川は何?」
『甲州街道だよ』
「トウキョウの街は眠らないって誰かが言ってたね」
はるくんは、ほうっと息を吐きました。

しかし、はるくんはお母さんがそばにいないことが、やっぱり寂しいのです。街を見渡していましたが、時折「ぐっすん」と目を拭いていました。見かねたムーニーは、はるくんをお母さんが働いている病院の窓へ連れていきました。

病院のなかは非常灯が青く光っていました。暗がりの廊下を、はるくんのお母さんが懐中電灯を持って、一部屋、一部屋、患者さんの様子を見ています。廊下の一番奥の部屋を見回ったとき、お母さんは窓から入ったはるくんに気がつきました。
「まぁ!はるくん、どうしたの?」
「お母さん!」
はるくんはお母さんにぎゅっとしがみつきました。お母さんは、はるくんの背中をとん、とん、とん、と撫でてくれました。はるくんはそれだけで良かったのです。寂しさの、心のしこりがとれていきました。はるくんはほっとして、思わず涙がこぼれました。お母さんのお腹で目を拭いて、顔を上げました。
「お仕事がんばって。ぼくは、連れてきてくれた、ムーニーと遊んでる」
「明日、ちゃんと起きるのよ」
「うん」
ムーニーは窓の影から姿を現して、お母さんに挨拶しました。
『ボクはムーニー。はるくんのともだち』
「よろしくね、ムーニー」
お母さんの声は春の日差しのような声でした。

すっかりニコニコしたはるくんを、ムーニーはお月様へ連れていきました。お月様に寄りかかって二人でアイスを食べました。
「ムーニー、お月様ってきれいだね」
『うん。いいところだよ』
「また、遊べる?」
『うん。ぼくはここからはるくんのこと、見てるよ』
「今夜はありがとう」

朝になりました。目を覚ましましたはるくんは、夢だったのかな、と思いました。しかし、枕元にアイスの棒がありました。そこには「ホシゾラノシタデアオウ」と書いてありました。はるくんは、アイスの棒をハンカチに包んで鞄にしまいました。

「ただいま、はるくん」
「お帰りなさい!」
帰ってきたお母さんに駆け寄りました。ぎゅっと抱きつきました。お母さんも、はるくんをぎゅっとしてくれました。はるくんの心はホワリとなりました。

はるくんが学校へ行く時間になりました。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
お母さんに手を振ったあと、はるくんは空を見上げました。
「今夜もムーニーに会えるかな」
細く白いお月様は、まん丸になりました。そして、また、すぐに細く白いお月様に戻りました。
「きっと、ムーニーが笑ったんだ」
そう思って、はるくんは元気よく駆け出しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?