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韓国のシティポップとネオ・シティポップ/Night Tempo, Tiger Disco, AFG, Digging Club Seoul

今、シティポップが世界的なムーブメントになっている。

2018年にはYouTubeに違法アップロード動画が2500万再生されたことが大きなトピックになった。欧米ではシティポップのレコード盤が次々と再発され、2019年にはシティポップのオリジネイターである細野晴臣がアメリカツアーを敢行、アメリカのファンを沸き立たせるなど、シティポップの流行はすでに音楽ファンだけのものではなくなって、商業ベースのムーブメントに拡大している。

日本に一番近い国、韓国でもシティポップは流行している。のみならず、韓国はネオ・シティポップの一大発信地とも言えるだろう。

カップリング曲「都市愛」の盗作騒ぎという不名誉な形で大きな話題になったYubin「淑女」だが、そのクオリティの高さとVaporwaveを意識したMVは今も高く評価されている。またYubinが所属していたK-POPアイドルグループWonder Girlsや、韓国で活動する日本人アイドルYUKIKAもネオ・シティポップ作品を発表している。もちろんアイドルだけではない。韓国ではもはや大御所として作曲を中心に活動していたYoon Jong Shinも若々しく爽やかな「Summer Man」を発表するなど韓国におけるシティポップ、そしてネオ・シティポップは一つの大きな潮流となっている。

中でもNaver財団が主催する「Digging Club Seoul」の試みはとてもおもしろい。

Digging Club Seoulとは、Naver財団による新人ミュージシャン発掘プロジェクト「On Stage」のサブプロジェクト。1970-1990年代に韓国で発表された楽曲を、現代のミュージシャンによってシティポップにリメイクするプロジェクトである。Uju、Dosii、Night in seokyoなどインディーズでシティポップを発表している新しい才能も多い。埋もれた名曲を発掘するとともに新人ミュージシャンにチャンスを与えることができる一石二鳥の企画なのだ。

だが特に注目すべきは現代風にリメイクするのではなく「シティポップに」と銘打たれているところだろう。韓国においてシティポップがいかに注目を集めているかが伺える。

なぜ韓国ではシティポップが流行しているのだろうか。シティポップは世界的なムーブメントになってはいるが、韓国のそれはアメリカやヨーロッパとは一線を画しているように見える。その鍵となる重要人物の"ひとり"が、韓国出身のプロデューサーNight Tempoである。

Night TempoはVaporwave/Future Funkと呼ばれるインターネットを中心に盛り上がったシーンを牽引し、今やワールドワイドに活動するプロデューサーだ。シティポップ、いや、強いて言うなら角松敏生を偏愛するポップス・マニアでもある彼は現在、世界にシティ・ポップと歌謡曲の魅力を発信し続けている。

Vaporwaveのムーブメントから世界へ飛び出したNight Tempoはインターネットの生み出した寵児だろうか。もちろんその通りだ。インターネットが重要なのは疑いようがない。しかしそれだけではない。彼の原点は韓国ソウル市のクラブ「チャンネル1969」、そしてDJ集団Asian Funk Generationにある。

チャンネル1969とAsian Funk Generation、この2つは韓国におけるシティポップの重要なキーワードなのだ。

プラスティック・ラブ前夜のソウル

2011年、ソウル市麻浦区に誕生したイベントスペース・チャンネル1969。文化の創出を掲げるチャンネル1969は、自由な表現空間としてライブからDJまで、ジャンルレスなイベントが開催され、韓国のユースカルチャーにとって重要な場所であり続けている。そんな韓国の文化発信地チャンネル1969に集まった若者たちの中にNight Tempoがいた。

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2016年3月26日にチャンネル1969で開催されたイベント「ASIAN FUNK GENERATION」に出演したNight Tempo、Tiger Disco、Slowgiz、Abyss、Chanoi、彼らがASIAN FUNK GENERATIONのメンバーである

ASIAN FUNK GENERATIONことAFGの活動を追ってみよう。

Chanoiが2016年に発表したミックス。ジャケットの通りシュガーベイブの人脈で統一された純正のシティポップ・ミックスだ。このミックスは韓国の音楽メディア「billie birkin」で紹介されている。

そして「billie birkin」の編集者を勤めていたのが、同じくAFGのAbyssである。Abyssは2015年6月12日にソウル市「Cakeshop」で開催されたAIR MAX'97の来韓イベントもサポートしている。

Slowgizのサウンドクラウドに残されたAFGのミックス。ベースミュージックやフィルターハウスから韓国、日本のJ-POPまで縦横無尽にミックスされた若いムードはゼロ年代の秋葉原やネットレーベルのシーンを彷彿とさせる。

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2017年以来、精力的に来日しているTiger Disco。彼の、特に近年のディスコ・ミックスはディープと呼ぶよりも、はっきりと漢字で「濃い」と書きたい。そのプレイスタイルは和ラダイスガラージの中村保夫を彷彿させる(来日イベントでは共演もしている)。Tiger Discoは当時から現在まで、日本のDJ谷内栄樹や、韓国の伝説的ロックバンド「チャン・ギハと顔たち」の日本人メンバー・長谷川陽平らとも頻繁にプレイしている。

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彼らAFGは、2018年に台湾のSailor TeamとともにMACROSS82-89の来日をサポートしている。AFGはシティポップを掲げていたわけではない。しかし間違いなく彼らは韓国にシティポップの種を撒いた。

Tiger Discoによればチャンネル1969以外にも感覚の帝国Vinyl musicなどのアンダーグラウンドなハコ、そしてソウル市のラジオ局「Seoul Community Radio」が韓国のシティ・ポップ・シーンにとって重要な役割を果たしていたようだ。Vinyl musicでは現在も長谷川陽平とTiger DiscoがFrom Midnight Tokyoというイベントを開催している。

韓国では日本統治時代の影響で日本文化の輸入制限が行われていた。しかし1998年10月、第15代大統領金大中におって輸入制限が緩和され、1999年には日本の音楽、漫画、アニメが輸入されるようになった。Vaporwaveの影響は当然ながら、韓国では90年代アニメのビジュアルとシティポップを紹介している記事が多く見受けられる。

2017年8月27日、(つまりYouTubeに「プラスティック・ラブ」が現れた二ヶ月後である)韓国初の大型ショッピングモール「COMMON GROUND」にて「ROMAN CITY POP OF COMMON RECORDS」が開催された。この現象は決してインターネットのプラスティック・ラブ現象を早々に察知したものではない。韓国のアンダーグラウンドシーンの動きを察知したものであることは、出演者にAFGのTiger Discoが名を連ねていることからも明らかである。

主催は、クラブカルチャー雑誌「THE BLING」、ストリートファッション雑誌「MAPS」、そしてデザイン/カルチャー雑誌「ELOQUENCE」の編集長Woochi Jeon。そして出演者は前述のTiger Discoだけでなく、なんとシティポップのビジュアルイメージを作り上げたイラストレーターの永井博、
青山CAYの音楽ディレクター兼プロデューサー、山崎真央。ファッションブランドYugeのデザイナー、弓削匠。大阪のラジオ局FM802によるアート・プロジェクト「digmeout」の谷口純弘と、そうそうたる面々が並んでいる。

2019年8月に発売されるプロデューサー・BRONZEのアルバム「EAST SHORE」は永井博がジャケットを手がけている。

韓国のシティポップ・ブームは世界よりもひと足早く、プラスティック・ラブ前夜の時点で、すでにアンダーグラウンドからメジャーな領域へ飛び出そうとしていた。

2018年4月30日のPLAYBOY KOREAによるシンガーソングライターUjuへのインタビューではシティポップについて「突然、アンダーグラウンドなのかオーバーグラウンドなのかわからないくらいシティポップを掲げるミュージシャンが増えた」と話している。すでに2018年の時点ではシティポップという看板にはセルアウトのニュアンスが感じられるほどに流行していたようだ。

チャンネル1969で大好きなシティポップを鳴らしていた若者たちは、韓国のムーブメント、そして「プラスティック・ラブ」が世界に吹かせた追い風を受けて、今、世界に向けてシティポップを鳴らしている。

韓国のネオ・シティポップ

Yubin「淑女」はカップリング曲の盗作騒動で大きく取り上げられたが、結果的に韓国にシティポップを広く知らしめることになった。Naverによる検索トレンドでは盗作騒動以来、検索数が上昇トレンドに入っている。話題性、楽曲のクオリティ、Vaporwaveを意識したMV、そのすべてが時代を象徴し、また記憶されるべき偉大な楽曲である。

Wonder Girls「Rewind」。Yubinの所属していたアイドルグループWonder Girlsは初めてビルボード入りした韓国人アーティストとしてご存知の人も多いだろう。1980年代をコンセプトにしたアルバム「Reboot」に収録された楽曲。2015年作なのでかなり早いわけだが、コンセプトから生まれた偶然の産物だろうか。

Dosii「lovemoremore」2010年に活動をはじめたDosiiの2019年2月作。タイトなリズムが支える憂鬱な歌声と異国情緒あふれるシンセが最高。シティポップというよりも90年代のJ-POPっぽさがある。あとメチャクチャかわいい。

YUKIKA「NEON」韓国でアイドルとして活動している日本人YUKIKAの2019年2月ソロデビュー作。やたらとハイレゾな80年代アイドルポップを聴いている気持ちになる。MVもモロに80年代アイドルを意識していて東京タワーや公衆電話が登場する。Future Funkのリミックスを聴いているとよくかかる。

Yoon Jong Shin「Summer Man」シンガーソングライターとして1990年代の韓国で活躍し、数多くのヒット曲を生み出したYoon Jong Shinの2018年7月作。大御所らしく録音から演奏、歌唱まですべてのクオリティが抜群に高いのだが、MVのセンスだけはよくわからない。「Monthly Project 2018 July Yoon Jong Shin」という企画のひとつのようで、他の楽曲も異様にクオリティが高いので興味があれば聴いてみてほしい。

Ashmute「Summer’s Gone」2015年から活動を続けているプロデューサー2人、シンガー1人のグループによる2018年10月作。他の作品はスモーキーなインディーソウル・バラードで「Summer’s Gone」もシティポップというより憂鬱なドリーム・ポップなのだが最高なので紹介したい。

uju「Any Call (call me any time)」インディーズで活動するシンガーソングライターUjuが2017年12月13日にリリースした「Sunday Seoul Ep」の2に収録された楽曲。「Sunday Seoul Ep」は1、2ともにシティポップとして極上。彼女の曲に「オーバーウォッチやりたくなってきた」とコメントしているファンがいて、なぜこの曲を聴いてオーバーウォッチを遊びたくなるのか疑問だったのだが、どうもゲームファンとしても有名らしい

90yonge st「Kona (Feat. Jennifer Choi)」2018年にデビューしたデュオ 90yonge stの2018年11月作。詳細はよくわからないが、イントロのドラムからシティポップ感満載で嬉しい。2019年5月に発表された「Downtown」もネオ・シティポップ作品。

Night of Seokyo「City Girl City Boy(Feat. Dawon)」2016年から活動を続けているインディーズのソウル・シンガーNight of Seokyoが2018年8月に発表した楽曲で、Night of Seokyoの作品としては異色作。MVではピタリとおわっているが録音ではサビのリフレインがフェードアウトしていくのも80sの味があってクセになる。頭から離れなくなるので要注意。

作り直される韓国

2017年頃からの韓国ポップスを聴いているとネオ・シティポップでなくても日本のニューミュージック、90年代J-POPのような曲がたくさんある。その線引はどこやねん、という話はありつつも、韓国の若者は急速な経済成長を遂げた韓国の風景にシティポップ、ニューミュージック、J-POPを重ねているのかもしれない。

その一方で、韓国には軋轢も生まれている。長引く不況下の日本から見える韓国は華やかにも映るが、近年の政策失敗、そして競争の激化によって若者は苦しんでいる。恋愛、結婚、出産をあきらめたN放世代の出現、経済格差や男尊女卑に象徴される絶望感は映画監督のナ・ホンジンやヤン・イクチュンの作品でもテーマとして取り扱われている。

現在から顧みる、シティポップに閉じ込められたかつての日本へのノスタルジー、そして、かつての韓国へのノスタルジーを織り込んだDigging Club Seoulによるリメイク企画はたんに流行り物に乗っかったという風にも見える。しかし韓国の若い世代には、そこに古い韓国と新しい韓国の統合という彼らの未来の夢が映っているのかもしれない

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