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バレアリックのレコードディガー/ハウスからアンビエントへ/寺田創一、清水靖晃、Dip In The Pool

この記事は「環境音楽の再発見」の一章です。目次はこちら

この章の内容は、更新して「ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド」に寄稿しました。こちらも併せて読んでいただけると幸いです。


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2013年から2015年にかけてディープ・ハウスのシーンでジャパニーズ・ハウスの再発見があった。それはバレアリックの文脈だった。

「バレアリック」とはヨーロッパのリゾート地・イビザ島からはじまったジャンル、というよりもムードを指す言葉だ。BPM110前後で、開放感や酩酊感、あるいは黄昏時のメランコリックなムード。それらを感じさせる音楽が総じてバレアリックと呼ばれる。

2012年12月11日にClaremont 56から「Originals Volume Eight」がリリースされた。同レーベルの人気コンピレーションCDシリーズ「Originals」のこの8作目は、ハウスDJのLexxが監修しており、無名もしくは過小評価されている楽曲に光を当てた選曲は、Resident Advisorでも高く評価された。

2013年1月11日に掲載されたjuno plusによるレビューではこの音源を「バレアリック」の視点から評価している。そこでは、バレアリックは「あまり適用すべきではないジャンルタグ」であり、それはたいしてよくない楽曲をほめるために乱用されてきた用語だから、と前置きしつつ、しかしClaremont 56のOriginalsシリーズの多くは、本当にバレアリックと呼ばれるべき楽曲とは何なのかを注意深く選び取っている、と称賛している。

MDMA-moment that is Far East Recording’s early-‘90s deep US garage jam “Do It Again” (complete with child-like synth melodies)

2013年1月11日のJuno plusによるインタビューより

その選びぬかれた「本当にバレアリックと呼ばれるべき楽曲」の一つが、寺田創一「Do It Again」だった。1992年に横田信一郎とのハウス・アルバム「Far East Recording」に収録されたこの曲を、Lexxは「Originals Volume Eight」で選曲したのだ。以後、海外レーベルから寺田の音源の再発が立て続けに行われるようになる。

寺田創一の再評価

2014年10月、イタリアのレーベルHhatriからの第一弾リリースとして、寺田創一「The Far East Transcripts」がリリース(「The Far East Transcripts」はシリーズ化して第三弾まで続く)。

2015年2月24日、Alexander Bradleyが主催するロンドンのユートピアレコードからの第一弾リリースとして寺田創一と永山学による 1991年作「Low Tension」が再発される。

同じく2015年3月12日、アムステルダムのRush Hourからは寺田創一のFar East Recordingsのレア音源をハウスDJのHuneeがコンパイルした編集版「Sounds From The Far East」がリリース。この音源はジャパニーズ・ハウスの盛り上がりをうけてレーベル側からオファーがあったそうだ。

Huneeさん(注 Rush Hourからもリリースしているアムステルダムのプロデューサー)から再発を出さないかという話があって、こういう曲が候補に挙がっているというメールが来たので、他にもこんな曲があるよということで自分が持っている音源をHuneeさんに送って、Huneeが選曲とかを終わったあたりでRush Hourを紹介されました。

2015年5月8日のFNMNLによる寺田創一のインタビューより

ディガー主導のジャパニーズ・ハウスの発掘がついにレーベルを動かす規模のムーブメントに拡大したことを「Sounds From The Far East」は物語っている。

2015年3月25日には「Low Tension」収録の「La Roude」がリリース元の BPM から再発。

2015年9月25日にはジャパニーズ・ハウス発掘の集大成ともいえるフランスのテクノDJ BrawtherとハウスDJ Alixkunによるアナログ三枚組のコンピレーション「ハウス Once Upon A Time In Japan...」がリリース。

この音源は発売前からDJやコレクターの間で話題になり、一瞬でプレミア化してしまった。

2015年3月18日、ニュースサイトVinyl Factoryにてユートピアレコードの主催Alexander Bradleyによる日本のレコード紹介記事が掲載されている。

アメリカのハウスの名門King Street SoundやUKのHospitalからのリリースでしられるハウスDJ 福富幸宏や、札幌のトラックメーカー・高橋クニユキにならんで、1960年代から活動をつづける和ジャズの日野皓正、DJ KRUSHとの共演で知られるジャズ・トランペッター 近藤等則、はっぴいえんど周辺の人脈と交流し数多くの名盤を残したシンガーソングライター 吉田美奈子、のちに相次いで再発されることになるムクワジュ・アンサンブル、清水靖晃のマライア、高田みどり「鏡の向こう側」(1983作)がすでに紹介されていることには注目したい。

改めて書けば、ムクワジュ・アンサンブルは高田みどり、定成庸司、荒瀬順子によるパーカッション・トリオであり、同時に久石譲による初プロデュース作でもある。リリース元のBETTER DAYSからは清水靖晃の作品もリリースされていることや、清水靖晃があまた編曲をてがけた吉田美奈子、吉田美奈子とザ・プレイヤーズ繋がりの日野皓正など、人的つながりを頼りに掘り下げた様子がうかがえる。

清水靖晃の発見

そして2015年10月、ニューヨークPalto Flatsからマライア「うたかたの日々」が再発される。マライアは前述したLexxの「Originals Volume Eight」にも収録されている、清水靖晃による極北のフュージョン・バンドだ。

この再発はFACTの2015年のベスト再発の22位に選ばれ、Pitchforkでは8.5点を獲得、ベスト・ニューリリースの評価をうけている

Plato Flatsのプレスリリースでは坂本龍一、細野晴臣、フライングリザードが引き合いにだされている。特に注目したいのはFactによるレビューだ。マライアのサウンドをバレアリックの視点で評価しつつ「宮崎駿の映画のような夢の世界」と表現している。2018年の海外における久石譲の再評価を予見したレビューと言えないだろうか。

Resident AdvisorによるとLexxが初めてマライアを聴いたのはハウスDJの Prins Thomasが2009年2月に発表した「Mystery Mix」だったという。

Lexx が初めてこのトラックを聞いたのは、2009年に Prins Thomas がDJ Historyに提供した『Mystery Mix』でのことだった。

2015年9月のResident Advisorより

このResident Advisorの記事で重要なのは、Chee Shimizuの名前が登場することである。

『Utakata No Hibi』に関して調査をすると大抵、深い見識を持つ東京在住のレコードコレクター、Chee Shimizuに行きつく(彼は特異なエキゾティックミュージックに1冊丸々特化した本を発刊している)。Shimizuには数年間、友人に渡すために『Utakata No Hibi』の在庫をヨーロッパに持ち運んでいた時期がある(余談だが、MariahのYasuaki Shimizuと彼は血縁関係ではない)。

同じく2015年9月の Resident Advisor より

Chee ShimizuはオンラインのレコードショップORGANIC MUSICのオーナーであり、CRUE-Lからのリリースでしられるディガー集団DISCOSSESSIONのオリジナルメンバーだ。Chee Shimizuの音楽遍歴については2013年7月31日のmasteredの記事が詳しい。Chee Shimizuのレコードに対する偏愛と歴史だけでなく、近年の発掘成果を余すことなく公開しているすばらしいインタビューだ。

マライアの再発はJamie Tillerの主催するアムステルダムの再発レーベルMusic From Memoryへ繋がっていく。

バレアリックのアンビエント

あけて2016年1月5日、 Music From Memoryが日本のニューウェーブ・ユニットDip In The Poolの1989年のシングル「On Retinae」をリリース。

Music From Memoryはダンス・ミュージック寄りの再発レーベルとして知られているが、2014年2月14日には、1980年代から活動するイタリア人ミュージシャンGigi Masinの編集再発盤「Talk To The Sea」をリリースした。

Gigi Masinの1986年作「Wind」は2016年6月8日に再発された後、アンビエントの隠れた名盤として高い評価を受けている。長らく音楽活動を離れていたGigi Masinの活動再開にはMusic From Memoryからの編集盤の功績が大きい。

ところで我々の感覚ではDip In The Poolといえば角川映画「黒いドレスの女」の主題歌「Ritual」やマルイのクリスマスCMタイアップ「Miracle Play」あたりが思い出されるのではないだろうか。なぜDip In The Poolの音源から「On Retinae」が選ばれたのだろう。

そもそも12inch、1989年に香港でプロモーション用に50枚だけプレスされた音源で、再発とはいうものの事実上の初流通ということで、内容のすばらしさはもとより、プロモーションのための売り文句に事足りないレコードだ。しかし最も重要なのは、この音源にはギターとして佐久間正英、そしてクラリネットで清水靖晃が参加していることだ。

2016年1月5日の Vinyl Factory2016年1月21日のjuno plusによるレビューだが、どちらの記事でも「うたかたの日々」と「マライアの清水靖晃」にふれていることが、この再発の由来を物語っている。

2016年7月20日、日本コロンビアからBETTER DAYSの復刻コンピ「MORE BETTER DAYS」がリリース。監修はChee Shimizu。清水靖晃、マライア、ムクワジュ・アンサンブルらのアーティストだけでなく、前述のChee Shimizuインタビューでお気に入りとしてあげられていたアーティストも含まれている。

Dip In The Poolの音源に対する評価には「バレアリック」だけでなく「ドリーム・ポップ」や「アンビエント・ハウス」など表現がつかわれている。ジャパニーズ・ハウスはLexx、Prins Thomas、Chee Shimizu、Alexander Bradleyのような熱狂的なレコード・ディガーを中心にバレアリック・シーンで発掘・再評価された。

「ドリーム・ポップ」や「アンビエント・ハウス」と形容された日本の発掘シンセ・サウンドは、ハウス・シーンに「宮崎駿の映画のような夢の世界」を評価する準備を整えた。これはさらなるアンビエントの発掘へ連なっていく。

2017年12月29日、clubberiaによる、日本のStudio Mule「Midnight In Tokyo」プレスリリース。レア・グルーヴとして評価の高い桑名晴子や、Colored Music収録(マスタリングはユートピアレコードの主催Alexander Bradleyにもセレクトされていた高橋クニユキ)。海外での発掘に対する日本からのアプローチであることが伺える。音源の発売日は2018年1月10日。

リリースの経緯についてKawasaki氏は「日本で生まれた素晴らしい音楽が、海外のレーベルにライセンスされて行くのはどうなんだろう?と思った」と述べている。

2017年12月29日、clubberia「mule musiqが新レーベルstudio muleをスタート。第1弾は日本のディスコやブギー、ソウルのコンピレーション」より

2018年6月14日、Resident Advisorによる同じくStudio Mule「Midnight In Tokyo Vol.2」のプレスリリース。発売日は2018年7月4日。海外発掘への対抗意識からか、新しい発掘が多く楽しい。

また2019年3月20日に発売が予定されている「BGM」ではマライアの「心臓の扉」をDip In The Poolの甲田益也子がカバーしている。

2018年6月27日リリースの「雲の向こう A Journey Into 80's Japan's Ambient Synth-Pop Sound」は日本のアンビエントとテクノポップにフォーカスして編まれたこの発掘コンピレーションである。監修は「ハウス Once Upon A Time In Japan...」のAlixkunだ。レコード・ディガーとシーンの完成は発掘を通して、今も変わり続けている。

話はこれで終わりではない。ジャパニーズ・ハウスの発掘がジャパニーズ・アンビエントの発掘につながった。このような事例は、同時期に異なるジャンルでも起こっている。それは近年再評価が著しい「シティ・ポップ」だ。次項では「シティ・ポップ」再評価の経緯を辿っていきたい。


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