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新しいシティ・ポップとシティ・ポップ/細野晴臣の発見

この記事は「環境音楽の再発見」の二章です。目次はこちら

Vaporwaveムーブメントの追い風をうけながらインターネット・ミーム辞典サイト「Known Your Meme」にも登録されてバズワードになった「シティ・ポップ」のリバイバルは2000年代後半にはじまった。

2012年12月27日 ele-king掲載の、磯部涼によるtofubeats「水星」のレビュー。2000年代初頭から2012年にかけて、ジャンク・フジヤマや一十三十一など新世代のアーティストが、自身のルーツとしてシティ・ポップを作り始めた事例を取り上げながら、2000年代のシティ・ポップのリバイバル自体も振り返っている。

2000年代の後半頃、やけのはら「Summer Gift For You」、Mr.Melody「City Pop Mix」、山下達郎マニアとしても知られるCRYSTAL(Traks Boys)「Made in Japan Classics」などのシティ・ポップのミックスCDも相次いで流通した。若い世代のDJたちがそれぞれ自分の原点を探しはじめた時、辿り着いた場所がシティ・ポップだったのかもしれない。

2011年12月23日、DJ NOTOYAのミックス「Tokyo 1980s」がSoundcloudで公開される。「japanese boogie & funk」とタグ打たれた本ミックスは発表直後から国外に評価され15万再生を突破。2017年1月14日には「Tokyo 1980s II」も発表。2018年にはVictorから公式のミックス盤がリリースされた

2012年8月30日公開、東京のDJ/プロデューサーBAZZによるシティ・ポップとAORのミックス「The Ambitious C Mixtape Series」もまた国内外から高く評価された。Mr.Melodyもいちはやく入手して絶賛している

2013年6月1日に公開された、大阪Chill MountainのクルーDJ Mori Raによる「Japanese Breeze」シリーズは国内外から広く支持された。海外のメディアやブログではこのミックスへのリンクを貼っていることも少なくない。2018年にはイギリスのオンラインラジオ局NTSに招牌され、プレイしている。

2012年7月19日のジャパンタイムスが東京で活動するイギリス人のディスコ・ユニットGreeen Linezのデビューを取り上げるとともに、Dorian、Kashif、tofubeats、Videotapemusic、(((さらうんど)))、一十三十一ら、新しいシティ・ポップの世代を紹介している。

また2012年7月頃、SAINT PEPSI、マクロスMACROSS 82-99 などVaporboogie/Future Funkのアーティストが話題にのぼりはじめていることにも意識をはらいたい。

2012年7月12日、DUMMY MAGにAdam HarperによるVaporwaveの紹介記事が掲載され、Vaporwaveがじんわりと浸透しはじめた時期である。Future FunkがVaporboogieと呼ばれ、また一部ではJapanese Disco、Japanese Boogieとも呼ばれていた頃だ。

2015年8月6日、マレーシアの音楽ニュースサイトJUICEのシティ・ポップ紹介記事。さほど影響力はなさそうだが東南アジアの新しいシティ・ポップの世代、インドネシアのバンドIkkubaruが紹介されている。東南アジアでは他にもタイのR&BグループPolycat、インドネシアのシンガーソングライターMondo Gascaroなどシティ・ポップの影響を隠さないアーティストが生まれている。

2015年7月5日、ジャパンタイムスが最近の日本のトレンドとしてシティ・ポップを取りあげている。ミュージックマガジンの2015年6月号「ceroと新しいシティ・ポップ」をうけての記事のようだ。

2015年10月25日、zZoundsによる世界のローカル音楽を紹介する連載「The Musical Almanac」にてシティ・ポップが取り上げられる。この記事の影響は大きく「Known Your MeMe」からもリンクされている

山下達郎「Ride on time」をシティ・ポップの起点に、細野晴臣とナイアガラを重要人物としながら、日本のシティ・ポップの歴史を遡る大作である。結びでは渋谷系にふれながら、フィッシュマンズが紹介されていることは、近年のフィッシュマンズ再評価とあわせて興味深いところだ。

AORとヨットロック

「The Musical Almanac」を書いたDiegoだが、AORDISCOというブログにAORの視点からシティ・ポップをミックスした音源を提供している。ところでこの記事には「yacht pop」というタグがつけられている。これは「ヨットロック」をもじったものだろう。

ヨットロックとは2005年6月25日、ロサンゼルスで毎月開催されている映画上映会Channel 101にて上映されたコメディ作品。 JD Ryznarによって作られたこのコメディ作品は、2007年3月13日にYouTubeにアップロードされ、2019年2月現在、100万再生を超えている。

ビデオの内容は、AORやソフトロックの名曲の誕生エピソードをでっちあげるドキュメンタリー風のコメディ。すなわち「ヨットロック」とは「ヨットに乗るようなヤッピーが聴いてそうな音楽」を揶揄した呼び方で、具体的なアーティストとしてはMichael McDonald、Steely Dan、TOTOなどが挙げられる。

揶揄のニュアンスを含む、セルアウトした用語。なかなかひどい(しかし正しい)評価だが「ヨットロック」がきっかけで新しいリスナーや DJ が生まれ、大量のミックスが作成されたのだ。音源の再発もすすみ、ついに2018年にはガイドブックが刊行されるにいたるWeezerがTOTOのAfricaをカバーしたのもこの流れなのかもしれない。

このヨットロック、楽曲だけでなく、扱いもまた、どこか「シティ・ポップ」に似ていないだろうか?

2019年1月29日のVice、シティ・ポップ特集記事の導入部ではシティ・ポップに対するヨットロックからの影響を指摘しつつ、シティ・ポップを「ヤッピーのためのミューザック」と言い切ってしまっている。

揶揄としてはじまったヨットロックは新しいリスナーを獲得して、純粋な称賛をもってうけいれられた。日本における「シティ・ポップ」と通ずる運命を経たヨットロックの流行が、シティ・ポップとAORの背景にあったのかもしれない。

世界を巡るシティポップ

2016年4月1日、カリフォルニアのチルウェイブ・アーティストToro Y Moiがシティ・ポップのミックス「現 A 実 S は I 何 A も B あ O り I ま Z せ Z ん」をアップロードする。吉村弘にはじまり、吉村弘で終わるこのミックスはタイトルからしてFuture Funkへの意識は間違いない。

2016年2月28日、ジャパンタイムスがCero、Lucky Tapes、Awesome City Clubに続いてSuchmosが現れたことを報じている。ジャパンタイムスは媒体の性質からか(趣味か?とも思ったが、執筆者はすべて異なる)日本の「新しいシティ・ポップ」の発信に注力している。

2016年4月28日、Waxpoeticsの依頼で生粋の日本通Ed Mottaがシティ・ポップのミックスを作成。 

2016年8月26日、英ACE Records内のレーベルBGPから日本のレア・グルーヴを編集した「Lovin' Mighty Fire: Nippon Funk, Soul & Disco 1973-1983」がリリース。このアルバムはロンドンのラジオ局 NTS の番組「Japan Blues」から生まれたコンピレーション。

Howard Williams(a.k.a Japan Blues)は90年代に訪日して以来、日本のレコードを収集、発信をつづけているロンドンの和モノ・コレクターだ。2009年に、アンダーグラウンドからの支持を集めてやまないUKのカルトなカセット・レーベルThe Trilogy Tapesから和モノのミックステープ「Nippon Folk, Japan Blues」(2009)「Nihon Indigo」(2011)をリリースして以来、2010年に日本のピンク映画のサウンドトラックを編集した「Killing Melody :Instrumental Music From Japanese Pinky Violence Movies」をリリース(70年代の日本の映画サントラ、ロックの再発を手がける日本の Hot Wax とのコラボレーション)。その後もBGPから平尾昌晃「Nippon Rock N' Roll: The Birth Of Japanese Rockabirii」(2013)寺内タケシ「Nippon Guitars」(2011)、ロンドンのレコードショップ兼レーベルであるHonest Jons'から浅川マキ「Maki Asakawa」(2015)を編集し、ロンドンに和モノを送り込み続けている。

https://www.youtube.com/watch?v=L_G2p3riAZg 
「City Pop シティーポップ」(削除済み)

2016年11月18日にアップロードされたシカゴのDJ Van Paugamによるシティ・ポップのミックス動画「City Pop シティーポップ」(削除済み)。Van PaugamはVaporwave の元ネタを探している中でシティ・ポップを発見した。現在もみずからOriginal City Pop DJをなのり、国内外で精力的に活動している。これまでもシティ・ポップのミックスは数多く発表されてきたがだれもが単発のミックスだった中で「シティ・ポップのDJ」として活動するVan Paugamの貢献は大きい。YouTubeは削除されているが、いくつかのミックスはSoundCloudで聴くことができる

また少なくとも2016年12月にはSpotifyの公式チャンネル The Sounds of Spotifyがプレイリスト「The Sounds of Japanese City Pop」を作成している。

日本における「新しいシティ・ポップ」の誕生は海外に「シティ・ポップ」を発信して、ファンク、ブギー、ソウル、AORとして解釈されながら世界中で拡大を続けた。

2017年12月15日、ボストンのディスコ/ソウル専門のレーベルCULTURE OF SOULからの「Tokyo Nights: Female J-Pop Boogie Funk - 1981 to 1988」。

そして、これらのシティ・ポップの再評価は 2017年10月20日のLight In The Attic「Even a Tree Can Shed Tears / 木ですら涙を流すのです」へと繋がるのである。

「はっぴいえんど」と「細野晴臣」

「Even a Tree Can Shed Tears」は日本の三大フォーク・レーベルであるURC(遠藤賢司、金延幸子、はっぴいえんど、ザ・ディランII)、ベルウッド(細野晴臣)、エレック(古井戸)を中心に、加藤和彦、南正人、浅川マキ、布谷文夫、吉田拓郎、赤い鳥、ジプシー・ブラッドなどを加えた、日本のフォーク&ロックを中心に編まれたコンピである。

見てのとおり、「Even a Tree Can Shed Tears」にはシティ・ポップとよべるような楽曲はひとつも収録されていない。

ブームとは無関係に、脈々とつづくアシッド・フォーク発掘の成果のひとつにも思えるこのレコードは、しかし間違いなくこのシティ・ポップの文脈に連ねるためにリリースされた。

「Even a Tree Can Shed Tears」がスポットライトをあてるのは、日本における70年代のフォークとロック、いや、はっきり言ってしまえば「はっぴいえんど」である。このレコードははっぴいえんど、そして「細野晴臣」を照らし出すための一枚なのだ。

2017年10月27日、ニューヨークタイムスが「Even a Tree Can Shed Tears」の発売を特集しながら、日本のフォーク/ロックを紹介している。

この記事において「Even a Tree Can Shed Tears」の次がシティ・ポップであり、「Even a Tree Can Shed Tears」は「シティ・ポップの前」であることが示唆されている。

『木ですら涙を流すのです』の後、ライト・イン・ジ・アティックは、1980年代にシティ・ポップとして知られたジャンルに焦点を当て、さらなるリリースを計画している。

2017年10月27日、COURRIER による翻訳記事より

なお続編として予定されている「Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1975-1985」は、2019年2月現在、まだ実現されていない。

AOR として解釈され、ミックスやサンプリングを通して、そのリズムとサウンドを海外につたえてきたシティ・ポップだが、それゆえに、前景となるフォーク/ロックが注目されることはなかった。Light In The Atticは「シティ・ポップの前史」として「Even a Tree Can Shed Tears」を編集したのである。

ちなみに記事で言及されている「ロスト・イン・トランスレーション」のサウンドトラックに「風をあつめて」が使われている件には小山田圭吾が関わっている。

これは本作の音楽プロデューサー、ブライアン・レイツェルがツアーをしている最中にコーネリアスと一緒になることがあり、小山田圭吾にこの映画のサントラに合うような日本の曲はないかと訊ねたことに端を発する。小山田がいくつかの音源を渡し、その中からブライアンがセレクトしたものをソフィアが聴き、2人が選んだのが、はっぴいえんどの『風をあつめて』だった。

2017年8月29日、CINEMORE 『ロスト・イン・トランスレーション』名匠たちに愛される「トーキョー / ニッポン」の魅力より

2017年3月23日、Vinyl Factoryによる日本のフォークとロックの紹介記事。ここではLight In The AtticのYosuke Kitazawaみずから日本の音楽を紹介している。

はつみつぱい、あがた森魚、大滝詠一、はっぴいえんどがバックバンドを努める岡林信康「岡林信康の世界」、細野晴臣、水谷孝(裸のラリーズ)が参加している南正人「回帰線」などを紹介している。

Light In The Atticは2018年に細野晴臣のアルバムを立て続けに再発する。2018年8月10日「はらいそ」「フィルハーモニー」「オムニ・サイト・シーイング」、2018年9月28日「HOSONO HOUSE」「コチンの月」、この流れをうけて海外における細野晴臣・再評価の加熱がはじまる。

2018年8月23日、Resident Advisorによる細野晴臣の特集記事。この記事では細野晴臣の電子音楽の側面に注目している。Light In The Atticによる再発シリーズの影響下に書かれた記事なのは間違いないが、ダンス・ミュージック・シーンからの再評価にも触れている事実も重要だ。

細野の作品は、HuneeのEssential Mix、Powderのニューヨークでの9時間セット、Peggy GouのInstagramなど、あらゆる場面で聞くことができる。

2018年8月23日、Resident Advisor「日本のイノヴェーターが手がけた主要なエレクトロニック作品をAndy Betaが総括。」より

寺田創一「Sounds From The Far East」を編集したハウスDJのHunee、Ninja Tuneからのリリースで知られるロンドンのPeggy Gouらが細野晴臣をプレイしていた事実は覚えておきたい。

2018年9月26日、Vinyl Me, Please.に寄せられた「Even a Tree Can Shed Tears」、細野晴臣再発のプロデューサーYosuke Kitazawaによる細野晴臣インタビュー。アメリカの音楽に多大な影響をうけながらも東洋のテクノ・ポップ、そして日本のシティ・ポップとして、エキゾとしてジャンルに枠組みの中で評価されてきた細野晴臣の活動へ紐解き、ひとりのアーティストとしての細野晴臣を浮かび上がらせる優れたインタビューである。

2018年10月11日、Viceによる細野晴臣の特集記事。フォーク、エキゾ、テクノ・ポップ、アンビエント……細野晴臣のもつ多様なの音楽的色彩をキャリアとなぞりながら紹介している。

時間がやや前後するが、2017年11月26日、ロンドンのラジオ局NTSが「HARUOMI HOSONO/YMO DAY」と第して15時間の特集を放送した。

プログラムにはNTSのDJの面々に加えて「Lovin' Mighty Fire: Nippon Funk, Soul & Disco 1973-1983」を編集したHoward Williams(a.k.a Japan Blues)、来日ツアー中の2016年11月24日に YMO のミックスを放送した2manydjs、バレアリックの発掘によってハウス・シーンに日本のアンビエントを紹介した Chee Shimizu、Palto Flatsからの「鏡の向こう側」(1983)再発で日本のアンビエントへの世界的な注目を集めた高田みどりと2018年にコラボした LAFAWNDAH、Light In The Atticから日本のアンビエント、2019年2月15日に日本の環境音楽コンピレーション「Kankyō Ongaku」を監修、リリースしたVisible Cloaks、そしてLight In The Attic、日本の音楽の海外普及における重要人物の名前が揃い踏みの特集となっている。

Mac Demarcoと細野晴臣の出会い

さて細野晴臣の再評価には、Mac Demarcoによる細野晴臣へのラブコールの影響が大きいことはまちがいないだろう。シティ・ポップから話はそれるが、紹介しておこう。

Mac Demarcoは2009年より活動を続けているカナダのシンガーソングライター。ポスト・チルウェイブを感じさせるダウナーなアコースティック・サウンドとファニーなキャラで親しまれている。2018年にはフジロック・フェスティバルにも招牌、坂本慎太郎や細野晴臣への愛情を公言し、特に細野晴臣の筋金入りのファンで、2010年11月1日にMakeout Videotape名義でリリースした「BOSSA YEYE」はジャケットの時点で細野晴臣のパロディを取り入れている。

2017年5年5日、Mac Demarcoがアルバム「This Old Dog」をリリース。また2018年8月24日には細野晴臣「Honey Moon」を日本語でカバー。このふたつのタイミングで「haruomi hosono」の検索数が大きくスパイクしている。

Mac DemarcoはYouTubeを通して細野晴臣を知った。

最初にハマったのは細野さんで、それからYMOにハマった。いったんYMOにハマると、もう終わりが見えないよね。最近は矢野顕子さんについてのインタビューを受けたことがあるんだけど、彼女もいいね。他には、たぶん細野さんがプロデュースした吉田美奈子さん、あとは山下達郎さんのアルバムも聴いている。彼のスタイルはスムーズですごく好きだね。坂本慎太郎さんも大好きだよ。

2017年6月27日の Qetic によるインタビューより

Mac Demarcoが細野晴臣を知ったのはYouTubeの「リアル・ジャパニーズ・グルーヴ」というチャンネルらしいのだが見つけることはできなかった。違法アップロードのチャンネルのはずなので、削除済みであることは間違いない。

それは『リアル・ジャパニーズ・グルーヴ』っていう、日本の素晴らしいバンドとアルバムを集めたYoutubeのチャンネルで、そこで紹介されてたのが細野晴臣の音楽だった。Yellow Magic Orchestraとか、『HOSONO HOUSE』とかね。確か俺が18歳の時で、マジで衝撃だったよ。

2018年3月4日、eyescream のインタビューより

Mac Demarcoが18歳の時、彼は1990年生まれなので2008年の話になる。ひょっとすると「新しいシティ・ポップ」の波を受けて作成されたチャンネルからMarc Demarcoは生まれたのかもしれない。

Watering a flowerの謎

2019年1月24日に発表されたVampire Weekend 「2021」で細野晴臣がサンプリングされた。これは一連の細野晴臣再評価によるものなのだろうか。もちろんひとつの要因ではあるだろうが、それだけでは説明しきれないところがある。なにしろサンプリングされたのは1984年に発売されたカセットブック「花に水」なのだから。

Vampire Weekendはなぜ「花に水」をサンプリングしたのか。この疑問には別の記事で回答することにしよう。

話はこれで終わりではない。シティ・ポップやYouTubeとはまったく異なる文脈で、インターネットを通じて細野晴臣を発見したあるムーブメントが存在する。まさかと思われるかもしれないが、そのムーブメントとは「ニューエイジ」である。次項では「アメリカとロンドンのニューエイジ」を辿ってみよう。


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