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沈潜に寄せた選曲のこと

“10月の沈潜”というDJイベントで選曲してきました。横浜は老舗のダウンビートのマスターの吉久修平がコロナの酒類提供自粛をふまえ、ノンアルコール(≒コーヒーのみ)でいかに没入できる空間を作れるのかって考えたところから始まったもの。今回はその二回目。前回はアンビとかダウンテンポとかポストクラシカルなんかがよく流れていて、会話もはばかられるほど張り詰めた空気だったことは聞いてました。

沈潜って言葉を辞書で調べると、”心を落ち着けて深く考えること”とか”深く没入すること”って出てきます。たしかにアンビエント音楽とかこの言葉にぴったりな感じがするし自宅でもよく聴くけど、DJできるほど持ってない。言葉の意味を汲んで、ぼくなりに、しかも今だに昭和の雰囲気を色濃く残している老舗ジャズ喫茶で出来る選曲ってなんだろうって考えたら、やっぱジャズかなと。一応現代ジャズ好きで通ってる(?)のでその辺から、あんま普段の営業ではかからないようなやつを軸に持っていこうと思いました。

ジャズで沈潜って聞くとまっさきに浮かぶのがECM。レーベルカラーの「静寂の次に美しい音」なんて耳にタコができるほど聞いてるので、テーマにぴったりなのはよく分かっているんですが、油断するとECMばっかりになっちゃうので最小限に。最初にかけたのはこれ。

Kit Downes 「Kings」from 『Obsidian』

はやくもECMの看板アーティストになりつつあるイギリス出身のピアニスト、キット・ダウンズのデビュー作。教会で録音された厳かなさと、店内の薄暗いビンテージな雰囲気がフィットするかなって思ったのと、このオルガンのテクスチャーをアルテックのA7で聴いたら気持ちよさそうだなと。

続いてECM繋がりでこちらを。デンマークのギタリスト、ヤコブ・ブロによるECMデビュー前の大作から。

Jakob Bro 「Color Sample」from 『BRO/KNAK』

ダウンズの厳かさは保ちつつ、ヴォイスのレイヤーがあり、ヴァイオリンやハープの心地よいテクスチャがあり、終盤にはエレクトロニカっぽく響くギターの逆再生が別世界に連れて行ってくれる感じがあり、これもダウンビートで聴いたら良さそうだなと。中盤に明瞭に吹くケニー・ホイーラーが超カッコよくて、ジャズみもそこそこあるのもいいかなと。

その次はこちらを。『BRO/KNAK』にも参加してるピアニストのポール・ブレイの作品から。

Paul Bley, Lee Konitz & Bill Conners 「Out There」from 『Pyramid』

ポール・ブレイはECMに作品を何作か残してますけど、これは70年代にブレイ自身が立ち上げたレーベルから。インプロ要素多めだけど、キツくない感じというか、立ち上がるエレピの幽玄さと、ふらふらするコニッツのサックスと、コナーズのギターが心地よいやつ。

続いてはレーベル繋がりで、カタログ番号一番のこれを。アルバムタイトルからしてもろに沈潜。

Paul Bley, Jimmy Guiffrre & Bill Conners「Duet」from『Quiet Song』

ギターとピアノは同じメンツなんだけど、フロントがクラリネットのジミー・ジュフリーに。これはジュフリーとコナーズによるデュオ曲。ギターの質感はそのままに、フロントが変わると響き方も当然変わるから楽しげかなと。

次はクラリネット繋がりで、ブラジルのジョアナ・ケイロスのソロ作から。現代ジャズ周辺のクラリネットではジョアナかアナット・コーエンみたいなところありますよね。

Joana Queiroz「Beira de Rio, Beira de Mar」from『Tempo Sem Tempo』

この作品は多重録音でクラリネットの柔らかさや繊細さレイヤードさせ最後には完全にエレクトロニカになるっていう、ポストクラシカルっぽくもあり、でもブラジルっぽいメロディがあり、かなり唯一無二な曲。クラリネットのキーがパカパカする音だったり、細かなら息づかいだったり、ミクロな質感すら心地よいこの曲は是非かけたかった。

続いてはブラジル繋がりで、ブラジル音楽の神様みたいなエグベルト・ジスモンチ。もはや説明不要ですが…これはECMでの初のソロ作品。ギターでもピアノでもジスモンチはジスモンチの音楽ですね。

Egberto Gismonti「Salvador」from『Solo』

ジスモンチの次は、ブラジル音楽にも通じるギタリスト兼作曲家のパット・メセニーの作品からこの曲。

Pat Mtheny「Pärt: Für Alina」from『Road to the Sun』

メセニーの作家性を爆発させたアルバムで、メセニーの書き下ろしを他のギタリストに弾かせている作品なんですが、このアルヴォ・ペルトの曲だけはメセニーが弾いてます。ピカソギターって呼ばれる42弦ギターから生み出されるハープみたいな音色が最高なやつ。他にもこのギターを使ってるアルバムはあるんですけど、ヨーロッパの少し外れたところから出てきたペルトの曲でジスモンチとのメセニーを繋いぐのも良いかなと。

最後はギタリストのベン・モンダーで〆。ギターを重ねまくってハープのような音色を生み出した驚異的な楽曲。

Ben Monder「Elysium」from『Hydra』

沈潜の個人的な裏テーマとしてはアラウンドECMってことと、ギターが入ってる作品でいかにストーリーが描けるかみたいなところでしょうか(関係ないのもあるけど)。ぼくはトリ前だったので他のDJを聴いてからやれたんですが、三者三様に個性がある選曲だったので、いっそのこと自分ワールド全開でもいいかなと(笑)他にも色々持っていったんですが、結果的にはだいぶストイックな選曲になった気がします。時間が許すならヘイデンとアリスのこれとか、シャイ・マエストロとグレッチェンのこれとかもかけたかった。

個人的には吉久店長がオリエンタルめなモダンジャズに交えてかけたアラバスター・デプルームが空間にフィットしすぎていてさすがと思ったり。

なんにせよ終始いい空間のイベントでした。

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