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「医療とITをつなぐ。」医学生がプログラミングする理由を聞いてきた。

これまでの医学生は部活と勉強に明け暮れるのが普通と考えられていた。しかし2017年6月頃、大阪大学で医工連携サークル(AIメディカル研究会)が誕生したのを皮切りに、全国各地で次々と医学生がITをやるサークルができつつある。

「医療×IT」サークル立ち上げのきっかけについて、東京医科歯科大学と東京大学、阪大の医学生・卒業生にインタビューしてきた。
そして医学生がハマる競技プログラミングやkaggleの紹介、さらに、AIメディカル研究会(AIMS)を立ち上げた新岡先生の想いもお届けしようと思う。

医科歯科のサークル「T/T(Tea Party)」

「(コミュニティを作ったのは)最初は使命感とかではなかった」と話すのはヴィンティーさん(医科歯科大医学部4年)。

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2018年の10月頃「AIに興味がある医学部生で輪読会しない?」という話が出たそうだ。毎週1人スライドを作る輪読会で、そのときの名前は「機械学習勉強会」だった。放課後5人くらいで集まって、それが3、4ヶ月続き、ちゃんとした組織にしようということで作ったサークルが「T/T(ティーパーティー)」。名前は御茶ノ水由来だが、TechnologyのTの意味も後付けした。

現在3、4年生が10人。しかし4年生の前半は研究室配属、留学などがありオフで集まるのが難しいため、お互いがやっていることをSlackで報告して褒め合うのが主だ。


ITに絡むことだったらなんでもOK。僕は疫学系なのでガンガン統計学に寄っているし、アルゴリズムが趣味な人も、神経科学ではプログラミングでモデリングをしている人もいます。物理学に興味がある人もいますね」(ヴィンティーさん)


そんなヴィンティーさんとyakataさん(医科歯科大医学部4年)が作ったのがDiscordのコミュニティ「全国医療ITもくもく会(正式名称公募中)」だ。

医科歯科は単科大学のため、T/Tだけではコンテンツに限りがあった。そんなことをTwitterで話しているうちに全国医療ITもくもく会ができ、現在は東大、名古屋、阪大、横市、慶應、東北医科薬科などの大学と、学生だけはでなく、社会人や工学系の医療に興味のある人が加入している。今後オンライン勉強会などやりたいそうなので、興味があるひとはこちら(@tpt_ochanomizu)から連絡いただければとのこと。


「このコミュニティは卒業して出ていく感じではない。仕事をしていく中でのつながりにもなります。『医療4.0』(30人の医者へのインタビュー)に載っている吉村先生(千葉大)に影響されて、ビジネスや起業にも興味があって、自分は「医療5.0」に入りたいなと(笑)

今のDiscordの人たちはそういう前線で戦っていく人たちだと思うので、今のうちにコミュニティを作っておきたいと思いました。
家入一馬さんが作るDiscordのコミュニティの活気あふれる感じを見て、全国コミュニティにしたのもあります」(ヴィンティーさん)


東大のサークル「TITAN」

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東大に医療×ITサークルの「TITAN(タイタン)」ができたのは、つい数ヶ月前だ。

「何がきっかけというと難しいところ。大きな時代的な流れもありますね。やっぱり医療のITって日本において課題だから、無視するわけにはいかない」(そすうさん、東大医学部6年)

一方、若い医学生はデジタルネイティブで周りにITがあって当たり前だが、上の先生とはジェネレーションギャップがあると感じたこともあった。

「そうなってくると、若い世代でITをどう医療に組み込むか考えなくてはいけないのかなと」(そすうさん)


東大の医学生でプログラミング・機械学習に興味ある人は、サークル立ち上げ前から多かったようだ。研究室で機械学習をしたり、基礎研究や臨床でもデータをどう使うかという話は進んでおり、さらに、起業している医者の下でインターンする学生が、東大ではここ数年増えてきている。

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(そすうさん、Kさん(東大医学部2年)もインターンをしている。)

しかし、実践的なデータサイエンスや研究手法は医学部の教育としては十分されておらず、各学年で輪読会はあっても学年を超えては行われていなかった。


「学年を超えた医学生のコミュニティがあったほうがいいのでは、と思いました。研究室やインターンで自分が取り組んでいる課題や苦労、経験を気楽に話せる場があってもいいかなって」(そすうさん)


現在TITANは1、2年生も合わせて学生85人、OB/OG14人の大所帯。サークル名の由来は「Tetsumon(鉄門) IT AssociatioN」。月一くらい定例会、週1で勉強会があり、ZOOMで中継したりYouTubeの限定リンクで共有している。

機械学習入門、統計検定対策、医学の勉強、競プロサークル、もくもく会など小さなコミュニティはSlack上で動き、オンライン・オフライン半々の活動だ。

阪大のサークル「AIMS、阪医Python会」

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サークルを作る上で前例としてT/T、TITANが想定していたのが、阪大のAIMS/阪医Python会だった。

TITANも6月にある程度リサーチをかけ、その時点で大阪、名古屋に医療ITサークルがあったから東大でもいけるとなったようだ。

「AIMSはもちろん工学部の方々の力がありながらも、阪医Python会が医学部だけで回している前例があるだけで気がラクでしたよね」(ヴィンティーさん)

そんなAIMSは、2017年3月頃、前代表の大平さんがシリコンバレーで日本の学生と海外の学生の熱意の差に触れたことが、団体立ち上げ着想のきっかけだった。

「日本の学生が束になっても、こいつらには勝てないだろうと思ってしまいました。なんとなく大学に行っている人が多すぎて、日本の学生の学ぶ姿勢や生きる姿勢に疑問を持っていた。

今思うと見ているサンプルに偏りがあった気はしますが、それでも世界各国から一族の期待を負って膨大な奨学金を使ってきている人と、教育環境が良かった故に難なく国立大に入れて授業をこなしている日本人とでは差があるかもしれない、ということはいえるかもしれないですね」(大平さん)


そんな矢先、アルバイト先の研究室で新岡先生に「医療AIのサークルを作らないか」と持ちかけられ、大平さんも教育に興味を持つようになる。そして医学部の近くでビラ配りをして6/10の初回に医学生2人が来たのが、医工連携の発端だった。現在は関西圏の医学生・工学部生・医療関係者を中心としてFacebookグループに212人、実際活動に来ている人が入るSlackのグループに約100人のメンバーがいる。


「ちょうどtensorflowが出て少し経った頃で、医学生や他の学部の人でもできると思ったこと、医工連携のサークルを作れないかと考え、学生のうちから交友関係を築けるような団体にしたいと思いました」(新岡先生)

最初に来た医学生のうちのひとりの安水さんが「もともとはAIMSと医学部の橋渡しとしてはじめた」のが、阪医Python会だ。

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医学部はカリキュラムや風土として、他学部とサークル活動を行うのは難しい。同じく総合大学の東大でも、全学のサークルに入っている医学生は少ないなか、AIMSの前例を見て「阪大は土壌が違うのかも」とAIMSが成り立っている理由を不思議そうにしていた場面もあった。

しかし、コンピューターの教育を全く受けていない医学部生にとっては、やはり急にAIMSに参加することはハードルが高かったようだ。まず医学部で集まってプログラミングをするLINEグループとして「Python会」ができ、しばらく経ってから、定期的な勉強会に加え、大阪大学微生物病研究所とのコラボイベントやYouTubeでの発信など、精力的に活動がスタートした。学生、OB合わせて39人で部活のような雰囲気だ。


「いわゆる医学部部活のようなアクティビティで、機械学習やbioinformaticsに取り組めばどんなに素晴らしいことになるだろうという着想からです。最近ではAIMSなど、より本格的なITサークルへの橋渡しとしてだけでなく、研究室を跨いだコミュニケーションの場の形成であったり、低学年の育成、共同研究などを行っています」(安水さん)


医学部部活のような頻度の活動でありつつ、安水さん自身が「部活よりも夢中になれるもの」と謳っているあたりに、従来の医学部部活とどこか違うものを感じる。

医学部に入って医者になる以外のキャリア

こうしたサークルがビジネス・起業志向なのか、研究・教育志向なのかは、周りに企業があるかなど関東と関西の違いともいえるだろう。

ただ最近医者の起業は増えているものの、ビジネスに興味がある医学生はマイノリティであり、東大では医者以外の道として研究も多い。そうであるとはいえ、起業したりIT企業に転職する東大医学部卒業生も最近話題になっている。


「医学部生は基本的に医学部で研究している人、病院で働いている人からしか教育を受けない。それ以外のキャリアがあるっていうのをあまり学んできていませんでした」(そすうさん)


今は医者不足なものの、高齢者が減るため将来的に医者は余るといわれている。そうなると、医師の働き先が病院だけだとあぶれる人が出てくるのだ。

医学部に入る人たちは優秀なので、その人たちを病院勤務だけにとどめておくのがもったいないということで、今色々な人が、これをどうしようかを考えている段階だという。医科歯科でも、アイリス株式会社が単位取得の一環としてフルタイムでインターンという取り組みがあったばかりだ。

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医学部で医者になる以外のキャリアが見えないことに関して、Kさんはこのようにも話した。

「高校のとき数学とかに興味があって医者になった人たちで共通の悩みだと思うんですけど、医学部に行った場合に医者以外になるビジョンが見えないんです。見えないからこそ、医学部だけのコミュニティができている傾向は地方には強いと思います。

自分は地方出身で、同じく医学部で医者になる以外の想像がつかないなっていうのがあります」(Kさん)


しかし、先日医学部に進振りで内定が出たばかりで医学部のコミュニティにまだ入っていないながらも、2年生のうちから医療IT企業のインターンに行くなど、積極的に活動している様子。


「高校のとき数学、物理をやっていて、大学入る前は物理学科に行きたかったんですけど、いわゆる進振りがあるからって理由で東大に来て、もともとは物理と医療の中間領域っていうのをやりたいと思っていました。でもインターンで情報をやる機会があって興味を持ちましたね。

高校のとき化学オリンピックに出ていて、そこの人たちが競プロを趣味にしていたんです。受験が終わって自分もはじめて、そこからただの趣味になっちゃってるなと思ったときに偶然インターンの求人が来たという、きっかけは偶然でした」(Kさん)

「インターンに行ってみて、新しいことに挑戦するって意味では研究とベンチャーって思想は近いと思うけど、ビジネス的な要素があるかないかで全然考え方は違う。まったく知らない分野でした」(そすうさん)


しかし、医療ITを合わせてやれるべきことはたくさんあるものの、それをどういう形で実現していくかは難しいところだ。医療は最終的には国主体の事業なので、個人・企業が介入できることなのか。


「保険でこの行為をするといくら払えるかが国主体になってしまっているから、病院の中は厚労省主体です。介入するならその前と後のフェーズで頑張るか、クリニックに働きかけて保険適用にしてもらうか。
遠隔医療のためのデバイスで起業した方もいますが、それが保険適用になるかで話が全然違ってきたりします」(yakataさん)

「病院内のデータを扱おうとするとガチガチにプライバシーで守られていて、外側からできるとしたらデザインですかね。
デザイン領域と関わっている医科歯科の先輩の波多野さんが立ち上げたColonb'sという会社でインターンしているのですが、医療の界隈ではデザイン思考があまり身についていないんです。

患者さんにとって行きやすい病院とかよりは、どちらかというと管理する方向で設計されてきました。それを、医療を身近にする方向に変えていく。
待合室のデザインなんかは法律とかと戦わなくて済むしハックしやすいので、そういうところに手を伸ばしている人もいます」(ヴィンティーさん)


医療における課題と自分がどこにいるべきかは難しい話で、インターンをしながらも、このまま医者か、研究か、起業か、将来どうしていくのか模索している医学生も多いように見受けられた。

競技プログラミング、kaggleは医療に結びつくか

ひと口にITといっても、アウトプットとしてメンバーの対象はさまざまだ。


「個人のバックグラウンドとしては、私自身はbioinformaticsですし、機械学習が専門でkaggleやsignateで実績を出す人たちや、競技プログラミングに取り組む人、統計に強い人など、さまざまです。リーダーの淡田を中心に、個人の考えや興味を尊重しつつ、それぞれが利益を享受できる会になればと日々思案しています」(安水さん)

「ITを共通言語としているけど、競プロ、機械学習、純粋なコンピュータサイエンス、医学の臨床研究、社会医学、ビジネス、ざっと言うとこの7つですね。そういう意味でも会全体で何かひとつのことというのは難しい」(そすうさん)


そんななか、yakataさんは「医学生に競プロを布教したい」と話していた。

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競プロはアルゴリズムに寄っているから医療とは結びつけにくく、趣味にとどまるのでは?との声もあったが、競プロ勢からは「プログラミングを勉強するのに、正解があるっていうのはやりやすいと思っています。合っているか間違っているかを教えてくれ、点数として出るのでモチベーションも上がる」(Kさん)、

「競プロをやってアルゴリズムを知っているか知っていないかで何か計算できるかできないかの幅が広がります。全通り調べればいいけど、データが1万件とかあったら1億倍計算時間が変わってくるとすると計算できない。そうなると知っておいたほうがいいですね。

計算時間のことを知っておけば、エンジニアに任せるにしてもできそうなものかそうでないものかは何となく言えるのはでかい。機械学習とも親和性があります」(yakataさん)という意見が出た。

競プロは上の全部のサークルで、kaggleはAIMS/Python会の中でも活発なコミュニティだ。そこから、コミュニティ全体を引っ張ってほしいというのが望まれていると考えられる。


「医療データは生のままだとすごく汚い。それをきれいにするのが二宮先生のDatackでのインターンのメインの仕事で、自信はあります。もとからきれいなデータをきれいにするのは自分でやっていないから弱点なので、kaggleはすごく難しいですね。

一方、そこまで通してできるようにならないとデータサイエンティストは名乗れないかなというのは思っていて、kaggleは必要性を感じています」(ヴィンティーさん)

東と西をつなぐ 全国のコミュニティへ

全国で医療ITのサークルが立ち上がるなか、9/28、29に大阪で行われたのがAIMS主催のデータコンペ「全国医療AIコンテスト」だった。
(ヴィンティーさん、Kさんが参加)

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北は弘前、西は広島から全国の医学生、社会人など多くの人が集まった。

「今回のイベントでは、文字通り全国から学生が集まってくれて、懇親会では幅広い交流をすることができ、とてもいい刺激になりました。
また、多くのスポンサー企業のおかげで、グランフロント大阪のとっても綺麗な会場を借りることができたり、V100付きのVMを使った画像コンペを企画できたりして、非常にレベルの高いイベントを開催することができました。
アンケートでもコンテンツ・運営に対して共に高評価をいただき、嬉しかったです。
個人的に、今までAIメディカル研究会で開催したイベントの中でも、かなり満足度の高いものとなりました」(AIMS代表・新井さんのブログ「全国医療AIコンテストを開催しました」より)


全国で連帯する必要性について、医学生たちはこう述べた。


「メンバーの興味の度合いも人によって違っていて、ただ何をやりたいか知りたくて入っている人もいれば、もっとやりたい人もいる。ITだけじゃなく、今の医療業界全体で昔より個人個人の違いが如実に現れるようになってきています。SNSのせいだったり働き方の幅が広がった影響です」(そすうさん)

「そうなると逆に集まりにくくもなりますが、母数が重要なファクターになるのかもしれないです。人数が多ければ、興味が合う人たちが集まれる。医科歯科は単科大学で人数が少ないので、合いにくい。

そういうところで、じゃあ全国に拡げたら母数増えるんじゃね?というのが医科歯科から全国医療ITもくもく会のDiscordが起こった理由かもしれません」(ヴィンティーさん)


全国医療AIコンテストが医学生の連帯の契機になればというのは、AIMSを立ち上げた新岡先生の思いでもあった。

来年は東と西で共催しても面白いですね」(新岡先生)

若い人たちの中からすごいことをする人が生まれるのに期待したい

AIMSは高校生向けの「AIメディカルハイスクール」や研伸館とのコラボなど、教育にフォーカスしている点が特徴的であった。

「私の研究では高価な装置や細胞などを使っていたので、大学4年で研究室に入って初めて研究に触れるという状態でした。

しかしAIに触れて思ったのは、これはどこでもできるということです。最近ではGoogle Colaboratoryなども出てきたため、無料でGPUを使用できたり、誰でも自分でAIのプログラムを書く環境が整っています。若いときから大学レベルの研究に触れることも可能になってきており、若い人たちの中からすごいことをする人が生まれるのを期待しています。」(新岡先生)

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今回インタビューさせていただいた場所、KERNEL HONGOでは、医学生をはじめ、大学の垣根を超えた学生同士の交流が活発だった。

また、AIMSでも東大のAI研究会とコラボして、東西合同勉強会などが行われるなどしている。

東と西、団体の背景や活動の仕方は違っても、熱意や能力のある学生が多かった。全国医療AIコンテストの成功を見ても、お互い交流することで有益なものが得られるだろう。「医療ITもくもく会でも東西で勉強会はやりたいよね」というのはインタビュー終了後、話していたことでもあった。果たして実現できるのか?

彼らのような優秀な医学生が、将来どう活躍していくのかも非常に楽しみだ。

勉強に使います!