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喧嘩(小説)

喧嘩というのはどのくらいで発生するのだろうか。和香は思い返してみたが、最後に姉妹で喧嘩したときのことを思い出せなかった。というより、姉とはもうずいぶん口を利いていない。


姉妹というのは主従とも対等ともいえない宙吊りの不思議な間柄で、そのまま両者は加齢によって流々と変化していく。会話を交わそうにも、何を話せばよいか判らないまま、もう大人になってしまった。


「火事と喧嘩は江戸の華」という。少なくとも1600年から数百年間の東京では、喧嘩は優れた営為とみなされていた。威勢良く手足や言葉の暴力を交換する営みは、人類的輝きに満ちていたのだろう。特殊な時代といえるだろうか。


すっかり波風が立つことが忌避される時代になった。人間が生きていくうえで波風の原因となりうるもの、例えば人間相互の偶然の出会いや深い交わりは、少しずつ社会の隅へと追いやられていった。


和香は姉が結婚する報せを母に聞いた。結婚祝いに花火を選んだ。山梨の高台まで車で越させ、2分間ほど発射され続ける色とりどりの炎を冗談半分に贈った。和香は自分では見なかった。

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