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学校英文法の<お色直し> 大西泰斗氏の「感覚による英文法」について

大西泰斗(おおにし・ひろと)『英文法をこわす 感覚による再構築』(NHKブックス、2003年)

テレビやラジオで知られる英語講師・大西氏の本。

学校英文法を「こわす」というのだから、既存の文法用語も否定するのかと思ったら、そうではない。サブタイトルに「再構築」とあるように、文法用語は従来のままで、それを説明しなおしている。

著者の書きぶりには、学校英文法を改善しようという高い意気込みが感じられるし、大胆な説明によって文法用語に感覚的なふくらみをもたせてくれる。

言語を感覚的なものから説明しようとする認知言語学系の研究者は多いが、論者によって頼るものが少しずつちがう。宗宮喜代子氏のように、文字が伝える意味を体感的に論じる人。田中茂範氏のように、現実存在の外観や視覚像を重視する人。それに対して大西氏は、全身感覚で英語の「意味」をとらえよと提案しているようだ。

ところで、そもそも言語とは、その規範を運用することだが、言語の規範は概念とその体系である。大西氏の本にしても、言語で書かれている以上、それは概念による説明である。

だから著者が「感覚」だと言っているものは、正確にいうと、概念が喚起する感覚である。著者が言いたいのは、英語の文字から受ける感覚を大西氏が概念化(言語化)し、その概念表現(この本)からうける感覚を読者が概念化できれば、英語は主体的に理解でき、話せるようになるということだろう。

著者の文体は硬い(ついでに、英語の例文まで硬い)。その一因は、感覚をできるかぎり概念化して、言語の運用に適するように仕立てあげ、読者に届けようとしているからだろう。

こうしてこの本は、旧来の文法用語の「意味」を感覚にうったえ、硬い概念的表現で説明しようとする。「感覚」による学校英文法の<お色直し>である。

もとより、言語は感覚をともなう。だが、言語は感覚でつくるものではないし、学問も感覚でできているのではないから、これで英語の概念が運用できるわけではないし、学校英文法にかわる文法はつくれない。

とはいえ、こうした説明が、学校英文法の無味乾燥を補うところはあるかもしれない。


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