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寝坊が許される社会がいい

「俺、朝起きられないんだよねー」

ここは某回転寿司チェーン。病院のテニスサークルで久々に体を動かした後、先輩医師たちとお腹を満たしにやって来た。マグロ、ハマチ、真鯛、アジ。海が近いからか、この病院の近くの回転寿司は、チェーン店の割にやけに美味しい。

あらかた食べ尽くしたところで、冷静になって明日も仕事であることに気づいた中堅の先生が半ば諦めムードでつぶやいたのが、さっきの言葉。

「明日も仕事かー。俺、朝起きられないんだよね」

 同じように、朝が弱い専攻医の先生が話し始めた。

「私、研修医時代、朝起きられなくて2回盛大に遅れちゃったんですよね。気づいたら11時とかになってて、もう絶望ですよ。だから私思ったんですけど、私が朝起きられないから、せめて他人が朝起きられないのも許そうって思ったんですよね」

「それ、俺もだ。他人の寝坊にも寛容になるよね」

甘々な二人のこの会話は日本の医療を救うんじゃないかと僕は本気で思った。

僕が務める病院は、地域唯一の急性期病院。バンバン手術は入るし、ドクターヘリで急患は運ばれてくるし、とても忙しい。しかし、医師の数はお世辞にも多いとは言えない。そんな中でも他人の寝坊に寛容になれるなんて、なんて優しい世界なんだろう。きっとこの病院はもっと良くなっていく、そんな希望を感じた。


他人に厳しい人はあまり好かれない。他人には甘い方が好かれる。でも、自分には甘い方がいいのか、厳しい方がいいのか。ちょっと難しい選択だ。人として、上司として素敵なのは誰に厳しく、誰に甘い人なのだろう?

漫画の主人公や理想の上司に挙げられる人は、「自分に厳しく、他人に甘い」タイプだ。自分は絶対遅刻せず、仕事も熱心で絶対に手を抜かない。にもかかわらず、部下の失敗には寛容できちんとリカバリーしてくれる。いかにも、漫画やドラマに出てきそうな理想の人のように見える。

でも僕は、最も理想的な人物は「自分に甘く、他人にも甘い」タイプだと思う。一番ダメなやつじゃないかという声も聞こえてきそうだけど、こういうタイプがたくさんいることが、仕事環境を幸せにするんだと感じる。だって、他人に甘くて優しい人が、自分だけ仕事を背負って苦しむ必要はないんじゃないだろうか。自分にも優しく、甘くしたっていいと思うんだ。だって「自分に厳しく、他人に甘い人」は、よく言えば責任感が強い人、悪く言えばいつも貧乏くじを引く人でもあるんだから。

だから、「自分に甘く、他人にも甘い人」が増えればきっと世界はもう少し良くなると思う。有給休暇だって取りやすくなる。「最近気分が落ち込むから1週間有給休暇を取ります」なんて、忙しい病院ではなかなか言い出しにくいことだけど、自分に甘ければすぐに言えるはず。自分がつらいんだから休んだっていいや、って。そして、自分に甘い人が増えれば、それを許す文化が根付いていく。

自らの会社で多様性のある働き方を実践しつつも「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう」と政府の「働き方改革」に苦言を呈したサイボウズ社長の青野慶久さんは、みんなが理想の働き方をするには「制度」「ツール」「風土」が必要だと言った。制度は、なければそもそもどうしようもない。週4日勤務、在宅勤務、時短勤務などの働き方や、有給休暇、当直明け休み、育児休業などの休み方が制度化されていなければ、選択したり取得することができない。ツールは、多様な働き方を実現するために必要なこと。例えば、遠隔診療のテクノロジーと制度が整備されれば、自宅にいながら働ける医師も出てくるかもしれない。でも、一番重要なのは、ICTの普及でもルールの整備でもない。

それは、働き方を認める風土。

(出典:サイボウズ式)

「有給休暇を全部使っても後ろ指を指されたりしない」「当直明けにきちんと帰れる」「男性医師が育休を取れる」。どれも既に制度があるはずなのに、実現できていないのは、きっと風土がないから。

「僕も有給とって海外旅行行きたいから、君もとっていいよ」
「子供かわいいよねー、バシバシ育休とろう!僕も子供できたら絶対休むから」
「今日、欅坂46のライブあるんだったね!緊急の手術、オレやっとくわ」

そんなゆるやかな甘い社会にならないだろうか。

できれば、寝坊も許されるくらいに。

確かに、地方では医師一人にかかる負担はとても大きなもの。もちろん一人一人にできることはやっていかなきゃいけない。でも、自分にできないことは誰かに任せる。同僚ができないことは自分がやってみる。そういう互いに甘い風土を実現していくことが重要ではないか。これが、一番時間がかかるように見えて、一番効果的な働き方改革かもしれない。


※この文章は日経メディカルに連載中のコラム”医療ってなんだっけ”を加筆修正したものです。

(photo by hiroki yoshitomi

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