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#01 Monolography

Monolography
という作品を、書きました。

こんな英単語はありません。私が作りました。

私は、オーラルでは大抵適当なことしか言いません。考えてる自分をさらけ出すのが恥ずかしいのか、優等生扱いされてきたことへの防衛本能なのか、、、

まぁそれも間違いなくあるんだけれど、私は言葉っていうのはもっと繊細なものだと思っていて、表記と音と形とが全部一緒になっている、だからそれだけのものを汲んでオーラルで表現することができないと思っているからです。

私は言葉、というものが大好きなんだけれども、同時に言葉には限界があるとも思っていて。「言葉にできない」とはよくできた「言葉」で、本当に深く心を揺り動かされたときは、どんな言葉でも語り尽くすことができない。

そんなプレゼントを、ある一区切りを目前に、最後の最後に私はもらいました。

いろいろな思いを伝えたいけれど、それには言葉は足りなくて、それを表現する手段を持たなかった、
やっぱり、私には私の心を表現する言葉がありませんでした。

だから、作品に語らせる決心をしました
私の語り(monologue)の記述(-graphy)です

否、作品で語ることだって、言葉と同じで本質的には不可能なのです。
それから、自分の思いを載せることはあっても、押し付けてはいけないと、その点では妙に控え目になってしまう自分もいます。

でも、言葉よりは、いろいろない交ぜになった気持ちをそのままにできるかもしれない、と、珍しく思いながら書きました。

と同時に、思ったのです。

私の通過点の「限り」ある言葉、或いは作品だとしても
それは等身大の「わたし」ではないにしても
ちゃんと軌跡に刻んでおきたいことって
実はいっぱいあるのかもしれない

だから私は「書いて」いきたいと思いました、
放っておいたらただ流れて曖昧に積み重なっては消えていくプロセスを、きちんと刻むために。

そして、そう思えた今はきっと、区切りでもあり、一つの出発点でもあるのでしょう。

Monolographyの履歴が、いつか宝物になりますように。

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元フィールド系社会学徒兼校正屋さん
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