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スパイスカレー、グラフィックデザイン、絵を描いたりなどして暮らしてます。 Instagram:semory_illust

最近の記事

盲亀浮木

学生時代、部活動内の人間関係で揉めて、よくある〇〇派と〇〇派で分かれた時期があった。 馬が合わない相手のメンバーをやり辛いから辞めさせたい、みたいな類だったと記憶している。 数週間の殺伐とした空気を経て、顧問だった先生が「盲亀浮木」の話をしてくれた。 内容は 「人との出会い=目の見えなくなった老海亀が100年に一度水面に浮き上がってきた時に、大海に漂っている穴の空いた流木に偶然首を突っ込む確率と同じ。あなたたちはそうやってひとつの部になった」 とゆうものだった。 普段ク

    • みんなが平等にあるもの

      実家に帰省して寝る前、漠然と 「人はいつか死ぬんだ」と頭の中グルグルまわった。 祖母と最期に話せるチャンスの電話に出れなくて、それをいつまでも後悔していた。 誰かの最期はいつもそうだ。後悔が残る。 大切な人には限られた時間の中で、精一杯 きもちを伝えないといけないことをしっている。実家に、生きているうちにあと何時間帰れるんだろうと考える。 あの人とあの人とあの人とは、あとどれくらいの時間を共有できるんだろう。それじゃあ自分は、どうゆう時間の過ごし方をするんだろう。 死ぬ

      • コンプレックスと向き合う

        OL時代、外食とお酒と不規則生活で過去最高の体重と体脂肪を叩き出した。 学生時代から知っている素直な先輩から、太っていることを指摘された(その先輩も激太りした自分のことを棚に上げて、当時はデリカシーがないと思ったけど、それで火が付いた) まるで太ったことが悪のような物言いだった。服が好きだから、理想な着こなしをしたくて自分のために変わることを決めた。 当時はだらしない身体を何かのせいにしていて、性格までだらしなくなっていた。 一時的なものにしたくなくて、時間をかけて食

        • お手手のシワとシワをあわせて

          ついこのあいだの連休、祖母の三回忌で故郷に帰った。 遅めの梅雨が来て、かつて自分の部屋だった窓から眺めると霧で覆われていた。 物心ついた時からおばあちゃんっ子なので、三回忌を楽しみにしていた。法事を楽しみにしている、なんて妙な表現だけど、故人に想いを馳せる大切な時間だとおもう。 よく、帰省前に祖母の夢を見る。生前と変わらず、見守ってくれているんだろう。 法事の最後に聞く、ご院家さんのお話がとても好きだ。毎回ためになる。 「なんでも望みを叶えてくれるお地蔵さん」と「見守

        盲亀浮木

          「おたからさん」

          物書きのばあちゃんがおらん、三度目の夏がきた。 物書き、ち言っても趣味で習いよった短歌を詠む人で、実際の本職は知らんまま。毎日休まず畑作業もしよった。四季に沿った野菜を食べれよったのはそのお陰と思う。 やけど孫のわたしは今でも、物書きち思っちょう。 幼少期の頃から、約束されたように並んだ文字を眺めよったけど、さっぱりやった。保育園から帰って来たわたしが近づくと、ばあちゃんは鉛筆の手を止めて、カルタや綾取りで一緒に遊んでくれた。畑作業で土や水にさらされとうばあちゃん

          「おたからさん」

          血はあらそえない

          遺伝的な話をすると、末森家は笑い上戸だ。 母がネズミ捕りに自身の靴下を引っ掛けた時も、バーベキューで紙コップに焼肉のたれを注いだ時も、急須にコーヒーをつぎ始めた時も、黄色い爆笑が起こる。 (ちなみに父は、最近裏庭で拾ってきた鹿の角をメルカリで6000円で売りだした!) 何も悪気の無い天然な母、笑いをとる事に貪欲な父なので、子ども達がツッコミ役に回るのも無理はない。自然な流れだ。 しかし、どう足掻いても遺伝子には勝てない。笑いのツボというものがもれなく全員浅い

          血はあらそえない

          おすすめしたいけど、誰にも知られたくない店

          「ふだんは、山で猪を仕留めてます。」 と言いながら、店主はカレーを出した。 愛してやまない食べ物の一つである、スパイスカレー。一人でもふらりと行けるカレー屋さんを探すのが日課だ。 ランチで見つけたスパイスカレー。その店は、昼はカレーしか出していないようだった。(ランチメニューがひとつしかない店でハズレたことは、一度もない) 大きなカウンターと、壁に鹿の角。 入店した瞬間、(まだカレーを食べてもいないのに) あ、また来るなと直感した。 その、「また」が本日になったの

          おすすめしたいけど、誰にも知られたくない店

          廃材屋さんとの、すてきな出会い

          お仕事の話をさせてもらいますと、 現在、自社ブランドのデザイナーをしております。 商品開発から携わってまして、オリジナルアロマオイルを開発中です。 アロマの世界を知り、わたし自身アロマに癒され、良さを世に発信していきたいと強く思うようになりました。 (アロマのくわしい話は、また別の機会で書けたらと思います) そこで、アロマをより活用してもらうために、販促物を取り扱っている会社を探しておりました。アロマを垂らして香りを楽しんでもらう、ディフューザーで使えるアイテムです。

          廃材屋さんとの、すてきな出会い

          テレキューを知らない幼少期

          8才の頃、1クラスしかない教室内は、前日に放送されたテレビ番組の話で持ちきりだった。 クラスメイトとたった数キロしか変わらないはずの実家は、TVQ九州放送(テレキュー)の電波が届かず、たまに買ってもらう漫画本から流行りのアニメ情報を得た。(今でもアニメより紙の本が好きな理由は、当時の習慣かも知れない。) 話題についていけない休み時間には、漫画本で見た絵を思い出しながら模写して描いていた。すると、みんなが物珍しそうに寄ってたかってくる。 「すごーい!そっくり!」「ねぇねぇ、

          テレキューを知らない幼少期

          でいだらぼっちが住むところ

          福岡県豊前市、この土地に巨大な椅子があると言う。 位置は山奥になるのですが、 行き方はカンタン。 GoogleMapで「椅子のオブジェ」で検索。(便利な世の中です) 着くとそこにはポツンと、だけど存在感は大きく佇んでいました。 なんとも、絵本のなかのような光景。 椅子の高さは約6mくらいで、登れるように梯子が付いているのですが、上へ向かう瞬間が幼少期のワクワク感をそのまんま思い出させてくれます。頂上の景色はどんなだろうと、胸を躍らせながらずんずん登りました。おと

          でいだらぼっちが住むところ

          福岡県民なのに再会すると大分県民扱いされる

          はじめまして、山から降りてきました。 「またまた大げさな。」と思われたかたもいらっしゃるかも知れませんが、こちらは大真面目。 都心から離れた、標高およそ800mの山から降りて現在は福岡市内(大都会!)で社会人をしております。実家は、福岡県と大分県のほぼ県境です。冬は、雪が50cmほど積もります。(サムネイル画像参照。実家で撮影) 9年経った今でもなかなか慣れません。というよりも、「都会に慣れてたまるか」という反骨心があるのかもしれません。うん、絶対あるな。博多弁に染まって

          福岡県民なのに再会すると大分県民扱いされる