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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 18

18

 公園に安西くくるの曲が鳴り響く。音楽堂のステージが、客席が、色で染められていく。私は水鉄砲のトリガーを引く、赤い塗料がナニガシに命中する。
「何メートル飛ぶんだ。水鉄砲の威力じゃねーな」
「きずな、ちかこ、ほのか、頭部をねらえ。ナニガシからの攻撃を見極めたい」
「了解」
 ちかこの水鉄砲が、ナニガシを紫色に染める。ミッチは左手で水鉄砲を持ち、右手にはいつもの赤い拳銃を持っている。水鉄砲が緑の塗料を放ったあと、銃弾がナニガシの足を撃つ。次第に、獣じみた禍々しい肉体の全容が見えだす。
『くくるの前に立つんじゃねーよ! 観客が見えねーだろうが。空気読め、ナニガシ!』
「むちゃくちゃゆうなあ、イチゴ」
「わーい、ピンクだー。ほのかピンク好きー」
 ほのかの塗料がナニガシの頭部に命中する。ナニガシ本体の全長は、およそ四メートルはありそうだった。
「やはり、口からの音波攻撃か。フータ、喉を潰せ」
「りょーかい!」
 ステージを踏みしめたフータが高くジャンプし、グローブでナニガシの喉元を掴む。抽象画を立体化したみたいな極彩色のナニガシが、ステージの上に倒れ込む。ミキサーが倒れ、音楽が止まる。
「捉えた。ステルスナニガシのエネルギーを、出現ポイントの安西くくるに返還」
『了解。ナニガシ本体をハニカムユニバース壁内に転送』
 ステージがスモークのような霧に満ちる。

 霧が晴れると、ステージのあちこちに穴が開いていて、観客までが塗料まみれだった。オレンジ色だった安藤さんの衣装は、飛沫でカラフルに染まっている。
「力が……。私、今なら歌える気がする」
 観客もスタッフも、だれもが呆然としていた。ちかこがステージ脇に倒れていたミキサーをもとに戻し、涼しい顔でスイッチを入れなおす。安藤さんがおそるおそるギターの弦に触れる。

  入出力に問題はない
  音だけをきみに届けられて
  ヒカリは幸福だったよね

  ノンフィクションには
  いらいらすることがほとんどで
  それでもヒカリはきみに接続する

 ステージに安藤さんの歌声が響く。なにもかもが、さっきまでと違っていた。
「安藤さん、すげえ……」
 私は息を飲み、ステージを見守る。CDで聞くのとは全然違う。彼女の声は私の鼓膜を突き抜けて直接脳を震わせているみたいだった。そうか、歌うってこういうことだったのか。私の中で燻っていた思いが、風を送り込まれたように再び火を灯す。

  ねえ、ヒカリは
  きみの隠れみのになりたい
  コネクトを妄想するけれど
  それは本質じゃないんだ

  空間歪曲のチカラで
  ノンフィクションが音に染まっていく

  きみは透過していく
  直面している問題の
  最善策なんてほっとこうよ

 呆然としていた最前列のファンたちが、慌ててペンライトを持ち直す。ちかこは慣れた手付きで音響設備を操作している。
「やっぱ、くくるの歌いいな」
 赤い塗料に染まったイチゴがステージから降りてきて、私の隣に立つ。

  世界の意味を知るためには
  思考なんて必要ない
  ここでは現実でさえ
  モノラルの入出力だっていう皮肉

「イチゴ、私……、私もやっぱり……」
「ん?」
 安藤さんが発光して見えて、胸がうずく。全身が期待感に満たされていく。

  ねえ、ヒカリは
  きみの隠れみのになりたい
  世界からきみを守るために
  可視光線のすべてを

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2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。

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