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令和2年民事実務基礎設問3 イラスト解説

〔設問3〕 弁護士Pは,準備書面において,本件答弁書で主張された【Yの相談内容】(b)に関する抗弁に 対し,民法第166条第1項第1号による消滅時効の再抗弁を主張した。
弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提として,二つの再々抗弁を検討したところ,そのうちの一 方については主張自体失当であると考え,もう一方のみを準備書面において主張することとした。
以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) 弁護士Qとして主張することとした再々抗弁の内容を簡潔に説明しなさい。
(2) 弁護士Qが再々抗弁として主張自体失当であると考えた主張について,主張自体失当と考えた 理由を説明しなさい。

令和二年予備試験実務基礎民事設問3

まずは出題趣旨をみてみましょう。

 設問3は,被告代理人の訴訟活動上の選択に関し,
時効の更新の要件効果や
時効援用権の喪失に関する判例の理解
を踏まえながら,本件への当てはめを適切に検討することが求められる。

令和二年予備試験実務基礎民事 出題趣旨の一部

双方の主張の整理

双方の主張を整理してみました。
要件事実は簡略化して表記しています。

考えられる主張

小問(1)【再々抗弁として主張できる】
令和4年12月1日の一部弁済が、時効の更新にあたる。
そのため、被担保債権は消滅していない。
→再々抗弁として機能。

小問(2)【主張自体失当】
令和7年12月25日の一部弁済は、時効援用権の喪失(又は時効の利益の放棄)にあたるため、被担保債権は消滅していない。

イラストにするとこのような感じですね。

なぜ、前者が再々抗弁として機能するのか。

Xは不本意にも物上保証人の立場に立たされています。
ここから先の話を理解するためには、「Bは債務者、Yは債権者兼抵当権者、Xは物上保証人である」ということを理解しなければなりません。

そして、こちらの判例の知識も必要となります。

最判平成7年3月10日一部抜粋
他人の債務のために自己の所有物件につき根抵当権等を設定した
いわゆる物上保証人が、
債務者の承認により被担保債権について生じた消滅時効中断の効力を否定 することは、
担保権の付従性に抵触し、民法三九六条の趣旨にも反し、
許されないものと解するのが相当である。

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

この判例の考え方を本問にあてはめると、どうなりますか?

物上保証人Xが、
債務者Bの承認により被担保債権について生じた消滅時効更新の効力を否定することは、
許されない。

となりますね。

つまり、Xは「被担保債権が消滅しているから抵当権設定登記を抹消しろ」とは言えなくなってしまうわけです。

ちなみに、債務者がした承認により、被担保債権の消滅時効が更新してしまった場合、保証人にも効力が生じます(457条1項)。
本問とは関係はありませんが、あわせて覚えておくと便利です。

後者はなぜ主張自体失当なのか。

そもそも、債務者Bが債権者Yに対し、令和7年に一部弁済をしたことは、どのような意味を持つのでしょうか。
債務者Bが時効援用権を喪失したということになるのでしょうか。
それとも債務者Bが時効の利益の放棄(146条)をしたということになるのでしょうか。

第百四十六条 時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。

判例をみていきましょう。

最判昭和41年4月20日一部抜粋
案ずるに、債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知つているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえるから、債務者が商人の場合でも、消滅時効完成後に当該債務の承認をした事実か ら右承認は時効が完成したことを知つてされたものであると推定することは許され ないものと解するのが相当である。
したがつて、右と見解を異にする当裁判所の判例(昭和三五年六月二三日言渡第一小法廷判決、民集一四巻八号一四九八頁参照) は、これを変更すべきものと認める。
(中略)
しかしながら、債務者が、自己の負担する債務に ついて時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。
けだし、時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、 相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろらから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当であるからである。
また、かく解しても、永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもない。

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

最判昭35年6月23日一部抜粋
時効利益の抛棄があつたものとするためには、債務者において時効完成の事実を知つていたことを必要とすることは所論のとおりである。

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan


これらの判例を読む限り、このように理解してよさそうです。
債務者Bが時効完成を知ったうえで一部弁済→時効の利益の放棄
債務者Bが時効完成を知らず一部弁済→時効援用権の喪失

問題文の記載からは、どちらのケースにあたるのかが読み取れないように思います。
完全に私見ですが、どちらで書いても間違いとはいえないように思います。
ただ、出題趣旨には「時効援用権の喪失に関する判例の理解を踏まえ」と書かれているので、時効援用権の喪失として書くほうが無難であるようにも感じます。

いずれにせよ結論は同じです。
債務者Bは債権者Yに対し「被担保債権が時効消滅した」とは言えなくなります。

では、物上保証人Xのとの関係ではどうなるのでしょうか。

時効の利益の放棄であると考える場合

下記のとおり、時効利益の放棄(146条)の場合、相対的効力を有するにすぎないと考えられています。

                記

時効利益の放棄は、相対的が相対的効力を有するにすぎないことは、時効の援用と同様である(改正前§145[5])。すなわち、主たる債務者が時効の利益を放棄しても、保証人に影響なく(大判大正5・12・25民六22輯2429頁)、また、連帯債務者の一人の放棄は、他の債務者に影響しない(大半昭和6・6・4民集10巻401頁)。

我妻・今泉民法コンメンタール[第8版総則・物権・債権
我妻榮 有泉亨 清水誠 田山輝明 著
2022年9月
日本評論社
299頁

そのため、物上保証人Xは、債権者Bに対し、被担保債権の消滅時効を援用することができます。

第百四十五条 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

つまり、抵当権者Bは、物上保証人Xに対して、「被担保債権は消滅していないから抵当権設定登記を抹消しないぞ!」とはいえないということです。

時効援用権の喪失と考える場合

先程ご紹介した昭和41判例は、「信義則により」債務者は消滅時効の援用をすることは許されないと判示しました。


信義則を理由にするのであれば、その効力は相対的であるはずです。

そのため、物上保証人Xは、債権者Bに対し、被担保債権の消滅時効を援用することができると考えます。

つまり、抵当権者Bは、物上保証人Xに対して、「被担保債権は時効消滅していないから、抵当権設定登記を抹消しない」とはいえないということです。

結論

いずれにせよ、令和7年に一部弁済をしたとの主張は、Xに主張できるものではありませんので、主張自体失当となります。


                               以上

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