遺伝子組み換え作物の危険性とゴールデンライス

バイオテクノロジーの進歩は目覚ましく、創薬など様々な分野で活用されていますが、こと食べ物に関しては人々は保守的で、遺伝子組み換え作物が一般に認知されるのには、まだまだかかりそうです。

遺伝子組み換え作物に反対する側の論理は

  1. 人間が摂取した時の安全性が確認されていない

  2. 交雑などを通じて自然界に広まり、自然環境を変えてしまう可能性がある

  3. 技術を独占的に持つ大企業が市場を支配してしまう

といったものです。例としてよく取り上げられるのが除草剤のラウンドアップに耐性を持つ大豆や害虫を寄せ付けないトウモロコシです。上記の論理を順に見ていきましょう。

  1. 人間が摂取した時の安全性が確認されていない
    一般に「ないこと」を証明するのはとても難しいと言えます。ある物質が人間にとって絶対に安全かと問われるとそれは悪魔の証明を求められているようなもので、心に多少の良心を持っているなら口をつぐむほかありません。特に毒性は摂取量によって話が全然変わってくるのでより厄介だと言えます。水でも栄養でも過剰に摂取すればどんなものでも毒になります。言えるのは「他の食品と同程度には安全」位までです。
    積極的にラウンドアップ耐性作物に発がん性があることを示したとされるのがジル=エリック・セラリーニ教授による論文ですが、これは被研対象のラットがもとから非常にがんにかかりやすい(二年以内に70~95.8%)系統(補足)を使っており長期のテストには向かないこと、サンプル数が少なく、遺伝子組み換え作物を多く摂取したラットの方が、少なく摂取したラットより長生きしたなど実験内にも矛盾が見られること、対照群のサンプル数も少なく、対照群との有意な差が示されていないことなどから批判を受け、論文誌から撤回されています(その後別の雑誌に新たなデータと共に再掲載されました)。その後行われた別の幾つかの実験ではセラリーニ教授らの主張を否定する結果が得られました。
    世界的に商業的に遺伝子組み換え作物の生産が始まって20年以上になります。この間、遺伝子組み換え作物による毒性が実証されたことはありません。実際、日本でも飼料として遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシが輸入されていますが、そのせいで牛が病気になったりしたということもありません。また、大豆に関しては遺伝子組み換え作物とそうでない作物を同じラインで扱うためどうしても多少は混じってしまいます。遺伝子組み換え大豆の混入率が5%以内なら遺伝子組み換えを使用していないと表示できたので、知らず知らずのうちに多くの人は遺伝子組み換え大豆を口にしてきました(2019年4月に法改正され、不検出が「遺伝子組み換えでない」という表示の条件に変わりました)。牛だけでなく人間においても毒性がはっきり示されることはありませんでした。
    この長期における実績を持って、そろそろ安全性については遺伝子組み換えでない食品と同等と結論付けても問題ないように思われます。

  2. 交雑などを通じて自然界に広まり、自然環境を変えてしまう可能性がある
    大豆やトウモロコシが交雑する近縁種は非常に限られているとはいえ、アブラナ科の菜種は近縁種も豊富ですし、これから増えてくるだろう別の科の遺伝子組み換え作物も交雑はするでしょう。そして交雑は自然界では普通に起こることなので止めようがないです。
    ただ、交雑が起きたといって別に害になるようなものでもないと考えます。特定の除草剤に耐性があろうが、特定の病害虫に強かろうが、ちょっと栄養が豊富だろうが今まで何億年もの時間の中で鎬を削ってきた自然界の生存競争に大きな影響を与えるようなものではない筈です。そのようなスーパー植物が存在し得るなら、今までの長い突然変異と淘汰の歴史の中でとっくに存在している筈なのですから。
    実際にもこれまで遺伝子組み換え作物が栽培されているなかで、反対派のクレームを除いては、交雑による自然環境の改変が大きな問題になったことはありません。

  3. 技術を持つ大企業が市場を独占的に支配してしまい、種子価格が高額になることから、遺伝子組み換え作物の導入は生産者の不利益になる
    この部分に関しては真っ向から対立する二つのレポートがあります。
    共にフィリピンのBtコーン(トウモロコシの害虫であるアワノメイガに効果のある農薬成分を生成する遺伝子組み換え作物)に関するレポート及び論文です。反対派のレポートでは、高価な遺伝子組み換え種子(GM種子)の導入にも関わらず、収量が上がらなかったのでフィリピンの農民は経済的困窮に陥り、自殺者が増えたり、土地を手放さざるを得なくなったりしたと書いてあります。他方、GM種子の経済効果を研究した論文ではGM種子の導入によって11.45%の生産性の向上が見られたとあります。
    どちらを信じればいいのやら、といった感じですが、そもそもGM種子が自殺や破産をもたらすほど高価なのでしょうか。これについては、Btコーンとそうでない通常のコーンの両方のコスト比較をしているQ&Aを見つけました。アメリカの話で2014年と若干古い投稿ですが、参考にはなると思います。それによると、種子の価格は1エーカーあたり、non Btの65ドルに対して、Btの114ドル。倍ほども違うので確かに高額です。ただ、肥料や収穫に掛かるお金などその他の経費を含めるとトータルのコストの差はnon Btの585ドルに対してBtは615ドルとなり(Btは農薬代が安く済みます)、大して差はありません。収入はnon Btの$745.86にたいしてBtの$886.21。差し引きで粗利益はnon Btの$161に対して、Btの$271となります。この投稿はBt種子の経済的有利性を支持しています。
    トウモロコシ以外ではインドの綿に関する論文もあり、GM種子について好意的な結果を得ています。

こうしてみると、遺伝子組み換え作物に大きな問題は見当たらなそうなのですが、反対派は何がどうだろうと反対します。嫌いなものは嫌いで仕方がないのですが、その一方で救われるべき人々が救われない現実があります。

その一つがゴールデンライスです。

ビタミンAは人間に必要な栄養素の一つでビタミンA欠乏症は深刻な障害を引き起こします。ウィキペディアによると、”ビタミンA欠乏症によって毎年67万人の子供が5歳に達するまでに死亡し、さらに50万人に不可逆的な失明が引き起こされていると推計されている”とのことです(参考文献が2008年と1992年ですから、今現在ではこの数がもっと少なくなっていることを望みます。リンク先は辿れませんでした)。特に新鮮な野菜が手に入らず、自給している米しか食べるものがないようなアジアの貧困地域で問題は深刻です。そこで、米にビタミンAの前駆体であるβ-カロテンを産生させるように遺伝子組み換えをおこなったものがゴールデンライスです。

ゴールデンライスは別に夢の食品というわけではなく、それだけで世界を変えたりはしません。β-カロテンの含有量を増やしたゴールデンライス2でようやく、一日のビタミンAの摂取量をまかなうことが出来る程度で、ビタミンA以外にも摂取するべき必要な栄養素は色々あります。理想を言えば、貧困から抜け出して豊かな食生活を送れるようになることが望ましい。ですが、そんな理想を語るよりも、現実にビタミンA欠乏症に苦しんでいる人たちにとっては、ないよりも遥かにましな作物なのです。そして、米なら自給できるので、先進国の援助でビタミンAのサプリメントを配布し続けるよりも大幅に安く済みます。

ゴールデンライスの利用に関してはこれもウィキペディアから引用します(他にも色々調べはしたのですが、文章としてまとまっていてラクなので)。”ゴールデンライスは自給的農家へ無償で配布を行うよう勧奨がなされている。ゴールデンライスは特に2000年7月のTime誌において好意的な評価を得ていたため、発展途上国での無料ライセンスはすぐに許可された。ゴールデンライスは特に2000年7月のTime誌[63]において好意的な評価を得ていたため、発展途上国での無料ライセンスはすぐに許可された。モンサント社は自社が所有している関連特許に関して無料ライセンスを提供した企業の1つである。人道的利用と商業的利用の境界は1万米ドルに設定されている。そのため、農家やゴールデンライスの遺伝子の利用者は年に1万ドル以上の収入を得ない限り、特許権使用料を支払う必要はない。加えて、農家は種子の保管と改植が認められている。”
反遺伝子組み換え活動家のいう、技術を持つ大企業の独占とかとはまるで逆のことが行われているのがお判りでしょうか。ここに活動家からは悪の代名詞のように描かれ、蛇蝎のように嫌われているモンサント社(現バイエル)が登場するのも興味深いです。実際、ゴールデンライスに関しては、開発の動機から配布に至るまで実に人道的としか言いようのない道筋を辿っています。

それでもめげないのが活動家の活動家たるゆえんで、2013年にはゴールデンライスの栽培試験地を活動家が破壊し、商業栽培の認可がかなり遅れる事態が発生しています。活動家の想像する遺伝子作物によって支配されたディストピアに比べれば、ゴールデンライスによって多少なりとも救われるかも知れない人々はものの数にも入らないのでしょう。

それはまあ、そうなのかも知れません。でも想像上の恐怖に縛られて、実在の被害を拡大するのは理性的ではないように思われます。もっとも活動家が理性的であるとか聞いたこともないのですが。

ゴールデンライスは数々の妨害にも関わらず、ようやく2021年に商業利用がフィリピンで認可され、2022年には種子の生産が大規模に始まりました。もしかして、もう何年かすれば日本でもゴールデンライスが実食できるようになるかも知れません。出来れば食べてみたいと願っています。味に重点をおいて開発されたものではないので、特に美味しいわけではないでしょうが、名前の通りカロテンのせいで黄色いお米だし、カレーライスにするといいのかも、あ、でも長粒種だからドライカレーかな、と夢は広がるばかりです。

ゴールデンライスについての最新情報はこちら


通常のお米との比較
炊いたゴールデンライス。サフランライスっぽい


補足
セラリーニ教授が実験に用いたラットはSprague-Dawley(SD)と呼ばれるもので汎用的に広く用いられている系統です。このラットが、発癌性物質の研究をする時に、与えられた物質に関係なく自発的に癌になる割合を知っておくのは重要だということで行われた実験がこちらです。普通の餌で育ててもオスで70パーセント強、メスに至っては90%程度が癌になります。
ただし、この系統のラットが癌に罹り易いからといって実験に使うべきではないということはありません。対照群と比べてどうだったか、ということが研究では重要なわけです。
でも、実験用のラットがそんなに何もしなくても癌に罹り易いとか普通知るわけがないので、腫瘍でぼこぼこになったラットの写真を見せられればそりゃ驚きます。私だってびっくりしました。

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