見出し画像

懲戒解雇を検討する際の道標

―――――――――――――――――――――――――――――――――

当社は従業員100名程度の輸入卸売業者です。
昨日当社の従業員が通勤途上に痴漢で現行犯逮捕されました。
当社の女性社長は以前から性犯罪への嫌悪意識が非常に高く、懲戒解雇に
すると言って聞きません。社長の指示通り懲戒解雇にすべきでしょうか?

―――――――――――――――――――――――――――――――――

懲戒処分は一般的に以下のように区分されます。

1)戒告・譴責、2)減給、3)出勤停止・懲戒休職・懲戒停職、4)降格・降職、5)諭旨解雇、諭旨退職 6)懲戒解雇 

この区分において、「1)~4)」と「5)、6)」とは明確にその目的が異なります。

前者は当該労働者の問題行為に対し制裁を与えると同時に、改悛を促し再度問題行為を起こさないように教育、指導する目的も含まれています。つまり、改心して能力を発揮し会社に貢献して欲しいという希望が大なり小なり含まれています。

一方、後者はもはやそのチャンスすら与えず職場から退場させることを目的としており、生計の手段を失わせ、その後の再就職に際し大きな障害を生じさせるほどに重い問題行為があったということを社内外に明確に通告することを目的とした解雇ということになります。

(※懲戒解雇処分を受けた場合、履歴書の賞罰欄に記載しなければならないのかというご質問を受けることがありますが、賞罰欄にいう罰とは「確定した有罪判決をいう」とされているので記載の必要はありません。
(平成3年2月20日東京高裁判決、仙台地裁昭和60年9月19日判決) 但し、採用面接時に前職の退職理由を細かく聞かれた際に虚偽の理由を伝えると経歴詐称として後に問題になるケースや、あまりないでしょうが前職の離職票を提出しなければならない場合には離職理由に「懲戒解雇」と明確に記されることになりますので一目瞭然です。)

つまり、懲戒解雇を正当に為すためには処分の相当性や手続きの適正が厳格に求められることになります。

一般的なQ&Aでは、ここから設問に対する懲戒解雇処分の有効性について裁判例を根拠に回答を続けることが多いのでしょうが、ここではあえてそれを避けて違う角度から回答してみたいと思います。

御社のような中小企業から懲戒解雇の相談を受けることは多くありますが、いくら問題が重大であったとしても懲戒解雇処分をお勧めすることはまずありません。

普通解雇や退職勧奨ではなく懲戒解雇を行うことで想定されるメリットとリスクを考えます。

【メリット】

①職場内のモラル維持、乃至、戒めとして今後の問題行為の抑制になる。

②(退職金制度がある場合)退職金を減額、乃至、不支給と出来る場合がある。

③(名の知れた企業や大手と直接取引がある企業である場合)新聞等、公になるような事案である場合に、対外的に示しがつく。

④問題行動を原因として使用者から当該労働者への損害賠償請求等が控えている場合に、解雇事由との矛盾が生じない。

⑤経営者の怒りがいくらか収まる。(※どんな怒りも時間が経てば抑制されます)

(※解雇予告手当は懲戒解雇を行ったことを理由として支払いを免れることは出来ません。所轄労働基準監督署から解雇予告除外の認定を受ける必要があり、例え懲戒解雇相当の問題を起こしたとしても、労働基準監督署が本人と直接連絡をとり事実確認が出来ない場合には認定が下りないこともあります。)

【リスク】

①懲戒解雇が有効とされた過去の判例と極めて類似しているケースを除いて、争議化する可能性が高まり裁判となった場合に敗訴することも十分考えられる。         

≪以下、裁判に発展した場合≫

②(勝訴したとしても)時間的、経済的コストがかかる。※弁護士費用は被告負担

③敗訴したときの使用者側(経営者)の信用失墜と今後の労務管理への負の影響
※勿論、懲戒解雇を毅然とした対応だとしてプラスに評価される可能性もあり

④万が一の復職のリスク
※懲戒解雇が争われた訴訟の係属中に懲戒解雇事由をもって普通解雇事由に該当するものとして普通解雇を予備的に主張することは認められているが、懲戒解雇を普通解雇へと転換することは否定的に解されている。であれば、最初から普通解雇を選択する方が雇用を打ち切る上では容易。

他にも色々とありますが、このように考えると積極的に懲戒解雇を選択できるケースは以下のように整理されます。

1) 退職金制度が充実しており、不支給もしくは減額したい

2) 当該労働者に対する損害賠償請求を予定しており理論構成上、退職事由との整合性を確保したい

3) 社内外の信用やモラルの維持をどうしても優先したい

この目的と過去の判例から予想される勝算とを天秤に欠けて懲戒解雇を選択するのか、普通解雇(乃至、退職勧奨)をご選択頂くのかをご判断頂くことになります。

経験上、このようなお話をさせて頂くと高額の退職金制度がある会社を除いて「懲戒解雇はやめておくよ」とご判断されることがほとんどであるように思います。

通勤途上の痴漢逮捕は特に中小企業では一発懲戒解雇は難しいところがあります。

社長はお怒りのようですが、少し時間を置いてから冷静にこのようなお話をされるのが良いのではないでしょうか。

〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society


社会保険労務士法人 淀川労務協会



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?