見出し画像

メカニズムの階層ごとに擬人化してみる?

細胞をひとりの人間に「擬人化」して、がんについて語る方法があるのならば、細胞の構成要素を擬人化してもよいと思う。

人間のゲノムには数万種類の「遺伝子」の情報が蓄えられており、それらの設計図を基にタンパク質が日々刻々と作られ、役目を終えて分解される。
また、タンパク質の中には酵素活性を持つものがたくさんあって、脂質など、細胞に必要な物質の合成や分解に関わっている。
脂質などもプレイヤーとして加えるのなら、ひとつの細胞はかなりの大企業だ。
簡単のため、プレイヤーをタンパク質に限って考えてみると、各タンパク質は会社の社員で、色々な役割を果たしている。
実際の企業と違うところがあるとすれば、会長や社長と言った最高責任者がおらず、組織が「分散型」であることだ。
並列に部門が存在し、社員達は協働しながら会社を運営している。

会社の生産力を計画する「増殖・生存」部
外部と折衝をする「シグナル伝達」部
情報を統合して会社全体の方針を決める「遺伝子発現制御」部
インフラと物流を構築する「細胞骨格」部

挙げ始めたらきりが無い。
最高責任者はいないが指揮系統は存在し、各部門には責任者の役割を果たすタンパク質が同定されているが、それらも通常は複数のタンパク質で分担している。
古代ローマの執政官みたいなものだ。

もうひとつの違いは、自社の利益を出すことを最優先せず、社会全体に奉仕していることだ。
計画経済社会における生産施設とも言えるかもしれないが、それにしては組織が自律的すぎるかもしれない。
通常、全体の計画や利益に背く行為を行う企業は廃止に追い込まれ、組織は解体される。
現にわたしたちの体内では毎日、何千個という企業が解体されている。

がん化というのは、擬人化されたタンパク質が経営するこの企業が社会全体の利益に背くようになった状態、と表現できる。
そしてその背景には、遺伝子の変異によって引き起こされるタンパク質の機能の変化がある。
ある社員が、まったく仕事をしなくなったり、周囲の社員に迷惑ばかりかけるようになったり、辞めてしまったりする。
しかし考えてみれば、ひとりぐらい社員が辞めたところで会社は潰れたりしない。
加えてこの会社には、同じ担当が必ずといっていいほど複数いるし、分散型なので社長が突然いなくなるということもない。

だからがん化するのはよっぽどの事態で、色々な部署の担当者が辞めたり職務怠慢になったりした上に、部門の責任者が失踪する、みたいなことが起こらないといけない。
屋台骨が崩れてしまう状態になって初めて暴走する。

前段階として、社員のメンタルヘルスが悪化するとか、人事部門の社員が何人も辞めて社内の秩序が乱れるとか、組織の健全性が低下する。
この時点で会社が対策を講じたり、免疫細胞に発見されて会社ごと速やかに排除されれば大事に至らない。
実際の社会とは違い体内は徹底した「優生思想」により支配されているので、役に立たなかったり、公益に反することをするとすぐに排除される。
そもそも擬人化されたタンパク質に職業選択の自由も居住の自由もないので、ある意味のディストピアかもしれない。

そういった対策や監視をくぐり抜けてなお、好き勝手に振る舞い社会全体に迷惑をかける企業を「がん細胞」と呼ぶ。
それらの企業は、法律や計画を無視して勢力を拡大し、秩序を破壊して、最終的に自らと共に社会を滅ぼしてしまう。

それらの根底には、遺伝子とタンパク質の品質破壊が存在する。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?