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分かるとゆらぐ

子供は親に似る、という言葉はある程度までは正しい。

どの程度まで正しいのか、ということになると正確にはよく分からない。
研究が進むたびに変わるからだ。

さて、遺伝の話である。
基本的なことからおさらいすると、人間は数万種類の遺伝子を持っている。
そして、それぞれの遺伝子を2セットずと持っているのだが、それは、父親と母親からひとつずつ受け継いだものだ。
ここで、一種類の遺伝子に注目してみる。
そうすると、例えば、遺伝子Aでも若干バージョンが違う。
父親からは遺伝子A ver. 154を受け継いで、母親からもらったのは、ver. 32とか、雰囲気で言うとそういうことだ。

それで、親は、自分が持つバージョンのどちらか一方を子供に渡す。
だから、同じ両親から生まれた子供の全員が、同じ遺伝子バージョンの組合わせでできているわけではないということだ。
もし全員が同じなら、環境が変わったときに全員死んでしまうかもしれない。
じつは「染色体の相同組換え」という現象があって話はさらにややこしいのだが割愛する。

とまあ、そういうわけで、子供は「ある程度」までは親や兄弟姉妹と似る。
ここまではかなり前から分かっていたことだ。
が、それに加えて最近、以前から指摘されてきた別の遺伝要素の解明が進みつつある。
それは、エピジェネティクスによる遺伝だ。

エピジェネティクスとは何かを説明し始めるとえらいことになるので、興味のある方は、仲野徹先生のご著書などを参照いただくとして、ここからはイメージ映像でお届けしたい。
まず、遺伝子にはタグのようなものがついていて、そのタグによって、「いつ」「どこで」その遺伝子を使うかが管理されている。
この管理のことをエピジェネティクスと呼ぶ。

つけられるタグが変われば、遺伝子の働くタイミングや場所も違ってくる。
細胞によって、臓器によって、タグが異なる。
だから、同じ遺伝子を持っていても、働いている細胞とそうじゃない細胞がある。
遺伝子Aは、脳で働くけど、胃では働かない。
遺伝子Bは、筋肉と肺で働くけど、腎臓では働いていない。
などと、そういうことを恐ろしく厳密に、恐ろしく複雑にやってのけている。
こうのタグによる管理は、いろいろな臓器が、一つの受精卵から生まれる要因にもなっているし、はたまた個人によって、見た目や臓器や性格が異なることの原因のひとつでもある。

そして、このタグは生物が生きていく中で変化する。
稀な遺伝子変異を除いて、遺伝子は一生を通じて不変であるのに対して、タグはもっと高頻度でつけ変えられる。

さて、この親の持つタグは子供に遺伝するだろうか?

答えは、「精子や卵子の遺伝子についているタグは”たまに”遺伝する」

まずはっきりしておきたいのは、精子や卵子以外の細胞の遺伝子タグは子供には伝わらないということだ。
精子と卵子だけが、次の世代に遺伝子を受け継ぐことができる細胞なのだから、当然と言えば当然だけれど。
次に、親の持つタグのほとんどは、赤ちゃんがお腹の中で成長する過程で、一度きれいに消去されるてしまう。
消し去ったあとで、新たにタグが付け直される。
だから、親の精子や卵子の中でタグが変わっても問題になることはほとんどない。
けれど、稀にそうじゃないことがあるらしい。

これはつまり、加齢や人生を歩む中で受けた環境からの影響によって、精子や卵子の遺伝子のタグが少しずつ変化し、もしかしたらそれが、子供に遺伝するかもしれない可能性を示している。
何をどうしたら、どう遺伝するのかについては、分かっていないことが多い。

ひとつ言えるのは、生まれたばかりの子供と、その親が生まれたばかりの子供だった頃を比較したときの「似てなさ」は、遺伝子のちがいよりももっと大きいかもしれないということだ。

「ある程度」似ている、の程度は今後も研究が進むたびにゆらぎそうだ。



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