見出し画像

005「曾根崎心中」稽古場レポート②

 私事で恐縮だが、好きな映画がある。

「仁義なき闘い 広島死闘篇」だ。名作「仁義シリーズ」の中でも傑作と名高く、シリーズ唯一の恋愛映画でもある。少しだけラブシーンを抜粋する。

【舞台は戦後の広島。村岡組組員・山中正治(北大路欣也)は上原靖子(梶芽衣子)と恋に落ちる。しかし靖子は村岡組長の姪であったため、怒りを買った山中は九州に逃げ延びる。その後功績をあげて靖子と恋仲になるも、今度は殺人罪で無期懲役となり投獄。その獄中で兄貴分から「組長が靖子を別の男に嫁がせた」と知らされ、いてもたってもいられず脱獄。自分を裏切った組長を殺そうとする……】

 印象深いのは、脱獄した山中が組員に諌められているときの表情だ。「こうする以外道はなかった」という怒りと、彼の猪突猛進ぶりがうかがえる。羽交い絞めにされて、近くにいるのにその胸に飛び込むこともできず喚く靖子も切ない。結果この脱獄が山中を窮地へと追い込むのだが、二人とも、不自由なルールの中で、それでも互いを激しく求める。

 恋愛や結婚がぜいたく品だと言われる時代になった。独身男性の7割に交際相手がいないという統計も発表されている。だが、恋愛っていつの時代でもぜいたくなものだったんじゃないか?と私は思う。その昔、対立する家の者同士が恋に落ち、その名前に苦しめられた。女郎を見受けするには心だけでなく大金が要った。未亡人は再婚せず、戦死した夫を弔い続けるのが美しいとされた。市井の人々だってそうだ。誰のものだろうと、一筋縄でいく恋愛なんてそうそう無い。

 時代が変われば価値観も変わる。その中で唯一変わらないのが、恋愛の難しさではないかと思う。

 さてダイバーシティまっただ中の2016年12月17日、ヨハクノート第五回目公演「曾根崎心中」二回目の通し稽古が行われた。一週間ぶりの稽古場に、私も心が躍る。

 俳優たちの様子はこの間とあまり変わらない。休憩中の森山に「痩せたね」と言うと、とても嬉しそうに笑った。同じく黒川に「会うたびに顔が変わる。キラキラしてる」と言うと、不思議そうな顔で否定された。舞台端のほうにちょこんと佇む武村の目が前よりも大きく見開かれていて、彼女なりの居住まいを会得したように見えた。そう、様子は変わらなくとも、彼らの外見に変化がある。これ、実はすごいことだと思う。

 そうだ、今日は稽古場にお菓子を差し入れした。その写真を撮り、一番多く数を確保していたのが津田。一見澄ましたような顔でその素直さはずるい。対して素直が服を着て歩いているような岡本は、演出助手の岡村に「マッサージして~」と頼んだり、アップゲームになぜかしつこく大喜利を取り入れようとしたり、自由気まま。そこまで猫の如く振る舞えると、見ていてある種の羨ましさすら感じる。

 しっかりしているようで、どこか愛嬌のある俳優たちに言葉をかける臼杵は、この前よりも一段と演出家らしいなりをしていた。つまり、名前のついた多くのものを背負っている感じがしたのだ。彼は、この作品の軸である恋愛については言葉少なだ。「作品としてどうあってほしいか」「客観的にどう見えているか」を淡々と伝えていく。その隣で、ある意味で無責任な立場にいるとも考えられる私は、愛だの恋だのを好きに喋り散らかす。相性が悪くないことを祈る。

 本日の通し稽古は、開演時間10分前からを想定してBGMを流し始めた。ずっと誰かが喋っていた稽古場がしんとなって心地よい。開演時間になった。

その一言目で「あ」と思った。稽古場に来る道のりとは比較にならないくらい、そして瞬間的に、心が躍った。観客に徹しようと思っていたのに、反射的にペンをとった。感じたことや気になることをちゃんと言葉にして伝えなければ、彼らに失礼だと思った。

 一週間前とは段違いに洗練された動き、くるくると変わる表情、相手を圧するいじわるな声、交わる指と指。演出上、なかなかまっすぐ向き合うことが出来ない初と徳兵衛の、ようやく体の一部が絡まり合うシーンにキュンとする。粗暴で男くさいイメージのある九平次も、津田の手にかかれば含蓄ある姦人だ。黒川と武村の見事な連携プレーには突っ伏して笑った。断片的にしか伝えられないのがもどかしい。いや、もっと事細かに説明してしまえる。けれどそれでは多分いけない。職務怠慢だと罵らないでほしい。彼らは生き生きと、そこで呼吸をしていた。俳優と、作品と、演出が重なって、境界線があいまいになっていくここちよさを感じた。

 通し稽古が終わって臼杵が「面白かった!」と言った。私も声を上げて賛同した。彼らは走るべき道の方向を明確に見つけたし、ここからまだ加速できると思った。きっと自分たちが望んだ分だけ変われるだろう。この世での居場所を失った初と徳兵衛が、来世でも愛しあうことを望んだように。獄中から這い出した山中が、死を覚悟しながら靖子を求めたように。終わらせまいとする恋や愛が続くように、芝居にもまた完成された終着点はきっと無い。本番までに残された時間は残り少ないが、走り続けるのは至難の業だろう。それでも、前に進む以外の選択肢を持つ者は誰もいない。

 称賛を楽園だと思ったら敗北だ。と、私は思っている。芝居において。

(上野寿々)

※画像はメインビジュアルの別バージョン。撮影は飯田奈海。

-------------------------------------------------------------------

ヨハクノート005「曾根崎心中」

原作:近松門左衛門『曾根崎心中』
潤色・演出:臼杵遥志

◆出演
森山景
岡本セキユ(くらやみダンス)
津田颯哉(実験劇場)
黒川知樹(蝸牛公社)
武村理子(劇団木霊)

◆タイムテーブル
12月
23日[金]14:00/19:00
24日[土]14:00/19:00
25日[日]14:00

全ステージ終演後イベント【観劇のヨハク】を開催!
24日[土]19時の回「トーク」
 ゲスト:山本健介氏(ジエン社 主宰)
25日[日]14時の回「トーク」
 ゲスト:森田ゆい氏(NPO法人日本伝統芸能教育普及協会 むすびの会 事務局長)

◆会場
新宿眼科画廊スペース地下
 http://www.gankagarou.com/

◆料金
一般…1500円 学生…1000円 高校生以下…無料
※当日券は+300円

◆ご予約
http://ticket.corich.jp/apply/78838/

◆詳細
公演情報はこちら
 →http://yohakunote.com/works/sonezaki/

残席やチケット情報はこちら
 →https://twitter.com/yohakunote

◆お問い合わせ
yohakunote@gmail.com

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?