_005_藝大は_は学びをデザインしているのか__中編_

【エッセイ】藝大は、学びをデザインしているのか?(中編)

~修士研究を決めた背景②~

「デザイン科とわたし」の投稿記事からの派生です。
修士研究のテーマを決めた背景になります。
ここでは、藝大でco-creationを実践しようと思った理由に繋がる、いま僕が藝大デザイン科に抱いている危機感について、より深く触れてみたいと思います。
この内容は修士研究のテーマに直接関わってくるためタイトルを分けて独立させましたが、内容の位置づけとしては、「藝大デザイン科とわたし」の4章の中編に当たります。前編はこちら、後編はこちらです。

あくまですべて僕個人の意見ですので、その点はご了承ください。

ⅲ) 学生←先生←職員(←文科省←国)の一方向的な関係

僕が今回、この修士研究のテーマを選ぶ上で、一番のきっかけになった僕の抱いている問題意識を記述します。
#002【エッセイ】 藝大デザイン科とわたし(前編)の2章の藝大デザイン科の特徴を紹介している記述の中でも、ネガティブな表現が多くなりました。
ここでは、とくに「環境 Environment」で述べている生活・制作のための環境がどんどん狭められていているという事実に対する僕の危機感について、例を挙げながらもう少し深く述べたいと思います。

a) 学費値上げの例

この一連のツイートでは、藝大の学費値上げに対する不満を持った学生が行った署名活動やその状況を周知させています。僕もこの活動には署名をさせていただきました。
2つ目・3つ目のツイートに問題点をまとめて挙げられているように、とにかく学生が介入する余地なく一方的に決定が下されたことがわかるかと思います。

今回の僕のエッセイの狙いは学費値上げ問題について言及することではないのでこの場では割愛いたしますが、もっと詳細や具体的な状況を知りたい方は、投稿主であるハンドルネーム頭にマフラーを巻いた人さんが特設の情報共有のページを用意しており、そこで情報共有のためのスライドと共に学費に関係する様々なデータを公開してくれていますので、ぜひご覧ください。
また、2019年6月15日現在、まだ署名活動は続いていますのでご賛同いただける方は是非ご署名頂けたらと思います…
http://chng.it/9BC7qHZM

b) 物々交換所の撤廃の例

確かに、藝大 の上野校地はキャンパスも狭く、ものが溢れ物々交換所のマナー違反の多さがキャンパスの治安の悪化にも繋がるという懸念があったことは、当然理解できます。しかし「〜撤去しました。」の一文のみで、禁止禁止のオンパレード……というのは、仕組みを作る側の姿勢としてあまりに高圧的です。学生たちへ不満を与えることは容易に想像がつくと思うのですが、それについては一切の考慮が見受けられません。
日本一の芸術大学で、このように不確実で厄介な要素には蓋をしてしまうという事態が起こっているのは、非常に残念でなりません。

この方のツイートにもあるように、僕も美術業界にこのような「おさがりインフラ」が果たしている貢献は大きいと思います。
学生の好奇心を刺激したり、学生同士のコミュニケーションを促したりなど、学生生活において良い影響を生み出すことのできる側面もあったと思います。

大学運営をひとつのサービスデザインだと思えば…今流の言葉で言い換えればデザイン思考が取り入れられたら、学生が楽しく大学生活を送れることが運営に関わる職員たちの働くモチベーションの向上にも繋がると、わくわくできると思うんですけどね。

c) 大学への学生個人宛荷物の宅配禁止の例(取手校地?)

こうして例を挙げていると、悲しくなります……。あまりネガティブなことは連続して考えるべきではないですね。
この例では、学生へのコミュニケーションだけでなく学外の業者とのコミュニケーションの足りなさが伺えるかと思います。

ものをつくる大学で、その材料を買う販路を絞られるということが、どれほど学生に負担を強いることになるか……言うまでもないでしょう。

d) 藝祭神輿半減の例

毎年9月の頭に行われる「藝祭(2018年度のHP)」では、全科の1年生がチームになって神輿と法被をゼロから作り、藝祭初日である金曜日にその法被を羽織り、神輿を担いで、朝から上野公園内を練り歩くパレードが注目を集めています。
2017年までは毎年定められた8つのチームに別れ、デザイン✕作曲、彫刻✕管楽器✕ピアノ、工芸✕学理、油画✕指揮✕オルガン✕チェンバロ、日本画✕邦楽、建築✕声楽、先端芸術表現✕音楽環境創造、芸術学✕弦楽器 の8基作られていました。

このカワウソちゃんは2014年、僕が1年生のときに仲間たちと作り上げた神輿です。学生たちからデザインを募り、隊長を決めて「神輿隊」なる制作チームを結成し、主に発泡スチロールを素材として1ヶ月間で制作します。法被も同じようにデザインを学生たちから募って、「法被隊」が生地選びから裁断、シルクスクリーンでの印刷と、裁縫まですべて手作りで行うのが伝統です。

この神輿/法被制作は、藝大の美術学部に入学してくる学生たちにとって制作のモチベーションが最大となるイベントの一つです。
また同じように、藝祭に訪れる受験生や藝大OB/OG、一般のお客さんの中も、毎年これらを楽しみにしている方が大勢いらっしゃいます。

その神輿/法被が、昨年から半数の4チームに半減しました。今年も4チームのままです。
ここまで読み進められた方はもう想像がつくかもしれませんが……、学生たちは突然、その年のはじめの神輿制作のガイダンスで決定事項を言い渡された…と話に聞いています。

理由は、「上野公園の桜の木を傷めないための対策措置」とのことでした。そうであれば、神輿のサイズの制限を少し厳密にするとか、別の方法があったんじゃないか?なにより神輿の数を半分にすることが、木を傷めることを防止できるほどの対策措置になっているとは、思えません。

もちろん、毎年すべての科のすべての学生が神輿制作に積極的であったわけではないと思いますが、少なくとも残念であるという声は様々なところから聞くことがありました。

この章のまとめ

どれも、学生と職員のコミュニケーションの分断を象徴する例です。
一貫して、大学が学生にコミュニケーションをとることを放棄しているように感じます。
ただ僕は一方的に大学を責めようというつもりがあるわけではありません。これら私が体験した事実(と一部の聞いた話)はに似たようなことは、大学にだけ起こっているものではないと言うことは、既に誰もが認識していることかと思います。
特に昨今の行政事情にすら共通する問題を孕んだ内容であるかとおもいます。

この本質は、誰が悪いという問題ではないと認識しています。それぞれの立場にはそれぞれの都合があります。

大学はもちろん問題には対処しなければいけませんが、平時の仕事や活動と並行してその問題の改善策を講じることはとても大変です。面倒くささを感じて、身が入らないと…いうことは容易に理解できます。

策の受け手である学生の無関心さも考慮する必要性があります。少し前の僕を含め、ほとんどの学生は大学の運営に関して無関心であり、学費を払っている学生が大学から恩恵を授かることは当たり前だと思ってしまいます。しかし世の中には、あることが当たり前なんてものはありません。真夜中におにぎりが100円で買えるコンビニも、蛇口をひねれば清潔な水が飲めるのも、こうしてインターネットで情報に触れることができるのも、全て誰かがつくって、誰かの仕事によって継続されているものであり、僕たちも将来は支える側の一人になって、一緒に社会をかたちづくっていかなければならないのです。

まぁ、人間一人が関心を持てる範囲に限度はあります。せめて、関心を持った人には、情報と可能性は開かれているべきだと思うのです。

今回は以上になります。
明日は、番外編「経験をデザインする」ことについてを投稿する予定です。

最終編は明後日、
ⅳ) 様々な分野をまたがってデザインが必要とされる時代
ⅴ) 環境や倫理的な問題と隣り合うデザインのしごと

とを公開予定です。

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最後までお読みいただきありがとうございます! 7月からは、徐々にINTRODUCTIONから研究内容にシフトしていく予定です! Twitter:https://twitter.com/44_ktz Facebook:https://www.facebook.com/44ktz

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Yoshikatsu Hirayama

東京藝大 デザイン科 修士2年。デンマーク留学中🇩🇰 進行中の修了制作テーマ→「東京藝術大学の学生や職員を巻き込みながら、この大学での彼らの学び方・働き方・暮らし方のco-creationをどうデザインするか?」 noteにて、その探求のプロセスを順次公開していく予定です。

コメント3件

僕が所属する、法政大学の学科でも具体事例は違えど、状況としては似たようなことが起こっている。そこで、色々と探りを入れてみてわかったのは、教授陣や大学の運営陣は絶対に変わらない、ということ。変えるならば、学生の方。学生が共有している空気を変え、ボトムアップ式の実践を通して、大学の倫理と共存する部分を発見することが大切なんだと思う。ちなみに、僕は今、アフタータマチという、自主的な放課後オープンゼミを企画し、学生全体の約6分の1の人たちが参加してくれている。"変わらない"巨大な一者を変えるために、草の根集団を『美しい』コンテンツを開発することでまとめ上げ、変化を加速させることが、真の意味でのCo-Creationであり、デザイナーができることなんじゃないかな。
きいちありがとう!
草の根集団から変わっていくこと、大事だと思います。この研究の舞台にいる彼らと、これからどうやってコミュニケーションを取っていくかが当面の課題。
『美しい』コンテンツを用いて変化を加速させることはとても大きな力を持っていると感じる。その力を僕らは正しい方向に伸ばしていかなきゃね。
ただ、それはあくまでもCo-Creationの一つの役割で、ほかにも沢山の可能性があると考えているよ!
Co-Creationってすごい長いこと言われ続けてるワードでもあるから、改めて捉えなおさないと。手垢付いたことをもっかい言い直してるだけになっちゃうのが怖いなって、思います。
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