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リングラン叙事詩 第八章 ファーランドの轟き

(ナレーション)

とある世界

とある時代

私たちが知ることのない場所にリングラン島という島がある。

この島には一つの神話があった。
太古の昔。

二つの神による天界の争いがあった。

光の神ヴィシュ。闇の神デーム。

両者の争いは大地を揺るがし、
互いの従える竜による戦いは、やがて大地を割き、
大きなうねりは山脈を作り、
吐かれる炎が大地を焦がし砂漠となった。

そして双方の神と双方の戦いが終わり、
大地に堕ちた竜の骸を苗床に、草原は大きな森となった。

そして伝承は続く。

竜の目から生じ散らばった水晶を、神の台座に捧げしとき、
その地はあるべき姿へ回帰せん。

リングランに伝わりし、神話である。

それは、遠方から聞こえる妖魔の咆哮から始まった。妖魔の大軍が少しずつ確実にモーリスタティア北の砦へ向かって来た。妖魔ゴブリンをはじめ、巨人の妖魔オーガー、同じく巨人のトロール、そして、空からは、胸と頭部が女性、それ以外は鳥の姿をしている魔獣ハーピィーなどによる異形のものたちである。その中で異彩を放っていたのが、スレイアールの騎士団であった。

ローレイス 敵軍はまっすぐこちらへ向かっている。各部隊、できる限り側面からの攻撃を主とせよ。隊の状況は逐次中央へ報告いたせ。いよいよ、スレイアール軍を打ちのめす大きな戦いだ。心してかかれ。何、妖魔の群れと並行して騎士団が来ているだと・・・全軍リーデランドへ進軍したわけではないのか。おのれ、ガルハース。これが目的であったのか・・・

大戦は瞬く間に乱戦となった。動きが遅いとはいえ、巨人のオーガー、トロールなど、その強大な力を持つものが大挙して押し寄せてくるため、反スレイアール軍の陣形が一部崩れはじめた。

ローレイス 左舷方向の陣形が崩れつつあるだと。では全軍時計回りに位置を変え、陣形をしっかり整えろ。想定以上にスレイアールの軍勢の勢いが激しい。このままでは中央部まで一気に攻められる可能性もあるやもしれんが、負傷者は早めに退け。魔術師団の援護を強めよ。

各部隊が妖魔の剣や棍棒を必死に受け止めている間に後方の魔術師から、炎の詠唱、氷の詠唱、雷の詠唱などが乱れ飛び、全軍が一進一退の攻防を繰り広げていた。
モーリスタティアの魔導師は酸の魔法を使い、妖魔の眼を狙い、その動きを止め、騎士団・戦士団が仕留める。
また、行動制約の魔法をかけ、妖魔の動きを完全に止めながら、そこに別の魔術師が攻撃の魔法を使い、妖魔を仕留めていく。
その逆に敵は大量の妖魔を送り込む物量作戦で前線に集中攻撃を加えてくるのと後方に控える魔術師の軍勢による攻撃魔法も飛びかい、まさに戦場は泥沼化していった。
そのような中、1人のスレイアール帝国の騎士が武装を解いたまま、文書を携えて北の砦へやってきた。

ローレイス 何、スレイアールの騎士の1人が単独でやってきただと。しかも武装もせずに。して、文書にはなんと。「我々はガルハース様へ忠誠を誓った身。このような卑劣極まる戦いに参戦することはガルハース様の本意ではない。どうか、我々の投降をお許しいただきたい」・・・。私にこの状況下で、この願いを信じろというのか。しかし、ザンスロン公がいったガルハースの意志は騎士として申し分ないと。ザンスロン公も自身を傭兵と言いながら、その志は騎士とも言えるほど高い。その直属の部下たちだ。それに、西の砦での一件もある。ええい、ここはガルハースと志(こころざし)を共にする騎士たちをかくまえ。投降してくる騎士は残らずだ。

ローレイスの発した伝令は、一部の兵の動揺を起こしたが、リーデランドの兵がそれを鎮め、スレイアールの騎士の投降は迅速に行われた。

ローレイス 収容は終わったか。それでは、リーデランドの南の砦へ伝令を。戦士団の半数をこの地に応援に加わるようにと。そしてモーリスタティアへも南の砦へ向かわせていた魔術師団を北の砦の守護に回らせる旨を伝えよ。ここは総力戦で行く。応援が届き次第、兵の陣形も鶴翼の陣から方陣へ変化させていく。兵力を後方から固めていけ。

北の砦より、戦況を聞き知った、モーリスタティア国王はモーリスタティア正教会司祭長と同国魔術協会魔導士長を大至急で召集し、北の砦への援軍を命じた。

モーリスタティア15世 今、北の砦の戦況が大変厳しい状況にある。司祭長、魔導士長よ。すぐに協力の上、魔法兵団を組織し、北の砦へ派遣せよ。メルキア公国への援軍も要請せよ。ザンスロン公の負傷も酷いと聞く。司祭長、メルキア公国への高位の司祭の派遣も命ずる。アリエンゼス女王よ、大切な臣下を危険に晒していることを深く詫びたい。誠にすまぬ。

また、北の砦の攻防を聞き及んだアリエンゼス女王もこの状況打破に悩み苦しんでいた。

アリエンゼス このままではローレイスともどもモーリスタティアの砦が落ちるのも時間の問題かもしれぬ。我が国の大切な臣下をこのままむざむざと戦場に散らすわけにもいかぬ。その後、西のスレイアール軍はどうなっている。停戦協定を結んだとはいえ、以前と西方に陣取られていては、我が国もこれ以上の身動きが取れぬ。ローレイスより、ガルハースの停戦を受け入れたとの報告は承知したものの・・・ガルハースめ、何を考えておるのだ。

ファーランド草原での戦いは数日間続いた。多くの兵が疲弊し、負傷者も時間を追うごとに増えていく。
ローレイスの指示が如何に迅速かつ的確であっても、スレイアールの軍勢の大半が妖魔であることから、人間の体力を凌駕している。
そして戦いは少しずつではあったものの、反スレイアール軍側が劣勢となっていった。敵の戦法が北の砦から目視できるようになったころ、伝令を受けたリーデランド南の砦に駐屯していた兵団が到着した。

ローレイス 全軍揃った。陣形をレギオーの陣に変えよ。中央を厚くし、徹底抗戦を行う。なんとしてでも、ここで食い止めなければ、リングランは暗黒に飲まれる。このリングランを守り抜くのだ。

レギオーの陣。3列に並んだ兵士を必要に応じて入れ替えることで得られる、持久力を持った陣形である。あくまで中央突破を狙ってくるスレイアール帝国軍に対して、より強い対抗の陣を張ることができる陣形である。

ローレイス 持久戦になる。敵を迎え撃つためにより負担をかけることになる。すまない。皆の力を貸してくれ。

こうして、ファーランド草原での攻防がさらに激しくなっていった頃、西方に陣取っていたガルハース率いるスレイアール帝国軍に動きがあった。

アリエンゼス 何、またしても武装を持たない者が、ガルハースからの親書を届けにきたとな。「停戦協定に基づき我が兵は撤退する。スレイアール帝国騎士団・戦士団は無益な戦いは望まぬ。この意をリーデランド王国女王陛下におかれては、承知おき願いたい」。この動きは確かなのか。

観察兵からはスレイアール帝国軍の動向が細かく報告された。

アリエンゼス そうか、スレイアール帝国軍が西方へ移動していくのを確認しているか。ガルハースよ、ザンスロン公との戦いでのことも聞き及んでおる。騎士の誇りを失わない姿勢。悪しきスレイアールにはふさわしくない男。わかった。スレイアールからの侵攻待機を解除する。西の砦の守護にあたっている騎士団長へ早急にモーリスタティア王国北の砦への応援体制を整えよとの伝令を命ずる。そして、本国の守護を行っているものは騎士団長の指示に従うように。皆のもの、頼んだぞ。

その頃、スレイアール帝国帝都デムニアにて幽閉されていたアルフレッドたちであったが、ルークスが立ち上がり焦りの表情を浮かべながら、

ルークス なんてことでしょうか。モーリスタティア軍をはじめとした連合軍が劣勢のようです。リーデランド王国からローレイス参謀長が総司令官として指揮をしていただいているのですが、巨人たちの攻撃でかなりの負傷者が出ているようです。
アルフレッド あの戦略に長けたリーデランド王国のローレイス殿が指揮をとっていても劣勢になってしまうのか。ここでこうして何もできないことが情けない・・・。
ギリアム 仕方なかろう。ワシらがここで焦ったところでどうなるものでもない。
ルークス ちょっと待ってください。北の砦にスレイアールの騎士が投降しているようです。
カーン なんだと、スレイアールの騎士どもが。
ヴァイス ローレイス殿は何をお考えなのでしょうか。
ルークス それに・・・スレイアールの軍勢に高位の魔導師がいないようです。であれば、そのもの達は別行動をしていると思われます。もしや・・・向かっている場所がフシラズの森としたら・・・。
アルフレッド ルークス、一体どうしたというんだ。
ヴァイス 神話によると古(いにしえ)の竜が堕ちた場所・・・それがフシラズの森・・・ルークス、あなたが言いたいことがわかりました。サルーデンは神話の場所を突き止めようとフシラズの森へ向かっているのだとしたら。
ルークス そうですね。それから残念なお知らせがあります。
ギリアム どうした。
カーン 残念?今ここで何もできないことほど残念なことがあるか。
ルークス 確かにそうでもありますが。私の使い魔の魔力が閉じていくようです。
アルフレッド それでは。
ルークス はい・・・もう我々には、ファーランド草原での戦いの状況を知ることはできません。
アルフレッド なんてことだ。
ヴァイス ルークス、あなたが我々を連れ去ったもの達を察知できなかったのは。
ルークス はい、魔力が絶えず使われた状態が続いていたため、別の魔力を感じることが困難だったと言っていいと考えます。申し訳ございません。
カーン 謝る必要はない。これまでの尽力は相当なものだ。魔術師というものを少々軽んじていた。
ギリアム ワシらは仲間じゃ。お主にばかり負担をしていてたようだ。すまなかった。
アルフレッド ルークス。ここまで負担をかけていたことを知ろうとしていなかった。すまない。
ルークス 皆さん、ありがとうございます。むしろご心配をおかけして申し訳ございません。
アルフレッド しかし、これからどうすれば。

アルフレッドたちが状況把握に思考をめぐらせていると、牢の前に1人の女性がやってきた。女性はアルフレッド一行に小さく声をかけると、素早く錠前を外し外に出るよう促した。

アルフレッド あなたは一体…
カーン 罠かもしれんぞ、油断するな。
ヴァイス 待って下さい。この方からヴィシュのご加護が感じられます。
ルークス ヴィシュのご加護ですか。それはつまり・・・
ギリアム この国はデーム信仰者しかおらんのではなかったのか。
ヴァイス そのように思っていたのですが違うようです。
アルフレッド 私たち解放してくれたのはなぜですか。

アルフレッドが問いかけると、女性は静かに歩くよう一行に伝えながら自分の身分を明かした。
女性は昔ザジウルハス国王の従者(じゅうしゃ)であった。
しかし国王が激変した後、身辺はサルーデンの息のかかったものにとって変わられ、従者の一部は城を追われ、その他のものも大半が城内の閑職に追いやられてしまった。
今は地下に幽閉されている者の食事の準備だけを、指示されるようになったことを声を震わせながら語った。
そして、
どうしても国王を元の優しい国王に戻せるのはあなた方しかいないと思ったと語りかけてきた。

アルフレッド 危険を賭(と)してまで私たちを解放してくれてありがとう。しかし私たちが牢を抜け出したことがわかったらあなたはどうなるのですか。

そう問いかけるアルフレッドに首を振りながら、女性は自分だけが犠牲になっても構わない。デムニアを助けて欲しいと懇願し、一行の所持品を手渡した。
女性はそう言いながら、もう一つの部屋の前へ案内した。

ルークス この部屋自体に大きな魔力を感じます。
アルフレッド しかし、扉は開かないな。
ルークス ここには、魔力による鍵が掛けられています。少し待ってください。「マナよ、閉ざされしものを開放せ
よ」

ルークスが詠唱を唱えると扉から小さな音がし、開くことができるようになった。

ルークス これは・・・

ルークスが室内に入ると、その顔が硬直した。

ルークス 部屋の中心に一つの水晶が置かれています。これは魔力を大きく増幅させるものです。これを持っていれば、魔法力の解放をより大きなものにできます。
ギリアム ほう、では。
ルークス お察しいただいているようですね。この力があればミノタウロスの洞窟で出せた力を常に使えます。いや、むしろそれよりも大きな力をつかえることでしょう。
カーン では、持っていけばいいんだな。
ルークス 待ってください。この水晶が城全体の魔法回路の一部になっているのかを見ます。

そういうとルークスは水晶へ静かに手をかざした。

ルークス 皆さん、どうやらこの水晶は独立したもののようです。手にとっても問題はないようです。
ヴァイス 水晶はこのままでも力は及びますが、それだけでは。
ルークス はい。詠唱のための杖と合わせることができればいいのですが。
カーン 杖と水晶を貸せ。

そしてカーンは小ぶりのナイフを取り出した。

アルフレッド カーン、いきなりどうした。
カーン 杖と合わせればいいんだろう。ならば、水晶を収める穴をコイツで開ける。ルークス、いいか。
ルークス はい、ありがとうございます。
カーン どの程度開ければいいのか教えんと、杖を貫通してしまうぞ。
ルークス それは困ります。では、この位置に私の親指くらいの穴でお願いいたします。そこにこの水晶をはめ込みます。
カーン わかった。

カーンは説明された通りに穴を開け、杖をルークスに預けた。

ルークス これで杖自体に魔法力をこめられました。カーン、ありがとうございます。
カーン 何、この城では魔法が全てのようだからな。俺の出る幕は無しか。

一行を見ていた女性は見張り役の詰め所に戻り、一枚の羊皮紙を持ってきた。

ヴァイス これは、この城の見取り図ですね。あ、ここに書庫が。
ルークス その書庫に失われた古代魔法の書があるやもしれません。ここの様子がどのようなものかわかりますか。

ルークスに聞かれた女性が言うには、地図を示しながら、書庫には絶えず2名の衛兵が警護にあたっているとのことであった。

ルークス その衛兵に魔術師は含まれていますか。

そう尋ねるルークスに女性は首を横に振った。

ルークス それでは考えられる方法は一つしかありません。眠りの魔法で衛兵を眠らせましょう。呪縛の魔法では、口は塞げませんからね。強い魔法力、試させていただきましょう。
ギリアム 随分と嬉しそうじゃの。
アルフレッド では、みんな行くぞ。あなたも、どうか無事で。

そうアルフレッドがいうと、女性は涙を流しながら笑みを浮かべた。

第八章 完


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