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リングラン叙事詩 第五章 命、削りて

(ナレーション)
とある世界
とある時代
私たちが知ることのない場所にリングラン島という島がある。
この島には一つの神話があった。

太古の昔。
二つの神による天界の争いがあった。
光の神ヴィシュ。闇の神デーム。
両者の争いは大地を揺るがし、
互いの従える竜による戦いは、やがて大地を割き、
大きなうねりは山脈を作り、
吐かれる炎が大地を焦がし砂漠となった。
そして双方の神と双方の戦いが終わり、
大地に堕ちた竜の骸を苗床に、草原は大きな森となった。

そして伝承は続く。
竜の目から生じ散らばった水晶を、神の台座に捧げしとき、
その地はあるべき姿へ回帰せん。

リングランに伝わりし、神話である。

リーデランド王国侵攻が進んでいる頃、アルフレッド一行は、ミノタウロスの洞窟の入り口に立っていた。ミノタウロス、それは屈強な人間の体に牛の頭を持つ魔獣の一つである。主に洞窟や地下迷宮などに住み、腹を減らすと近くの村を襲うなど大変に凶暴な魔獣である。そのミノタウロスが何体も住み着いていると言われるのが、この洞窟であった。

アルフレッド ここがミノタウロスの洞窟・・・。

ルークス なぜでしょうか。古代魔法の魔力を感じます。

ヴァイス 魔獣だけならば、魔力を感じるはずがないのでは。

ルークス そうですね。ミノタウロス自体はなんの魔力も持っていない魔獣。そこに魔力を感じるのであれば、多分ですが・・・。

カーン もったいぶるな、早く言え。

ルークス はい、サルーデンの力が及んでいると思って間違い無いと思います。

カーン サルーデンだと。では、中には他にも多くの化け物どもがいてもおかしく無いな。

ルークス はい。

ギリアム で、どうする。

アルフレッド ここを抜けるしか方法が無いんだよな。

ギリアム そうじゃ。ここ以外に進むなら、スレイアールの大軍に蹂躙されに行くようなもんじゃな。

アルフレッド 危険は承知だが、皆注意して進むぞ。

ヴァイス はい。怪我をした時にはお任せください。

カーン 怪我を前提に話すのはやめてくれ。

ヴァイス そうでした。すみません。

一行が洞窟に足を踏み入れると、じめじめとした空気に満たされた空間が広がり、全くと言っていいほど視界が効かなかった。

アルフレッド ルークス、あかりを頼む

ルークス ええ、「マナよ、光をおこし、道を照らさん」

カーン 唱えりゃ明かりがつくとは、魔術師は楽なもんだな。

ルークス そうかもしれませんね。

ヴァイス カーン、魔術師といえども魔力を使うとき精神力を使います。あまり失礼なことを言って欲しくないです。

カーン 冗談だよ。ガキだなお前は。

ヴァイス ひどいじゃないですか。

アルフレッド 二人とも、頼む。静かにしてくれ。
ヴァイス すみません。つい。

カーン 悪かった。悪かった。からかっただけだ。

ギリアム 貴様のからかいは悪気しか感じんの。

カーン うるせえぞ

アルフレッド はぁ・・・皆行くぞ。

一行がしばらく洞窟を進んだところで不思議な光景が目に入ってきた。そこはまるで宮殿の入り口のように大きな建造物がたち、ここがただの洞窟ではないことを表しているようであった。

アルフレッド これは・・・

ルークス 間違いありません。古代リングランの遺跡です。ギリアム、知っていたんですか。

ギリアム ああ、教えるも何も行けばわかることじゃ。確かに古代遺跡だが、それがどうかしたのか。

ルークス 普通であれば、遺跡自体にはほとんど魔力は残っていません。しかし、ここには入り口で感じた古代魔法の魔力が強く残っている。普通では考えられません。

カーン だとしたらなんだ。さっぱりわからん。

ルークス 考えられるのは二つ。一つはあまりにも強大な魔法国家であった、もう一つはここで大きな魔力解放が行われたかです。しかし、この地に大きな魔法国家があったとの記録は私が知る限りないはず。であれば。

アルフレッド ここで最近大きな魔法を使われたこと・・・か。

ルークス はい、そうだと思います。

ヴァイス なんてことだ・・・。

アルフレッド ヴァイス、どうした。

ヴァイス ここには、光の神ヴィシュの力がとても弱い。闇の神デームの力が明らかに優っています。

アルフレッド ということは

ヴァイス 光の神の神聖魔法を唱えることが難しいということです。

アルフレッド じゃあ、治癒は

ヴァイス 普段よりも効果が弱くなります。そして時間がよりかかるということです。

カーン では、普段より厳しい戦いになるということだな。

ヴァイス すみません。

カーン 何、普段より十分警戒していればいいこと。いつもお前には助けられているからな。

ヴァイス カーン、ありがとうございます。決してご無理なく。

そして、古代遺跡まで到着した時であった。入り口の奥から大きな咆哮(ほうこう)が響きわたって来た。洞窟に入る前にいだいていた恐れていたミノタウロスが姿を現した。ミノタウロスは一行の気配を感じるとその巨体を揺らしながら一歩また一歩と近づいて来た。

ルークス ここの魔力を利用すれば、いつもの魔法より強力な魔法にできると思います。では、ミノタウロスの動きをどこまで封じられるかは分かりませんが、では。「マナよ、冷気をまき起こし、氷の嵐を起こさん」。

ルークスが詠唱を唱えると、ミノタウロスの周囲に冷気が集まり始め、冷気が氷となりミノタウロスを包み込んだ。その嵐は速度を増しながら、氷の塊が次々とミノタウロスに刺さり始め、ミノタウロスの動きが鈍った。

アルフレッド よし、今だ。

カーン 言われなくても。

ギリアム 行くぞ。

3人がミノタウロスを囲みそれぞれの武器持って一直線に突進を始めた。その時である。ミノタウロスは鈍った動きから元の動きに戻り、目の前まで進んでいたギリアムを掴み、両腕に力を込め締め上げ始めた。

ギリアム ぐあっ

アルフレッド ギリアム!

カーン このドワーフめ、世話を焼かせやがって。

ギリアム うっ・・・

ルークス いけない!このままではギリアムが。「マナよ、空間を変質させ、眠りに誘(いざ)わん」。

ギリアム うっ、力が緩んだ。この腕引き剥がしてやる。

ヴァイス ギリアム、すぐに退却して下さい。

ギリアム くっ、どうやら、腕の関節が外れたらしい。

ヴァイス 「主たる神ヴィシュに祈ります。この者に加護を」

ギリアム すまんな、痛みが多少は治ったようだ。助かる。では。

ヴァイス いけません、まだその体では。

ギリアム 馬鹿者。わしが行かずしてミノタウロスを倒せるはずがなかろう。

ヴァイス 申し訳ございません。お役に立てず。

ギリアム お主のせいではない。なに、この通り腕はうご・・・っ・・・。

ヴァイス だめです。無理をされては。

ギリアム なに、仲間をみすみす放っておくことができん性分でな。

ヴァイス くれぐれもご武運を。


ギリアムが治癒の魔法を受けている間も、ミノタウロスとの激しい戦いは続いていた。


アルフレッド ミノタウロスの動きがかなり鈍っている。はぁー!

カーン 若造だけに任せるわけにはいかん!

2人が動きが鈍っているミノタウロスに向けて剣を突き立てた。ミノタウロスは大きな咆哮をあげ、自分のそばにあったギリアムの斧を手にし、アルフレッドに向かって、斧を振り上げた。

アルフレッド うわー!

カーン ミノタウロスめ、後ろがガラ空きだぜ。これで全て終わりにしてやる。

アルフレッドに斧を振り上げたと同時にミノタウロスの背後からカーンの剣がミノタウロスの背中を激しく突き立てた。大きな咆哮をあげ、ミノタウロスがカーンの方を向くのを見て、アルフレッドがミノタウロスの肩を刃(やいば)で切りつけた。
ミノタウロスは肩から血を流しながら斧を落とし、それでも倒れないミノタウロスに2人が怯んだ時である。ギリアムが自分の斧を拾い上げ、そのまま脇腹を斧で切りつけた。
肩と脇腹から血を流し、それでも立ち続けるミノタウロスであったが、ルークスが皆に退くよう叫びをあげた。そして大量の汗を流しながら詠唱を読みあげた。

ルークス「マナよ、炎を巻き起こし、全てを焼き尽くせ」

ルークスが詠唱を唱えると、ミノタウロスを中心として巨大な炎が巻き起こり、ミノタウロスの皮膚を焼き、その中で大きな咆哮をあげながら、やがてその場に倒れ込んだ。ミノタウロスを撃破した瞬間である。

ルークス よかった・・・これで先に進めますね・・・

カーン おい、ルークス大丈夫か。

ルークス 本来であれば火炎の爆烈魔法は、私の力だけでは到底無理でしたが、この空間に満ちた魔力のおかげで、なんとか・・・ただ、しばし精神集中が続いたので・・・

アルフレッド ルークス、もういい喋るな、休んでくれ。

ルークス ありがとうございます・・・。

その時であった。古代遺跡の最上部に大きなローブを纏い、その手には水晶の埋め込まれた杖を持った一人の男が姿を現した。

サルーデン お前たちがモーリスタティアから来たものたちですか。ほう、ミノタウロスを倒すとはなかなかのお手前。しかしそれもこれもこの空間に溢れる魔力のおかげ。その魔術師もこれ以上の力は出せまいて。

カーン サルーデン、貴様!

サルーデン はて、私を知っているとは。どこで会いましたかな。

カーン 人ならざるものでザスアルを滅ぼし、ひいてはこの島を混乱の渦に引き込むつもりか。

サルーデン 混乱とは笑止。むしろ統治と読んだ方が良いでしょうな。大人しく国に帰って、我が帝国の前では手も足も出ないことを伝え、絶望に陥れるといい。さて、無駄話はここまで、失礼する。無力なものたちよ。ふはははは。

そういうとサルーデンはその場から姿を消した。一行はその場に立ち尽くすことしかできなかった。
思いもよらぬスレイアールのサルーデンとの対面がありつつも、アルフレッド一行はようやくミノタウロスの洞窟を脱出した。

アルフレッド やっとバアルまで到達できたな・・・

ルークス はい、ようやく闇の魔導の気配から離れることができたようです。

ヴァイス 大丈夫ですか。呼吸が苦しそうですが・・・魔力の使いすぎのようですね・・・。本来であれば禁忌とされる魔術を使ったのですから、当然です。

カーン 魔法使いというのは大変だな。俺には何も感じないがな。

ギリアム まぁ、魔術に明るくなければ無理もないじゃろう。

カーン そういうもんかね。

ルークス 皆さん、心配をおかけして申し訳ございません。

カーン  はっきり言おう。ルークスはここで休んでいろ。一緒に来られても迷惑だ。

ルークス いえいえ、あまりここで足を止めるとバアルへの到着が遅れます。急ぎましょう。

カーン はっきり言わせていただく。足手纏いだ。

アルフレッド カーン、いくらなんでも、ひどすぎるぞ。

ルークス いいんです、アルフレッド。カーンありがとうございます。

ギリアム こいつなりの精一杯の優しさじゃ。汲み取ってやれ。

カーン 余計なことを言うな、このドワーフめ。

ギリアム なんじゃ、照れておるのか。

アルフレッド そうだったのか。カーン、すまん。

カーン あー、いいから先に行くぞ。

近距離に近づけば近づくほどバアルの異様さが際立って伝わってくる。要塞の門番には、骨だけで歩くスケルトンたちがうろついている。
しばらく一行が岩場の影に身を隠していると、その巨大な門が開き、騎士団とおぼしき軍勢が行軍を始めたようであった。そして、その軍勢の先頭を進んでいるのは、まごうことなき、ガルハースの姿であった。

カーン ガルハースが先陣を切っているだと・・・

ギリアム どうやら自らリーデランドへ先鋒をつとめるようじゃな。もう進軍がはじまるとはな。

アルフレッド 騎士団の多くが東征(とうせい)を始めるとは・・・では、なんてことだ。モーリスタティア側には妖魔軍が進軍することになる。このことを早くモーリスタティアに伝えなければ・・・。

ギリアム そうは言ってもここから、モーリスタティアの北の砦に伝えるのは最早(もはや)間に合わん。

そして、一行が焦りを隠せない様子でいたところ、背後からルークスが姿を現した。

アルフレッド ルークス、まだ休んでいてくれ。顔色が悪すぎる。

ルークス ・・・ここから・・・早くモーリスタティアに伝えるのならば・・・私が使い魔を召喚します・・・

ヴァイス いけません!使い魔を召喚すると言うことは、これまで以上に魔力を使うことになります。危険すぎます。

ルークス ・・・今、伝える速さを考えるのならば私の使い魔を伝達に使うしかありません・・・

カーン ルークス、お前まさか・・・

ルークス まだ、死ぬわけには参りませんよ。私が死ねば使い魔も死にます。それでは意味がないのです。ですから皆さん止めないでください。

ギリアム ではどうすれば良いのだ、どうにも出来んではないか。

ヴァイス 待ってください、方法はあります。

アルフレッド 方法?

ヴァイス そう。私が聖なる力をルークスに与え続ければ良いのです。

ルークス いけません。ここは闇の神デームの影響力が強い場所・・・あなたの命も危険にさらしてしまいます。

ヴァイス 私がここにいるのは、こうした時のためです。皆さん、私達が詠唱を唱え続けられるようにお願いいたします。

ヴァイスの覚悟を決めた顔を見て、アルフレッド・カーン・ギリアム共にこのことが如何に危険なことなのかを悟った。



アルフレッド 二人とも・・・すまん。

カーン ここまで命を削る奴らをこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかんな。

ギリアム ああ、当然じゃ。

ルークス 詠唱は丸一日かかります。どうか皆さん、よろしくお願いいたします・・・ではヴァイス、お願いいたします。あなたまで危険な目に合わせてしまい申し訳ございません・・・

ヴァイス 謝らないでください。これもまた私に課せられたさだめだと思っています。

ルークス ありがとうございます。では行きます。「マナよ、我が身より力を分け、その姿を現せ」

ヴァイス 「主よ、我が身の力を持って生命の力をこの者に与えん」

ルークスが詠唱を始めると、ルークスの目の前に魔力の塊が現れはじめた。ルークスとヴァイスの二人は共に流れ出る汗が止まる気配もなく、一心不乱に詠唱を唱え続けた。

アルフレッド これが丸一日続くのか・・・

ギリアム 文字通り命を引き出すようじゃな・・・

カーン ・・・これ以上・・・仲間を危険に晒すことだけはさせん。スレイアールの動向は俺たちも監視し続ける。

詠唱を唱え続ける二人を見つつ、アルフレッドが大きな決意を持った表情でカーンへ切り出した。

アルフレッド どうか、剣術の特訓に付き合ってほしい。
カーン 突然なんだ?
アルフレッド 自分の力があまりにも非力だということは十分わかっている。あの二人にも相当な苦労をかけている。だからどうしてももっと強くなりたい。頼む。
カーン そうは言っても、俺もガルハースには何一つ勝てなかったんだそ。
アルフレッド それとこれとは別だ。自分より強い相手と剣を交える。そこから少しずつでも成長したいだ。
カーン ほう、そこまでいうのなら付き合ってやろう。ザスアル流のやり方で覚えてもらうがいいか。
アルフレッド ああ、頼む。
カーン ならば、今ここで自分の剣の素振りを1,000回しろ。それがウォーミングアップだ。
アルフレッド 1,000回・・・・
カーン なんだ怖気付いたか。情けない。
アルフレッド 待ってくれ、早速始める。
カーン 終わったら言いに来い。次の訓練を伝える。
アルフレッド ああ。

そういうとアルフレッドは自分の剣での素振りを始めた。100回、200回、300回と振り続けていくうちに、手のひらには豆ができ、さらに血も滲んできた。それでも剣を振り続け、ようやく1,000回の素振りが終わった。

アルフレッド カーン、すまん遅くなった。
カーン ようやく終わったか。ずいぶんと時間がかかったな。モーリスタティアではその程度の訓練もしていないのか。
アルフレッド なんのこれしき、まだウォーミングアップなんだろ。次の訓練を教えてくれ。
カーン 承知した。では、次はもう1,000回の素振りをしろ。それが最初の訓練だ。
アルフレッド 1,000回・・・また素振りなのか。
カーン ああ、不服か。
アルフレッド いや、やらせていただく。

アルフレッドは血に染まった手のひらに布を巻きつけ、素振りを始めた。カーンはそれを見届けると。

カーン では終わったら、次の訓練を教える。サボるなよ。
アルフレッド 当たり・・・前だ・・・しっかりと訓練を続けてみせる・・・。

二人が詠唱を唱え、アルフレッドが懸命に剣を振り続ける、その時まさに、スレイアール帝国の軍勢がリーデランド王国へ続々と走りはじめていた。このままいけば数日でリーデランド王国の西の砦へ到達する勢いであった。

カーン まぁ頑張れ。モーリスタティアの戦士。

第五章 完

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