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リングラン叙事詩 第七章 誓い

(ナレーション)
とある世界
とある時代
私たちが知ることのない場所にリングラン島という島がある。
この島には一つの神話があった。

太古の昔。
二つの神による天界の争いがあった。
光の神ヴィシュ。闇の神デーム。
両者の争いは大地を揺るがし、
互いの従える竜による戦いは、やがて大地を割き、
大きなうねりは山脈を作り、
吐かれる炎が大地を焦がし砂漠となった。
そして双方の神と双方の戦いが終わり、
大地に堕ちた竜の骸を苗床に、草原は大きな森となった。

そして伝承は続く。
竜の目から生じ散らばった水晶を、神の台座に捧げしとき、
その地はあるべき姿へ回帰せん。

リングランに伝わりし、神話である。

激しい剣士の戦いが終わった後、リーデランド王国のアリエンゼス女王へ戦果の報告がなされた。

アリエンゼス ザンスロン公とガルハースが相打ちで負傷とな。して、現在の西の砦はどのようになっている。スレイアールは動かず・・・そうか、負傷をおしてまでザンスロン公はモーリスタティアへ向かったとは。そうか、引き続きローレイスには、西の砦の守備を頼むと伝えよ。しかし、今ローレイスは動くに動けない。この状況で待つことはとにかく辛いこと。しかしとにかく今は、耐えてほしい。ローレイスよ、すまない。

リーデランド王国軍とスレイアール帝国軍の争いが膠着を始めて数日が過ぎたころである。

ローレイス ガルハースより親書だと。なに「リーデランド王国への進軍について停戦協定を結びたい。ついては、この申し出を受けていただきたく。」だと。たしかに、このまま、お互いに膠着状況が続けば両軍とも疲弊だけが募るだけだ。しかし、だからと言ってこの申し出を簡単に信頼しても良いものか。何?スレイアールの使いのものは一切の武装をしていなかっただと・・・。ガルハース・・・偽計(ぎけい)で臣下に剣も持たせず、敵地に送るとは到底思えん・・・承知した。このローレイス、ガルハースの申し出は偽りがないと判断していると女王陛下へ伝えよ。そしてモーリスタティアへ早馬(はやうま)を出せ。北の砦の戦況を図りたい。

その頃、要塞都市バアルの最上階でサルーデンが魔術師団長へとモーリスタティア侵攻の指示を行っていた。

サルーデン 今のガルハースの兵力では、リーデランドへの侵攻は遅々として進まんだろうな。まぁ東方の憂いは奴が盾となればよい。我らはモーリスタティアへの侵攻を進める。各魔術師団は妖魔どもを従えて南進の準備をせよ。アンデッドの軍勢も最前線に立たせ、攻めいるのだ。ザスアルへ攻め込んだときのように、時間をかけずにモーリスタティアの拠点を制圧し、そのまま王都ウルまで攻め込むのだ。良いか。決して躊躇(ためら)わずに敵陣地へ向かえ。自らの命、我らがスレイアールへ捧げよ。して、ガルハース配下の騎士ども。貴様らもモーリスタティアへの侵攻に加わるが良い。我が身に護衛など要らぬわ。戦場でせいぜい命を散らすがいい。そして、いよいよフシラズの森に眠るという古の竜の復活を行う。モーリスタティアへの南進の一部は妖魔も従え、フシラズの森へ向かえ。私が指示する魔導士は竜の復活を先決とせよ。

サルーデンからの指示が伝達されると妖魔を従えるまじゅつしが軍勢の準備を始めた。そこには、ゴブリンをはじめ、小型の翼を持つグレムリン、巨人の妖魔オーガー、人間の上半身に鳥の下半身を持つハーピィ。アンデッドには動く骸骨であるスケルトンをはじめ、死体を漁り喰らうグール。そして、魔法によって石像に生命が与えられたゴーレムの一種であるガーゴイルといった異形のもので出来た軍勢である。ほぼバアルの全ての妖魔を集めたものとなっていった。
バアルでの妖魔の軍勢が動きを始めていたころ、モーリスタティア北の砦にて戦闘準備を進めていた時のことである。

ザンスロン さて、ここままいけば、そろそろバアルも動き出すか。さて、我らメルキアも準備を整えよ・・・うっ・・・少し傷が深かったか。モーリスタティアの司祭殿。頼めるか。

しかし、ザンスロン公はモーリスタティアの司祭による癒しの魔法をかけたが、傷はなかなか癒えていかなかった。

ザンスロン なぜだ。治癒が進まぬ・・・。これは思った以上に時間がかかりそうだ。仕方がない。皆のもの、すまん。戦陣頼む。このままでは皆に余計な負担をかけることになる。俺は一旦メルキアに引く。皆のもの、モーリスタティアから送られた金の分はしっかり働けよ。

そして、ザンスロン公は戦線を離脱し、数名の家臣を連れてメルキアへ引き戻っていった。その状況は、使い魔を通じてルークスの意識にも通じてきた。

ルークス いけません。モーリスタティアの北の砦におられるザンスロン公の負傷がなかなか癒えないようです。一旦メルキアに戻るようです。
カーン あのザンスロン公が・・・ガルハースの剣とはそれほどまでに鋭いのか。
アルフレッド 俺たちは、一体どうしたらいいんだ。
ヴァイス アルフレッド、落ち着いてください。今ここで焦りを覚えても何も解決しません。私たちができることを粛々と進めていきましょう。それこそが私たちがやるべきことです。まずは、デムニアに到達すること。そして、その情勢をしっかり把握することです。現在デムニアには、サルーデンもガルハースはいない。今が絶好の機会と思いませんか。
アルフレッド そうだな。ヴァイス、すまない。まだ貴方も体力も回復していないのに。
ヴァイス いいえ、私にできることを精一杯やっただけですから。
アルフレッド よし、歩みを止めず進んでいこう。みんな、ありがとう。

アルフレッド一行はデムニアへ向けて出発し、数日が経った。
スレイアール帝国王都デムニア。都市の中では、妖魔が居住するエリアと人間が住むエリアが分かれており、大多数を占めているはずの都市の人々は狭い土地に追いやられて、まさに迫害を受けているに等しかった。家屋は痛みが激しく、畑といえる場所もまばらで住民の暮らしの厳しさがひしひしと伝わってくるようであった。

カーン 思った以上に酷い有様だな。
アルフレッド これがデムニアの都市・・・酷すぎる。
ルークス 妖魔がこれだけ幅を利かせていれば、人が安心できる場所はほとんどないと言っていいでしょうね。
ヴァイス 闇の神デーム信仰が進むことで、ここまで心が荒むような世界になるとは・・・救いの手を伸ばしたいです。
ギリアム 王城は大層立派じゃが、街自体は死んでいるようなものじゃな。まるで、ザスアル王国にあった農業都市ハルホースと同様に都市として機能しておらないのではないか。

農業都市ハルホース。ザスアル王国が健在だったころ、モーリスタティア王国との交易拠点の都市であったが、ザスアル王国滅亡後の動乱で住民の全てがモーリスタティアへ難民として救いを求めて南下していった。残された建物はまるで植物が朽ちていくように、数ヶ月で廃墟となっていった非業の都市である。

ギリアム ハルホースで使われる農具の大部分はワシらドワーフによる鍛治(かじ)によるものでな。ワシもそれを渡しによくザスアルの王都のフスから品物を持っていったものじゃ。
アルフレッド ギリアムも鍛治(かじ)に精通していたのか。
ギリアム 多少はな。もともとドワーフは金属を加工する鍛治については特筆して優れた技術を持っておる。相当数のドワーフが鍛冶屋を営んでおったものだ。その製品がこのリングランの各地で使われておる。ワシはあまり性に合わなくてな。ほとんど生業(なりわい)としたことはないな。
カーン 性に合わないねぇ。こんな短気な性格であれば、時間をかけて立派な刀剣など作れんのだろうな。
ギリアム お主は嫌味を言うことしか脳がないのか。品がないとはまさにこのようなことを言うと覚えておけ。
アルフレッド 2人とも頼むから妙な言い争いはやめてくれないか。
ルークス もう随分と見慣れた光景ですね。本当に仲がよろしいようで何よりです。

デムニアへの入り口は妖魔が見張りを行っていたため、一行は都市の裏手より、人間の居住する地区から都市へ入っていった。そして、そのうちの一つの家から住民が顔を出した。住民は怪訝そうな表情を浮かべてこちらをみてきた。

アルフレッド 私はモーリスタティア王国よりやってきました戦士団のアルフレッドと申します。もしよろしければ少しだけお話しをお聞かせいただくことはできませんか。

住民は周囲を伺いながら、家に入るよう手招きをしてきたことから、アルフレッド一行は素早く住居に入った。住居の中は薄暗く、生活のレベルはモーリスタティア王国に比べ、相当に低いことがその身なりからもわかった。そして、住民からスレイアール帝国がどう変わってしまったのかを聴き知ることとなった。スレイアール皇帝が昔は温厚な国王であったこと。大魔導師が外部からやってきてから次第に国王の性格が豹変してしまったなどを聞くこととなった。

ルークス その大魔導師がサルーデンということなのでしょうね。
アルフレッド では全ては元凶はサルーデンということになるのか・・・。
ヴァイス たしかにそもそもこのリングランでは光の神ヴィシュ信仰がほとんどであったはずです。スレイアールももともとはヴィシュ信仰の国だったと聞きたことがあります。それがデーム信仰に変わっていったと言うのは・・・。
ルークス はい、サルーデンの所業と見て間違いはないでしょう。
カーン ガルハースも闇の手に落ちたわけだな。

住民はガルハースに話が変わった時に、大きく首を横に振った。住民が言うには、ガルハースは、昔から住民に接する態度は変わらないこと。そして、住民全員が騎士としてのガルハースに向けての敬意を払っていることについて強く主張してきた。

ギリアム ガルハース・・・彼奴(あやつ)が・・・?にわかには信じられん・・・。
カーン しかし、ザスアルを滅ぼした軍勢の長(ちょう)には変わりない。オレは奴だけは許すわけにはいかん!
ギリアム まて、カーン、お主ガルハースが自分の部下を切り捨てたのは目にしたか?
カーン オレは確かにこの目で…いや待て…ガルハースの騎士団の多くはザスアル王城を早々に目指していた…部下の多くは妖魔どもとの戦いで散っていった…では奴は…

アルフレッド一行がデムニアでのスレイアールの現状を知ることとなった頃、ローレイスの使わした早馬が帰還し、ザンスロン公の容体をローレイスだけではなく、アリエンゼス女王の耳にも入ることとなった。

アリエンゼス あのザンスロン公が・・・。このままではモーリスタティアへの侵攻を止められるだけの剛気な力を持つものがいなくなったと言うことではないか。そこにあってガルハースの停戦の申し出・・・。私は臣下を振り回すことしかできないのか。この窮地を救えるだけの統率力を持つ者を私は1人しか知らぬ・・・。ローレイスよ、また貴公には無理を強いらなければならないことをどうか許してほしい。

アリエンゼス女王の意志がローレイスの耳に入った時、自分への絶対なる信頼を女王よりいただいていることを感じ、ローレイスは滂沱(ぼうだ)の涙を流した。

ローレイス 陛下・・・このローレイス、これ以上の幸せはありません。必ずや陛下の期待にお応えいたします。皆のもの、よく聞け。これより、私は本国からの騎士団と西の砦の戦士団、それぞれ一個師団を率いてモーリスタティア北の砦へ向かう。この西の砦の守護は、騎士団長、貴殿に一切を任せる。決して油断をするな。頼んだぞ。北の砦へは明朝速やかに向かう。モーリスタティア遠征部隊の各自は進軍の支度を済ませろ。リーデランド王国の力、スレイアールへ大いに見せつけようぞ。

モーリスタティア王国北の砦では、その昔、闇の神デームの信仰に傾倒した魔術師がいたことが伝わると、使い魔を通じてルークスにもそのことが伝わった。

ルークス 皆さんにお伝えしなければならないことができました。端的に説明します。その昔、モーリスタティアに1人の有能な魔術師がおり、そのものが闇の神デーム信仰に傾倒し、魔術協会にある禁断の魔術書を持ち出したものがいたようです。もしそうであれば、数多くの魔術書から生ずる魔力をその身に取り込んだものがいて間違い無いでしょう。
アルフレッド では、もしかすると・・・。
ルークス アルフレッド、あなたの想像に相違ないでしょう。その魔術書がサルーデンの手にあるとするのならば、あの強大な魔法力にも説明がつきます。
ギリアム あれだけの妖魔どもを操れるのもうなづける。結局、ザスアルを滅ぼしたのは全てサルーデンの仕業ということか。
ルークス 私の推測が正しければ。ガルハースの進軍は本意ではなかったものであったとも考えられます。
カーン では、本当の仇はサルーデンということか・・・。

その時である。住居の扉が激しく叩かれ、スレイアールの兵と思われる者の大声が聞こえてきた。住民が怯えながら扉を開くと、そこには紛れも無いスレイアールの兵の集団が侵入してきた。アルフレッド、カーン、ギリアムが武器を手に取る前に、スレイアールの兵の後ろから一際大きな詠唱が聞こえてきた。一行が立ちあがろうとすると、意識が朦朧として一人一人とその場で意識を失っていった。兵の後ろにいた魔導師による意識消失の呪文が仕掛けられたことで、一切の抵抗ができなくなったのである。兵士は一行を担ぎ出し、住居から引き摺り出した。一行が目覚めた時、そこは暗い牢屋であった。

ギリアム ここは・・・そうかしてやられたな。
カーン いきなり意識を失ったと思ったら、どういうことだ。
ルークス うう、どうやら意識喪失の邪悪な魔法により、スレイアールの王城の地下に幽閉されてしまったようです。私がもう少し早く魔導師の存在に気がついていれば・・・申し訳ございません・・・
ヴァイス んー・・・わたしもまだ、意識がはっきりしていません。
カーン おい、アルフレッド。起きろ。
アルフレッド うっ・・・。
カーン しっかりしろ、いつまで寝ている気だ。
アルフレッド ここは。一体・・・。
ギリアム 囚われの身になってしまったようじゃ。
アルフレッド そんな・・・

場所はモーリスタティア北の砦に移る。ローレイス率いるリーデランド王国の遠征軍がモーリスタティアに到着し、モーリスタティア王国軍の司令官より、ローレイスへ状況を伝え、その指揮を願い出た。

ローレイス モーリスタティア王国軍司令官より、直々に指揮を任されたリーデランド王国のローレイスである。先ほどバアルからの侵攻の先陣が北方より迫ってくるという伝令があった。全軍、砦の北面に鶴翼の陣を引け。スレイアールの軍勢を陣地近くまで招き入れ、全軍を持って討伐せよ。魔術師団は後方より、攻撃魔法による連続援護で迎え撃つ。良いか。手傷を負ったものは速やかに砦まで退避しろ。決して命を粗末にするな。我らの手に勝利を。

鶴翼の陣。自軍の部隊を、敵に対峙して左右に長く広げた形に配置する陣形である。単に横一線に並ぶのではなく、左右が敵方向にせりだした形をとるため、防御に非常に適した陣形である。

ローレイス 妖魔どもの軍勢で攻めてくるとは・・・スレイアールめ、あくまでも汚いやり方をしてくる。しかし、ここにはモーリスタティア、メルキア、そして我らがリーデランドの連合軍で迎え撃つ。この砦より先には一歩も進ませはせん。

そして、バアルより妖魔軍の先陣が到達し、ここにファーランド草原における大戦の火蓋が切って落とされた。

第七章 完


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