せき、ら、ら、

どうしても会社に行けなくなって、私は仕事を辞めた。

退職をするまで、本当は私は怠けているだけで、頑張れるのではないかと思ったこともあった。

でも、今考えても、どうやっても、無理なものは無理なのだ。

原因はいわゆる人間関係。

私が色んなものに過敏であり、過敏すぎるがゆえに、人に壁を作ってしまう。

普通の人ならば、きっと周囲に相談できることであっても。

その人が忙しそうにしていたり、本当にどうでも良さそうな一言が気になって、自分でなんとか解決しようとしていた。

いっそ、無人島に行って、一人で生きられたらと願うこともあったが、
野生動物と共存も戦いもできないし、そんな島のつてもない。

なんとかして人並みの暮らしをしたい。

とりあえず生活できるお金を、自力で稼げるようになりたい。
家から一歩も出ずに、仕事ができるようになりたい。

そんな気持ちで、noteも始めることにした。

私は、もうとにかく、人と付き合うことが嫌いすぎて、
上っ面だけで会社に行っていた。
最初から人が嫌いだったわけじゃない。
おそらく赤ちゃんの頃は、それなりに他人に興味があったり、
あやされたら笑っていただろう。

園児時代の連絡帳には「人見知りはするけれど遊びには積極的だ」
と書いてあった。
まだ、まともな人間だったのだろう。

小学校に入ったかどうかのあたりで、性的被害に遭った。
「それ」が何なのかを理解したのは高学年になった頃だった。
急に誰とも話ができなくなって、内心ではずっと混乱をしていた。
中学、高校と、通学時に変質者に遭う。これもまた違うパターンで、
しばらくはショックを受けた。担任や親に話をしたけれど、変質者を
捕まえるにはいたらなかった。
今も、「それら」は夢に見る。

私は人と違う。
クラスメイトの女子とは違う。
ジョークでも性的な話題を聞くことができない。
聞かれても答えられない。

男性がいる、背後に誰かが立っている、それらも私には恐怖だった。

19歳の頃に、カウンセリングを受けたけれど、
話そうとすると涙が出て嗚咽して、無駄にしてしまった。

大人になってからも、幼少期からの出来事がなかったら、
私はまともに生きていたかもしれないと思う。
もう、何度も、何度も。
一度死んでやり直したい気持ちだってある。

死ねなかったから、とりあえず何かしら生きる手段を
みつけたい。

赤裸々な話をしようとしたけど、
やっぱり文章ですら抵抗してしまうので、
細かい内容についていつか話せるかもしれないし、
できないかもしれない。

書いていることもつらいけど、とりあえず公開するよ。

わからなくていい。

私だって、わからない。

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