相手の気持ちを汲む、ということ。

仕事の時に、相手が求めるものを先周りして考えて、些細な雑用などを先周りしてやっていたことがある。

別に直接言われたことではないのだけど。
仕事の最中にちょっと不便に思っていたことを、解消したり。
下準備をしておいて、タイミングをみて声をかけたり。

それを続けていたら、私が先回りしていたことを
「あなたがやって当然」
といった態度に変わってしまった。

気がついたのが私なだけで、ほんの数分だれかがやればいいことだったのだけど。
誰かがやらなきゃいけない、でもやるのは面倒くさい。
一度もやったことがなく、「ああ、だれかやってくれないかな」と愚痴るだけの相手。やった後でお礼を言われたこともあるけど、当然と思われて押し付けられたら気持ちが変わってしまった。

相手の気持ちを汲むだとか、思いやるだとか。
そういうことは小さい頃に教わったりもしたけれど。
でもやるかやらないかは、自分が決めても良いと思う。

私は自主的にやっていただけで、本当はだれでもやって良かったのだから。
(ゴミ捨てとか、書類の整頓だとかそういう話)

話はかわるけど、道端で困っている人を助けたことがある。
別にほめてほしいわけではなく、明らかに困っているから、声をかけた。

二度と声をかけるもんか、と逆にトラウマになったケースもある。

某公共施設で車椅子の男性に、スロープで車椅子を押してほしいと頼まれた。
押した後、どこそこまでこのまま連れて行ってほしいと言われた。
その人の用事が済んだので、別れたら、なぜが「自分で車椅子を手で押して」後をつけられた。
たまたま知り合いの男性に出会ったので、雑談のふりをして、車椅子の男性がどこかにいくか、私たちがその場を去るか様子をみた。
結局、私たちが去った。
車椅子でスロープは大変だろうなと思ったので、その時は助けたが。
某公共施設内でも案内するのは、ちょっとおかしいとは思った。

この車椅子の男性とは、また別のところでつきまとわれた。
その数か月後に、彼がいろいろな人に迷惑をかけたことを人づてにしった。

稀なケースではあったと思う。

でも、車椅子の男性を助けることは、この日から躊躇する。
他の男性や、施設のスタッフを頼ると思う。

私が男性に苦手意識があり、私の良心を利用し、つきまとわれて怖い思いをしたから。
これが理由だ。

私じゃないといけない、ってことでもない。

最近みかけたSNSの話題で、思い出したこと。

思いやる、気持ちを汲むことを、押し付けられるのも嫌だったということ。

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