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低きスロープの悩み 〜使いどころと介護保険の扱いについて


前回、支持基底面が最大になる歩行こそ摺り足歩行であるというテーマで、それをあえて増やす方向性をお勧めしてみたのだが、それには、そのための環境を整えることが前提となる。

そんな時によく使われているのが、我々が敷居スロープとか段差スロープとか呼ぶ製品である。要するに斜めの板だ。
それを、段差となる敷居の手前にくっつければ、つま先は引っかからないから転ぶことも減るだろう、そういう思惑である。めでたし、めでたし。

甘い。

これはスロープなのだ。平面ではなく傾斜路、斜めなのだ。ということは、斜めのところを歩く、リスクのある状況を作っているということでもある。

例えば片麻痺の方を考える。
利用者さんの患側の足が内反尖足になった場合、短下肢装具(AFO:ankle-foot orthosis)を使うことを勧められる。これがあれば、かかとの角度を固められるので、振り回し歩行など、転倒リスクの高い歩き方にならなくて済む。
だが、これを装着すると、かかとを伸ばす方向への伸展が難しい。つまり、患側は水平に着地することは特に問題なく出来る(だから階段昇降もOK)のだが、傾斜したところへの着地は苦手なのだ。なので、一歩でまたげる範囲のスロープならまだしも、斜面が長くなると転倒のリスク要因になるといえる。

また、スロープの宿命として、斜面に並行の方向に重力による力を分割してしまうという問題もある。ベクトルの分割という概念があるのだが、身体にかかる重力に対して、接地面に角度がついていると、

勾配に平行に滑り落ちる力(R2)が!

のようになる。重力による力が、勾配に対して直角に押さえつける力R1と、滑り落ちる力R2に分割されるのだ。なので表面の摩擦がないと滑る

ちなみにこの概念、介護ベッドやリクライニング車いすにおける、ずり落ちの原理でもあります。このR2を相殺する力をどう発生させるか、ということの答えが、ずり落ち防止のためのモモ裏上げや、クッション前方のアンカーサポートだったりするのだけど、その話は機会を改めて。

ということで、歩行とスロープの相性は、実はあまり良くない。
なので、つまづき防止のためには、発生するこのデメリットも考慮して、どちらが上回るかを考えたうえでお勧めすると良いと思う。個人的には、一般的な敷居スロープの勾配が9°=1/5勾配程度なので、段差25mm=スロープ長さ125mmくらいまでが躓き防止での利用範囲かな、と思っている。そのあたり、勾配や斜面長さが違う製品もあるので、各自調整していただきたく。
それ以上の段差になる場合、我が社ではドア横に手すりなどをつけて転倒防止とする場合が多い。ええい面倒だ、それなら支持基底面を増やしとけ、というアプローチである。

逆に、ほぼスロープ必須な場面もある

それは、車輪を使った福祉用具を利用する場合。介助者にテクニックがあれば、車いすなら後ろのティッピングレバーと呼ばれる棒状のところを押し下げながら、ハンドルを引いて前輪をヒョイ、と持ち上げることが可能なのだが、シャワーキャリーや小径車輪の歩行器だと、そのまま敷居段差に向けて押していくと、そこでしっかり引っかかる。どのくらいで引っかかるかというと、経験上5mmでも止まる。10mmならしっかり止まる。

なので、そこは段差が小さすぎると既製品で対応できないため、角材の面を落としてスロープをつくって貼り付けたりする。

A この差で歩行器が使えたり使えなかったり

また、大きい段差についても、この場合はスロープ推奨になる。

B 40mmの段差です

なお、これだけ廊下側に出っ張ってくるところは要注意で、普通の車いすだとよくある芯々三間幅の廊下で、直進時には片輪が乗り上げることになる。なので側面も切り落としてある、などの配慮がされた材料が必要になります。

さて、上に挙げたAとBの2例の画像、どれが介護保険のどの制度を使ったものか、パッと見でお分かりになるだろうか?

1、福祉用具貸与  2、特定福祉用具販売  3、住宅改修 

 

実際の答え合わせは後でやるとして、上記AとB、制度の上では1から3、どれでも出来る。ややこしいことに。
というのも、給付抑制を叫ぶ財務省に詰められたからという話がもっぱらであるが、福祉用具貸与品のひとつだったスロープの一部が特定福祉用具販売との選択制になったからである。対象は置きっぱなしにして使うもので、今年の4月から急遽としてそうなった。なお、使うときだけ置くタイプは今まで通り貸与のみ。

こういうのは今まで通り貸与だけ

その対象になったのはまさに今回取り上げる段差スロープなのだが、実はこれ、2000年に介護保険が始まってから、しばらく貸与品ではほとんど見かけることはなかったのだ。テクノエイド協会のTAISコードをチェックしたら、介護保険が始まる時期から登録はあるのだが、どうも滑りやすい等の理由であまり使われなかった模様。

で、現在貸与品でよく使われ、重さも滑り止め機能もしっかりしていると定評がある、ダイヤスロープ【シンエイテクノ(株)】がTAISにいつごろ登録されたかを調べたら、平成22(2010)年9月。やっぱり、体感的にそこら辺から貸与が増えてきたよね。

 


そして、住宅改修でも段差スロープは設置できる。貸与品は一ヶ月あたり定額、住宅改修は費用負担は一度で済む、という違いがあるが、どちらも負担割合分だけの自己負担なので、長期に使うなら住宅改修がお得ということになる。それまでは、敷居廻りの段差解消はてっきりこっちの領域かな、と思っていたら、あれよあれよとこれが出てきたので、どうしたものかと思ったものだ。

だが先に述べたように、このスロープ、本当に利用者の身体状況に合っているかという判断が、実は難しい。なので、キャンセル不可の住宅改修ではなく、要らなければ返すことができる貸与品になったことはこちらとしては良い面もあると考えていたし、今もそう考えている。
そして、ずっと使うことになる場合、福祉用具屋さんには申し訳ないが、住宅改修で置き換える例もたまにあったし。

だが、福祉用具のスロープでは対応できないケースもある。たとえばこれ。

20cmくらい長くなりがち

トイレなど開口部が狭いところの場合、それに合う貸与品がほとんどない。なので、こういう部分は住宅改修のみ適合となる。また、トップ画像のように、そこに配線を通したいとか、そういった要望にも住宅改修なら対応できたりもする。

でも住宅改修は既に20万円使い切ってます、という方もいる。そういう場合は福祉用具貸与でも、購入でもいいし、もっと言えばホームセンターで安いやつを買ってきてつけても良い。

要は、ケースバイケースの嵐なのだ、この敷居スロープって。

そしてこの4月から、貸与品のスロープを購入でも使えるように制度が変わったことで、またひとつケアマネと福祉用具屋さんには頭痛の種が増えた。
これを貸与で使っている利用者さんに、半年おきに購入に切り替えませんか?と聞く任務(超訳)が課せられたのだ。さらにその選定には医療職による意見が必要になるとか。

厚生労働省の中の皆さん?お医者さんや療法士の皆さんに、絶対これ根回ししてませんよね?
自分たちがブラック労働環境なのはわかりますが、国民は上から言えば無料で動くと考えていませんか?あなたたち、たしか国民全体の奉仕者なんでしたよね?国家公務員倫理法の第一条、朗読しましょうか?

心の声が漏れています

不幸中の幸いと言おうか、住宅改修であれば、ケアマネもしくは市町村が認めた有資格者(福祉住環境コーディネーター2級保持の人とか)が専門性のある人間として理由を書くことが出来る。医療職の意見は要らない。

なので、うまいこと皆さんやって、無駄な負担を減らしていきましょうね。利用者さんは何も悪くないし、パブリックエネミーサーヴァントに負けず、頑張って参りましょう。

なお上記の答え合わせ、Aが3(住宅改修)、Bが2(福祉用具貸与)でした。そんなのわかるかーい!ってなるよね。




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