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たったひとつではない冴えたやりかた 〜車いすトラブルの背景考察 ③


①②からの続き。ではどうすりゃいいのさ編。


知識は荷物になりません、あなたのための懐刀!とは今田耕司や板尾創路もよく言っていたものだが、刃物はいきなり振り回せば怪我をする。

①では車いすユーザー側に足りない介助者負担の理解、②では健常者側に足りない障害者の権利獲得の歴史の知識について述べた。

では、それらはどのように調停されるべきかについて、リーズナブルアコモデーション(合理的配慮と訳される)という概念に照らしながら、聞いたことがあるような仮定の事例別に、その目的を見失わないようにしながら考えてみたい。いきなり実戦で大怪我をしないためにも。


A、エレベーターのない雑居ビル2階にあるレストランへの、介助車いすユーザーによるアクセスの拒否


まず、この車いすユーザーがそのレストランに行くのはどういう理由だろうか?大きくは、そこでしか食べられない料理を食べるためであろう。そうでなければ簡単にアクセスできないところに行く動機がないからだ。

加えて、「車いすを持ち上げて連れて行く」は介助者の健康を損なうため禁じ手とした上で(家族や友人たちが自発的にやることは止めないが、身体へのリスクは共通だよね)、合理的にその目的を達成するためには何ができるかを考えてみる。

解決1:店外で食べる

要は、ケータリングによる店外での食事である。以前は各店舗が配達要員を持つのは難しかったが、いまは都市部ではUber Eatsなどの配食サービスが使えるようになっている。
店が家から遠く配達圏外であれば、その圏内にある、自らがアクセスできるホテルなどで使えば良い。

だが、レストランでの食事は、食事だけを楽しむものでもないし、温度の微調整や美しい盛り付けができないと、お店で食べる食事とは似ても似つかないものになるかもしれない。
それもよくわかる。そのような希望があった場合は、メカの出番になる。いわゆる福祉用具である。

解決2-1:可搬型階段昇降機をつかう(ユーザーが準備する)

階段昇降機には、レールを固定し座面が上下するタイプのものもあるが、いわゆる雑居ビルの階段は避難路にもなるため、固定式の設置は困難だと思われる。

そのような場合に可能性があるのは、スカラーモービルに代表される、車いすごと階段を昇降するためのメカである。これはバッテリー式で、ユーザーが車で移動する場合は本体を積載できる可能性も高い。
また専用の車いすとのセットが基本だが、簡易型として椅子があらかじめ設置されているタイプや、任意の車いすに接続できるタイプもある(すべての車いすに使えるわけではないが)。
また、介助者がいきなりこれを使うことは難しいことから、貸与に先立って主たる介助者が使用法の講習を受けることが義務付けられている、変わり種でもある。


ただ現実的には、個々のお店にこれを常備しろと要求するのはコスト面で合理的配慮の範疇を超えるので難しい。しかし幸い、この機材は介護保険の福祉用具貸与の対象品なので、操作講習を受けた上であれば有償レンタルができる。

なので、これをユーザー側が貸与を受けて自動車に積載しておき、講習を受けた介助者が使うという方法が考えられる。

解決2-2:可搬型階段昇降機をつかう(地域で準備する)

ただし上記の案では、利用者の負担が大きいことは否めない。なので、もう一歩進めるなら、介護保険の福祉用具貸与の対象者を、個人に限定せず、保険者が判断した場合に限り、公益性のある事業者まで拡大可能にすることを提案したい。

これは、近隣のエレベーターが1台しかない14階建の中高層団地の改修のときに、スカラーモービルを利用していたケースにたまたま行き当たり、思いついた案である。
その団地では、命綱のエレベーターが使えなくなったために、上の機材とオペレーターのセットが1階で待機していた。
どのぐらいバッテリーが持つのか興味があったので聞いてみたところ、上まで3往復ぐらいはいけるとのことで、なかなかすごいなと思った記憶がある。

なので、例えばある地域に福祉用具のお店があるようであれば、これを1基常備してもらい(何らかの費用分担は必要だと思う)、近隣商店の希望者にはあらかじめ使用法の講習会を行っておき、ニーズに合わせて機材を借り受ける、といったような対応ができると、より多くの人に、エレベーターのない建物であっても、車いすユーザーによる利用の可能性を開くことにつながるのではないか。

そしてその利用コストは、介護保険の自己負担分だけ日割りで利用者が負担する形とするのはどうだろう。ただ、ケアマネさんが泣くことは必定だから、可能なら介護保険と切り離した方がいいのか、この項はまだ妄想の域を出ないが、経費の落とし所が悩ましい。
でも、そのような道具があり、それでしか解決できない場面があったことは知っておいてほしい。


B、新幹線停車駅の隣の無人駅近くの神社まで行くため、その無人駅での階段昇降支援を要請した電動車いすユーザーに対する、鉄道会社からの拒否


このユーザーの場合は、新幹線停車駅の隣駅からほど近い、神社まで行くという目的のために、そのエレベーターのない隣駅で、電動車いすを利用して降車したいと交渉していた。でも、目的は神社に行くことであり、隣駅で降りることは手段のひとつにすぎない。

駅などの公共交通機関の拠点は、バリアフリー法により、数値目標を定めた上でバリアフリー化を推進することになっている。令和3(2021)年度からの計画では、これまでの平均利用客数が1日あたり3000人以上という基準が97%の進捗をみたことから、さらに優先順位をつけた上で、2000人以上の駅まで対象を拡大している。

ところが、このケースでの無人駅のそれは1100人程度であり、法的にはエレベーター等の設置義務がない。そこで移動の自由、駅への自由なアクセスの権利を主張した車いすユーザーの要請は、いまの法に沿って考えれば合理的の範疇を超えていると言える。では、どのような解決があっただろうか。

解決1:新幹線停車駅から車いす利用可能なタクシーを使い、神社に行く

実はその神社は、駅から結構な坂道を登って行かないとアクセスが難しく、電動であってもバッテリー消費は激しいと思われる。つまり神社までのバリアとなっているのは、無人駅の階段だけではないという隠れた問題があった。
そこで合理的に考えるならエレベーターが完備された新幹線の駅から在来線1駅+ αの距離をタクシーで移動し、境内の手前で降りるのがベストだろう。1時間に2本程度の、在来線への乗り換えや待機時間が不要になる分だけ移動時間の節約にもなるし、車いすユーザーでなくても、この選択が良さそうに思われる。ちなみに障害者手帳を持っている場合、利用料金も1割引になるとのこと。

解決2:電動車いすを乗せるタイプの階段昇降機を使う

先の可搬型階段昇降機は、50kgほどの重量になる電動車いすに加えて人の重量を支えることは困難である可能性が高く、他の手段を考える必要がある。

幸い鉄道駅には、売店の売り物や自販機飲料などの運搬ニーズがあり、そのバリアとなっている階段も直線的で幅もそこそこ広い。その問題の解決のため、階段昇降機能を持つキャタピラ式のリフトをすでに持っている。勾配に対して荷台が平坦になるから、その高さまでどのように移動するかさえクリアできれば、車いすを乗せるにも都合が良さそうである。

というわけで、これを応用した形状のステアエックスのような、200kg程度の積載が可能な階段昇降車が既に存在する。そのリフトを電車内に持ち込める段取りができるのであれば、要請があったときにあらかじめ主要駅から、その駅に機材と職員1人を派遣して、階段昇降の支援をすることは、合理的な支援の範疇でできるのではないか。
ただし、かなりかさばる機材のため、その駅間移動の際に車内スペースを埋めてしまうことに対しては、何らかの解決が必要だと思われる。


解決3、新幹線駅から無人駅の隣の神社前バス停まで、バスを使う

新幹線駅から神社前まで、1時間に2本、循環バスが走っている。ノンステップもしくはワンステップバスに統一されているので、ドライバーにスロープを設置してもらうことで電動車いすでの乗降が可能になる。隣駅から神社までの距離も稼げるので、バッテリー消費にも優しい。
まことに、あっさりとした解法である。


正直に自分の印象を書けば、このケースが炎上したのは、車いすユーザーが主張する、建前の目的と真の目的が乖離していたことにあると思う。
法律の基準をもっと上げろ、と主張するのは良い。だが、この隣駅にバリアフリー設備が足りなくても、このゾーンでの移動の目的はひとまず達成できるのだから、優先順位が下がるのは致し方ない、というのが個人的な見解である。

C、車いす区画のある映画館で、自走車いすからリクライニングシートへの移乗介助を要求した車いすユーザーへの、映画館側からの拒否


この問題は、介助者の持ち上げ負担が過大になるだけでなく、実は非常時の避難の問題も絡む。映画館のスタッフは万が一の時に速やかに避難誘導をしなくてはいけないので、その時に人力介助が必要な状況をあえてつくると、対応が極めて難しくなるだろう。
羽田空港での旅客機火災もまだ記憶に新しい。このケースでは車いすユーザーが、万が一の時にあの燃え盛る炎の中に見捨てられた犬と、同じ扱いになってしまいかねない。それは誰も幸せにしないのだ、親切な映画館の職員も含めて。

といわけで、ここではユーザー側が介助者を同伴する以外の、人力での移乗支援はナシ、と判断する。では、快適な映画鑑賞のために、この車いすユーザーがそれに適した環境を得るにはどうしたら良いだろうか。

解決1-1、チルトリクライニング車いすで、車いす区画で観る

そもそも車いすは車のついた椅子であるが、軽量化や移動のしやすさを優先すると、椅子としての機能がおろそかになりがちだ。でも、介護保険が始まって25年経とうとしている日本での、車いすの椅子としての進化は侮れないものがある。

たとえばこれ。名前が世紀末覇者風味でカッコいい。

日進医療器(株)座王X(エックス)シリーズ

安楽に映画を観たいいうことであれば、車いす席の後方にスペースの余裕がある前提だが、これがベストだと思う。常にいつでもどこでもリクライニングが可能であるからだ。
最近のリクライニング車いすはチルト機能(座面が後方に傾斜する)もあって、リクライニングだけではシートからずり落ちる物理特性をカバーしながら、かなり精密に体圧を分散したシーティングができる。ちなみに介護保険であれば、原則要介護2以上で、これもレンタルが可能である。

障害施策では補装具の支給の枠を使うことになるだろうが、安定した座位を長時間取ることが難しい人なら、こちらの車いすを要望することが最も合理的に思える。

解決1-2、映画館がチルトリクライニング車いすを貸し出し、車いす区画で観る

先の提案には、実は行政の壁が立ちはだかる。車いすユーザーさんの日常生活にリクライニングやチルト機能が不要と判断された場合、障害給付が受けられないのだ。

そこで、先の提案をもう一つ進めて、シネマコンプレックスには1台、そういった高機能の車いすを準備し、予約制で貸し出したらどうであろうか?

自分の車いすからの移乗には介助者が必要であっても、フロント周りでなら可能であろう。上映時間に追われないから時間の余裕もたっぷりある。
その方に対してのフィッティングができる職員がいるかどうかが、付随する問題になるだろうか。
また貸し出し中の時間、様々な装備が施されたその方の車いすをきちんと保管することも必要になるので、一般客と隔離されたそのための空間は確保しないとならない。

でも、車いすユーザーでも安心して使える映画館という広告効果も期待できるし、現実的な解決策は、この辺なんじゃないかと思う。

解決2、車いす区画の横に、スライド移動できる配置かつ跳ね上げの肘掛けを装備したリクライニングシートを設置する

上肢がある程度動き、体幹がしっかりした人なら、スライディングボードなどを使って、水平に座面から座面への移動はできるかもしれない。リクライニングシートを使いたいなら、自力で車いすから移動できる環境を作っておくのはあり、だ。
その際には、体重を支えられる肘掛けや、車いすとシートの間の肘掛けは可動にしておくこと(車いすの肘掛けも取り外しか跳ね上げ必須)、車いすをできるだけ近くに置けるような空間を確保することなどが必要になる。そういった設計をする施設があってもいいと思う。


以上、既視感のある3例について考えてみた。いわゆる福祉用具の助けを借りると、白か黒みたいな極論でなく、その中間領域を狙えることがなんとなくでも理解されると、福祉用具プランナーとしても嬉しい。


ちなみにリーズナブルアコモデーション、とあえて上で書いたのは、配という文字の持つ、おもんばかるというニュアンスを消したいがためである。アコモデーションという単語にはそもそもそういった意味はない。
英語では、淡々と双方の落とし所を合理的に追っかける、みたいなそんなニュアンスである。ここではお気持ちは忘れろ、双方とも。喧嘩はやめて。

ちなみに合理的配慮の「慮」について、考えた記事はこちら。ここに至るまでの思索も、参考にしていただけたら嬉しい。


どちらも何がしたいか、何ができるかをきちっと伝えて、そのお互いの思想や感情をできるだけ切り離して、合理的に解決を導く技能が、要らぬトラブルを避けつつすべての人が暮らしやすくなるために、これからもっと大切になると思う。
いわゆる健常者にとっても、障害者は未来の自分である。そのメソッドや経験を学んでおいて損はない。

また、可搬メカ機材や福祉用具の進歩が、問題をカバーできる部分が以前より増えているし、公共部はバリアフリー法の進捗が大きく効果を発揮している。ただし、そのような機材や環境があっても、それだけでは存在する隙間を全ては埋められない。

そのエアポケットを埋める知識や経験を持つ専門職として、福祉用具関連の資格者をうまく回すことができると、もうちょっと様々な人が暮らしやすい街になるんじゃないかなと考えたりする。
そのリソースはあるんだよね、そういう意味では。

そしてこの項には永遠に終わりはなく、それぞれのケースで、それぞれがより良い落とし所をご検討いただければ幸いであります。
その思考こそが「合理的配慮」、この一連の文章はそのために書きました。


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