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普通列車でいこう (上)

昔の話をしよう。
大学一年生の夏休み。
まわりは実家に帰るなどしていたが、当時の私は帰省は絶対にしないと何故か意地をはっていたので、ひとりで過ごしていた。
不毛な時間を共有するような友だちもいなかった。
暇だったので、旅に出た。

一日目

金沢駅から東京行きの新幹線に乗る。詰まったリュックが少し重い。
メモ書きを残していく。
素早く動く景色の向こうがわで光芒の下で工場のケムリがモクモク。
デジャヴ。
長野駅、ホーム下を駅員が歩く。幽霊じゃないよな、あれ。
軽井沢駅を過ぎる。天気が良い。
トンネルばかりで眠いので小説を読む。小説というか、沢木耕太郎の深夜特急だ。トンネルに入っては文に目をやり、ちらりと光が見えたら、少し外を見る。たまに見える小さな町は夏の田舎町という風情だった。
もうお盆も過ぎている。
高崎駅、ミキがいるかもしれない街。意外と田舎だな。
視界が続くようになり、遥か先に山は見えない。
東京に近づいているんだ。
連なる鉄塔の向こうに、大都会が待っているのか。
田端駅と坂とフェンスが見える。
東京駅に着く。まだお昼まえだ。
駅構内にて「北海道&東日本パス」というのを買った。青春18きっぷのようなもので、これがあれば日本の上半分の普通列車が乗り放題となる。
飛行機に乗るため、成田空港行きの電車に乗った。
もちろん普通列車である。これから鈍行の旅が始まるのだ。

列車内の光景。
日焼けた少年に麦わら帽子の爺さん。短い日差しが突き刺す車内。
これは夏の景色である。
へろへろに疲れて成田空港に到着。3行しか書いてないが2時間ほど電車に乗っていたのだ。ターミナルに行く前に少しぶらぶらしていると「スミマセン」と声をかけられた。困り顔の若い男性だ。一挙手一投足が丁寧で謙虚な感じがする。ここに行きたいとスマホの画面を見せられたが、文字から察するにインドかフィリピンあたりの人かな?とりあえずインフォメーションまで連れて行った。そのまま去ろうとして背を向けたが、足を止めた。何もわからない異国の地に来て、そこからどうして良いかわからなくなって、怖いのに勇気を出して声をかけてくれたんだ。しかも僕に。自分が彼みたいな状況になったらどう思うだろうか。心細いだろうな…。結局彼の元に戻り、スタッフと話している彼を見守った。だが中途半端な距離にいたせいだろう。
少し怖がられていた気がする。
「OK?」と聞くと、「アァ…アリガトウ…」と言われた。「アリガトウ」というならもういいだろう。別れのジェスチャーをしようとして、私は笑って右手でヨッと挨拶するような動きをしたが、手刀でもされると思ったのか、彼はちょっとビビっていた。
怖がらせてばかりだな。
飛行機に乗る。新千歳空港まで飛ぶ。通路を挟んだ隣に外国人の女性が座っていて大声でなんか話しながらうちわを仰いでいる。とてつもなく暑そうだ。どぎつい香水の匂いがストレートに飛んでくる。Wao〜。CAの人が女性に英語でペラペラと話していた。「かっこいいナリ」とぼんやり思う。左隣に座っていた同い年ぐらいの男の子は「ノルウェイの森」を読んでいた。
少しこわかったが何とか飛ぶ。通路側の席でしかも翼の位置だったので窓の外はよく見えなかったが、たまにちらりと見える空は青かった。空は青かった。あたりまえだろうか。
狭い座席で一寸寝たつもりだったが、相当グッスリしていたらしい。
目が醒めると直ぐ着陸準備に入った。
着陸手前、急に変なモーター音がして非常口の表示がポーンと光る。若干機内が騒ついたが何とか着陸した。北海道に着いたのだ。
予定白紙の私を迎えたのはでっかいどうのどでかい入道雲だった。
さてこれからどうしようか。

とりあえず苫小牧まで行ってみる。今日は小幌駅に駅寝する予定なので苫小牧駅のファミマでたくさん食い物を買う。
もう夕方で意地を通さなければここで泊まりたいぐらいだ。体は重い。マスクも苦しい。
ヨタヨタと駅へと歩く。
小幌駅には仙人が住んでいる。これは比喩と暗喩の間であった。何もない駅のそばにあるボロ小屋や少し降りたところにある海岸のテントで何十年も生活をしていたらしい。どのような経緯で自らそこに住むことになったのか、詳しいことはわからないが、余計な詮索をするつもりはない。
人にはいろいろある。
仙人はもういない。

小幌へ行きたかったが最終列車がお隣の礼文駅までしか行かなかったのでそこで駅寝する。
小さい駅舎。トイレはボットン。ソファがあるとか聞いていたがもう撤去されたようだ。
迷いこんだ五月蝿い虫がブンブン鳴いていた。殺すのも可哀想なので追い払おうとしたが惜しいとこまで飛ぶばかりで全く外へ出ない。
どれだけ格闘が続いただろうか。懲りもせず延々と鳴いている。
泣きたいのはこっちだよ。
ふと一瞬、単位もつかないほど僅かな一瞬、「もういいか」と思った。気づけば紙で虫を潰していた。ぐしゃっとなって床に落ちる。ピクピクと動いていたが直ぐに止まった。あれだけ殺生はしないとこだわっていたのに、あっけないな。
ごめんな、と心の中で呟いて、椅子に座った。これでもう安眠できる。そう安堵したのも束の間、こんどは貨物列車が途轍もない轟音を撒き散らしてホームを通過していった。駅舎が揺れるほどだった。しかもこれが夜明けまで30分に1回続いた。一睡もできなかったよ。
礼文駅の夜は、まさに地獄であった。


二日目

暁ぐらいの時間に外へ出る。駅前で写真を一枚撮った。

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本当に8月なのかと言うほど寒かった。
朝6時に礼文を出る。朝の光と静かな海。みんな動き出そうとしている。途中、学生が多く乗ってくる。一両編成の小さい車内で皆が席に座る。残りは自分の周りしか空いていないのに誰も座らなかった。別に気持ちは分からなくもない。いつもの朝に訳も分からん頭の爆ぜた男がいたら私だって遠慮するね。その後どっかの老夫婦が自分の隣に座った。一切寝ずに礼文を過ごしたので頭も重く、身体も重い。すごく眠いときって脊髄のフラフラする感じがする。約2時間半、狭い狭い座席でじっと動かず眠っていた。
修行の礼文駅に泊まったおかげか大体の街が都会に見えるようになった。
北海道の雄大な大地にはジャコメッティ作品のような木々たちがななめに屹立している。
本州出身の俺からすれば奇妙だね。
札幌に着く。陽射しは夏だが、吹きつける風は冷たく涼しかった。予約していたホテルのチェックインまで暇だったので、北海道庁の敷地内にある林のなかの池のほとりで、木のベンチに座って寝た。程よく涼しくて気持ちよかった。木々のざわめきや日なたぼっこをする合鴨も良かった。
その日はホテルのベッドで、昨日の不眠を取り戻すように寝た。
夢も見なかった。


つづき↓


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