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命がけで海外に渡った人たち⑧ 沢木耕太郎 深夜特急

私が大学を卒業する直前、少なくない同級生が卒業旅行として海外に旅立ちました。
それが羨ましかった。私はぎりぎりの仕送りしかもらえず、アルバイトで稼いだお金は生活費に回していました。もちろん海外旅行などは夢のまた夢でした。

会社に入ってからは、はやく海外旅行に行きたいと思っていました。

その時読んだのが『深夜特急』でした。

作家・沢木耕太郎による紀行小説です。

この作品は、産経新聞に途中まで連載された後、1986年5月に1巻・2巻が、1992年10月に最終巻(第3便)が新潮社から刊行されました。ずいぶん時間がかかっています。

この旅行記は、たくさんの若者を海外に誘ったはずです。私もその1人でしたから。26歳の彼は、インドからロンドンまで、一般のバスに乗って旅行する。

詳細な計画を立てずに、おもしろかったらそこに長逗留して、現地の人たちと交流する。こんな旅をしてみたいと思わせる内容でした。

香港、バンコク、ペナン、カルカッタ、カトマンズ、ベナレス、デリー、イタリア、イギリスなど、様々な国や地域を訪れます。彼の旅は約1年にわたって続きます。

香港~ロンドン 約14時間
深夜特急の旅 1年

手元に本はありませんが、いまも覚えているエピソードがあります。

マカオのカジノ船で大小というギャンブルをやります。あやうく持ち金をなくしかねます。しかし、サイコロを回す機械の音の違いに気がつき、掛け金を取り戻す。まさに起死回生。

彼は、クレジットカードなど持っていませんから、旅行中断のぎりぎりに追い込まれた瞬間でした。

私も、同じようにマカオに行き、カジノ船に乗ってみました。実際金も賭けましたが、ごく少額。全部スってしまいました。

香港とマカオでの記述が強烈に記憶に残っていますが、他にも思い出したくなる記述にあふれています。何回も読んだせいか、まるで自分が経験したような錯覚さえしてしまいます。

自分の旅をめぐるエッセイ「旅する力」(新潮文庫)によれば、旅行に出発するとき、21人から餞別をもらったそうです。

さらに、出版したばかりの「若き実力者たち」などの印税など70万円があり、そのうち60万円をトラベラーズチェックに変えました。意外とお金を持っていたのです。

ショルダーバッグの中には

パスポート
トラベラーズチェック
現金
航空券
カメラ
下着類
抗生物質
筆記具メモ類
トイレットペーパー

などが入っていたと書かれています。
「旅する力」(122~126P)

「深夜特急」には、これから始まる旅行に対する不安などは書いてありませんが、この持ち物を見ても「万が一のことが起きるかもしれない」と考えていたことが分かります。

旅行中、大きな病気になったこともなく、持ち物を盗まれたこともありませんでした。

そうそう本も3冊、携行していました。

中国の詩人「李賀」の作品集を持っていたのは覚えていましたが、他にも「星座図鑑」「西南アジアの歴史」を持って行ったんですね。

その後も沢木耕太郎の本は数多く読みましたが、スタイルにこだわる生真面目な姿勢は変わりません。

いま私は会社を離れ、時間ができました。60万円程度は旅行に使える気もします。でも、頭でっかちになっているので、こんな純粋な旅行はとてもできないでしょう。

ちなみにこの本は、累計で600万部も売れたそうです。

ソーシャルメディアなどの発達もあり、世界のどこであれ表面的なことは簡単に分かってしまいます。グーグルアースで地球をクローズアップで見ることもできる時代です。

知らない国に行く、思いがけない体験をするということに多くの人が鈍感になってしまっている気もします。この本が今後も売れ続けるのか、気になります。

最後に、沢木耕太郎が「旅する力」の中で、こう書いています。1年間の旅を経て「自分が無力である」ことを学んだというのです。

そのように頑張ることができるのも、もしかしたら自分の無力さを深く自覚しているからかもしれないのだ。そこからエネルギーが湧いてくるからかもしれないのだ。
私が旅という学校で学んだのは、確かに自分は無力だということだつた。しかし、それは、新たな旅をしようという意欲を奪うものにはならなかったのだ。

345p


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