愛情の表現方法はパートナーによって変わる

寂しいな。私はよく寂しくなる。誰にも見られてない気がする。世の中、こんなに沢山の人がいて、みんな忙しそうに、また楽しそうに働いている。私はと言うと……夢らしい夢もなく、毎日炊事をして洗濯をして、少しだけ仕事をする。

誰かにギュウと抱き締められたい。でも誰かじゃないな、出来れば好きな人。好きな人はどうすれば現れるのか。誰もわからないし、教えてくれない。


あんなに疎ましいと思っていた母が亡くなってから、余計に寂しいと感じる。仕事ばかりしていた母が、父が居なくなってから、愛情の矛先を私に向けるようになった。私に執拗に構ってくる。私は夫や子供の世話で毎日バタバタしているが、母はお構いなしに電話をかけてくる。その内容は大抵買い物に付き合え、というもので、お願いというよりは、もう既に決定されている事項である。何時何分の電車に乗るから、貴方も途中から乗り込んで来て、と、こちらの都合は全く気にしない。母が行きたいと決めたら、私が必ず付いてきてくれる、母はそう思っているようだった。

父が亡くなるまでは、母の視線は父に向けられていて、私なんて居るのか居ないのかわからない存在だった。

 

男と女の関係は、その組み合わせによって、その人の愛情の表現方法が変わるような気がする。



母は愛情表現が下手だったようで、母はいつも父に喧嘩腰に話し、父はそれに反応する、そんな夫婦関係だった。なので最近まで私は、父と母は仲が悪いと思っていたのだが、私自身年をとり、母の立場に近付いてくるにつれ、あの毎日喧嘩腰に会話する二人が、あの夫婦の、特に母の愛情表現だったのではないかと考えるようになった。

 

私と夫の場合、私が我が儘を言い、夫はそれを何も言わず受け止める。私が出来ないと言えば、夫は納得して、自分の出来る範囲でフォローしてくれる。

 

ある時、私と結婚する前に付き合っていた彼女と結婚したら、どんな風だったと思う?と夫に聞いた事がある。そうしたら、もし彼女と結婚していたら、彼女は多分我が儘は言わないだろうし、出来ないとも言わず、きちんと家事をこなしていただろう、と言っていた。その場合の貴方は?と聞くと、今と違って、気に障れば怒ったり、喧嘩をしたりしているかもしれない、と言った。そうかもしれない。夫は私には怒鳴らないし、喧嘩になることはない。

 

逆に私が夫ではなく、その前に好きだった彼と結婚していたらどうだろう、と考えた。多分私はきちんと家事をこなし、彼に負担をかけないよう気を使っているような気がする。彼は私に、いつもありがとう、助かってるよ、などと言ってくれるに違いない。彼は気持ちの表現を素直にしてくれた。

 
どのパターンが幸せなのだろうか。今の夫は私に怒らないし文句も言わないが、その分何を考えているのかわからない。我慢しているのか、気付かないのか、本当にさっぱりわからない。だとしたら、気に障れば怒ってくれるほうが、もしかしたらすっきりするのかもしれない。

母のように感情を父にぶつけ、心に不安を貯めない方法は、本人は気持ち良い筈だ。けれど父の性格を考えてみると、元々父は優しく、激しい性格ではないので、母に対して怒鳴ったりしなければならなかった結婚生活は、もしかしたらしんどいものだったのかも、と思う。

 

お互いありのままで居れる相手が、やはり一番しんどくない筈だ。上手く付き合いたいと考えて、一生懸命相手のテンションに合わせていると、いつか息切れする日がくる。

その前に、ありのままの自分てどれだろう、って事を、今は一生懸命に考えている。

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yokko

短歌や詩、エッセイを書いています。 親としての葛藤や反省、自分の親との関係、そして恋愛のこと等書いています。各賞に応募したものは、削除していきます。神戸在住。

essai 

心のもやもやを書いています。
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