バスの運転手さんがくれた無言のやさしさ
先日、3歳の姪っ子とバスに乗る機会があった。
「洋子ちゃん先に行って」と言うので、先にバスから降りて後ろを振り返る。姪っ子はひとりで乗車口の階段を降りようとしている。
「プシュー」
急に空気が漏れるような大きな音がした。運転手さんがバスの高さを下げたのだ。彼女が降りやすいように。
そのことに姪っ子は気づかない。ただ一心不乱に階段という名の崖を眼下に見据えている。
一段の高さは彼女の身体の3分の1はあるだろうか。もちろん大人のように、すっすっとはいかない。言葉通り身体全体を使って、崖の大岩に立ち向かっているかのよう。
1段ステップを降りるたびに、背負っている少し大きめのリュックの底が、ガコンガコンと床にぶつかっている。
ただただ一生懸命で真剣な彼女の後ろ姿を見ていた運転手さん。彼の顔がほころんだ。
周りを笑顔にする。子どもの力はすごい。
きっと私たちも同じだった。私たちが小さかった頃だって、こうやって大人から無言のやさしさをもらって生かされてきたのだろう。気づいていないだけで、たくさんのあたたかい眼差しが注がれていたのだ。
もちろん大人とはいえ、常に子どもに対してあたたかく見守れるわけではない。エンドレスのわがままに疲弊するときもあるし、いつだって自分の気持ちに正直に生きる姿に嫉妬してしまうときもある。
ただ、自然と柔和な表情になって愛おしく見守っている運転手さんを見れたことは、私をうれしい気持ちにした。
大人になると笑顔になることさえ恥ずかしく、幸せそうな表情を他者に見せることができないときも増えていく。
笑うことが少ないかもしれない勤務中に、ちょっとでも笑顔になれる瞬間があってよかった。そう思った。
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