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『ドゥダライ』他/ディマシュの声、11才から29才

(Dimash 23)
(11,294文字)
(第1稿:2023年9月16日)



【飛蚊症を(ちょっとだけ)発症したので】

 去る8月22日、合計で約4万8千文字の感想文(『The Story of One Sky』の感想文①~⑤)を投稿しましたが、この時、数日間にわたってこれを校正したり訂正したりしてPC画面とずーっとにらめっこをしていたためか、もともと弱い左目が軽い「飛蚊症」を起こしてしまいまして。
 しばらくバックライトの白い画面を見るなってことで、とりあえず安静にしておりました。そのため、投稿が少し間延びしてしまいました。
 何か書きたいけど、どこかに不具合があると、やっぱ妄想なんて早々浮かばないもんなんだなと思いました、ハイ。


【ディマシュ、中国にあらわるの巻】

 そのような夏の終わりを迎えつつあった9月4日、突然、ディマシュが中国の空港にあらわれた動画がインスタに大量に上がり始めました。
 中国でのイベント出演のために来たらしいのですが、空港で中国のdearsにサインをしているディマシュが会話の中で「CDを作ってる」と言い、さらに「中国には1カ月滞在する」とも言ってまして。
 さらにさらに、ディマシュがインスタに「近々大きなニュースを発表します」とも投稿しまして。
 さあ、これらのどれがそのデカいニュースなんだ!?
 それとももっと別の大きな動きがあるのか!??
 いつものとおり要領を得ないディマシュの発言のため、さっぱり推測できず、とはいえ契約の都合もあるだろうし、スパッと言えないのはディマシュも心苦しかろうと思うけど、またまた「very soon」じゃないかってことで、dearsがちょっと混乱してます。私もだけど。

 それはともかくとしてですね、ディマシュはこの中国のイベントの舞台で、歌を少しだけ披露しました。
 これがもう、私的にはちょっと驚天動地の状態でして。

 なので、それを検証すべく、最近ネットに上がった彼の年代別の歌から、ディマシュの声と歌の進化をちょっとだけ、たどってみたいと思います。


【ディマシュ11才の歌、『黒い瞳』】

《発表会で歌うディマシュ少年》

 8月10日頃、ディマシュはインスタグラムにて、自分が11才の頃に学校の発表会で歌った歌を投稿しました。
『Omir』のMVの前半、32秒あたり、黒いベストにズボン、ピンク色のシャツに蝶ネクタイで歌う少年ディマシュの姿が一瞬映りますが、この時の実際の記録映像です。

■ 動画①:インスタグラムより、『黒い瞳』を歌う11才のディマシュ
kudaibergenov.dimash(ディマシュ公式) 2023年8月10日付
ディマシュの解説:
「連休前夜、アバイ祖父(詩人アバイ・クナンバイウル)の「黒い瞳」を歌った11歳の頃の思い出です。アクトベ市立フィルハーモニー付属の音楽学校「サズ」児童塾の生徒でした。」


 一聴して、やはり驚きますね。
 声の美しさと、声のダイナミクス(強弱)の幅に。
 特に、2番の前半で最高音に上がっていく時の、声の圧力と、鼻腔や額に声が共鳴している音響のすさまじさ。
 見た感じでは、それほど力をこめて息を強く押し出している風ではないのに、ピアノからすんなりとフォルティシモになり、フォルティシモから自然にピアノに戻っているのです。
『Singer2017』の番組で、ディマシュと一緒に出演していた歌手のサンディとテリー・リンの両名が、ディマシュの呼吸のメカニズムについて「スムーズ過ぎる」と感嘆していましたが、11才の時からすでにそういう状態とは。

 それから、まだ子供ですから、歌がものすごく上手いわけではないのですが、やはりディマシュの声の色、おそらく何も意図しなくても、声を出して歌うだけで、うっすらと悲哀が漂ってしまう感じがすでにあります。
 歌の最後のコーラスの、フェルマータで伸ばしてから次の音ですっと息を抜くところ、それを、うっすら悲哀の漂うあの声でやるんですよ。
 もうね、うわあってなります。
 うっすらというのがまた良くて、ガッツリだとそうでもないかもだけど、うっすらだから余計に切なくて、ハートをつかまれてしまいます。

 また、子供は、声が出るのなら大きな声で歌う方が楽なはずなのですが、ディマシュは曲の要所要所で小さな声、ピアノやピアニシモを多用しており、しかもこのようによく響くピアニシモは、子供にしては珍しいのではないかと思います。
 このピアニシモがあるため、高音でのフォルテシモが映えるのですね。

 地元では、当時この子供音楽学校「サズ」に声の綺麗な子供がいると評判だったそうですが、まさに評判にならないはずがない、素晴らしい声です。

(『黒い瞳』歌詞・英語訳)

The apple of my eye, the soul of my soul.
The wound of love inside will not heal.
A Kazakh sage, a wise old man would never say
there exists a human being like you.
I shall weep, I shall sing, pourig out tears.
When the time comes to speak, words for my beloved are ready.

(『黒い瞳』英語訳からの日本語訳 by yoko-tzm)

我が黒き瞳よ、我が魂の中の魂よ。
愛による心の傷は、癒されることは無し。
カザフの賢人も、賢き長老も、
そなたのような人がいようとは、そも言うまいぞ。
私は嘆き、歌うだろう、涙さえ流すだろう。
語らう時が来たならば、愛しき人への言葉を言わん。

(『黒い瞳』参考動画②:日本語による歌唱)

■ 動画:『カザフの詩人、アバイ・クナンバイウルの歌「黒い瞳」を日本語でご紹介します。』
By Embassy of Kazakhstan in Japan 2020/07/24
・日本のカザフスタン大使館が作成した『黒い瞳』の日本語による歌です。

 


【ディマシュ28才の歌、『シンドラーのリスト』】

 次は、今年2月にディマシュがロサンゼルスに住むようになった頃の動画です。
 ネイサン・ワンというアメリカ出身で中国人の音楽家(映画音楽など)が弾くピアノの伴奏で、ディマシュが『シンドラーのリスト』のテーマ曲を、ヴォカリーズで歌っています。
 イントロと最初の2小節は、多分、録画が間に合わなかったのでしょう、曲の途中から始まります。
 ディマシュはこの『シンドラーのリスト』のテーマ曲が好きらしく、ピアノで弾いている動画も以前インスタにあげていました。

■ 動画③:『Dimash working with Nathan Wang』(ディマシュはネイサン・ワンと仕事中) By Dimash Iran 2023/05/23付
・「シンドラーのリスト」テーマ曲を歌うディマシュ。
 2023年2月、ロスに到着後まもなくの時期か。


■ 動画④:ディマシュ(公式)のインスタグラムより
ディマシュのピアノによる『シンドラーのリスト』テーマ曲。
2022年12月4日付。
・画面には、いまだ実現されない謎の「Soon…」が。


《ジョン・ウィリアムズの「5度跳躍」》

 この曲を作った映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズは、「5度跳躍」のメロディを多用する作曲家として有名です。
「5度跳躍」というのは、ピアノの白鍵5個分の間隔です。
 歌の方の動画③、始まってすぐのメロディ、「レソレソ、ファ♭ミレド」の「レソレソ」がそれです。
 このほかにも、ウィリアムズの作曲した映画音楽にはこの「5度跳躍」が印象的な『スター・ウォーズのテーマ』(♭シーファー♭ミレド♭シーファ)とか、『スーパーマンのテーマ』(ドッドソー、ラッソファソー)とかありますけど、この『シンドラーのリスト』ぐらい難しい「5度跳躍」は、ちょっと他にないかもです。
 なにせ1回でも難しい完全5度の跳躍を、2回も繰り返すのです。
(追記:レソの下降完全5度跳躍のあと、これをもう一度繰り返すためにソからレに上がる跳躍も加えると、合計3回繰り返していることになります)
 この完全五度は、2音の音程が合っていないと、非っ常~に気持ちの悪い跳躍になってしまいます。
 楽器だとそうでもないですが、歌うとなるとかなり難しいです。

 ディマシュ、君、それが好きなんかい、と。

 その次のフレーズの「ド♭ミド♭ミ」の跳躍の方が、間隔は広いけど、こっちの方が歌うのは簡単だったりします。

 ディマシュはこの曲よりももっと難しい曲を持っていて、まだ正式に発表はされていませんが、デモテープっぽい音源とか、仮歌みたいな動画が出回っています。
 これがもう超絶に難しくて、こういうメロディを歌うのが好きってことは、音程に関してはかなりアスリートっぽい感覚なのかもしれません。


《歌の上手さ、伴奏者の上手さ》

 しかしやはり、歌の上手さってのは音程だけではありませんで、この『シンドラーのリスト』の歌の、メロディが最高音に上がっていく時のディマシュの声の膨らみ方や、部屋中に響き渡る声が持つ説得力に、うわあああっと圧倒される感じです。
(ただし表現力に関しては、この歌はちょっとした練習でお遊びみたいな感じなので、多少割り引いて聴いてます)

 ネイサン・ワン氏のピアノ伴奏も、ものすごく上手いですね。
 いつも思うのですが、ディマシュの伴奏をする人たち、ライブや録音もので楽器を弾いたりコーラスをしている人たちは、ロックバンドのメンバーみたいな派手に楽器を弾く人たちとは違ってすごく地味な雰囲気ではありますが、実は皆さん、ものすごく上手いです。
 本当に、びっっっくりするぐらい上手いです。
 普段、バンドや歌謡曲などのライブ演奏を聴いている時の私は、自分でもどうかと思うけど、実はものすごく音にうるさくて、間違ったり変だったりするとすぐに気がついて集中が途切れます。
 ところが、ディマシュのライブの動画では、そういう「楽器演奏の不備によって集中が途切れる」ことが一切ありません。
 なので、ディマシュを発見した頃は、彼が世界最高峰の歌手のひとりだということは当然としても、なぜカザフスタンの歌手の伴奏がこれほど、アメリカやイギリス、ましてや日本のライブの伴奏に比べて、どうしてこれほどレベルが高いのか、不思議で仕方がなかったのです。
 それは結局、ディマシュ本人の耳が圧倒的に良く、音の選択と演奏者の選択も、彼の耳によって決定されているからなのだろうと思っています。


《ディマシュのピアノ演奏》

 彼の耳の良さは、彼がピアノで弾く『シンドラーのリスト』のテーマ曲でも、良くわかります。
 もちろん、彼は専門のピアニストではないので、ネイサン・ワン氏に比べると熟練度では劣りますが、音量の抑揚のつけ方、微妙な溜めの長さなど、ある意味で専門家とはかなり違うピアノ演奏です。
 たとえば、最初の1音から次の1音までのかなり長い溜め方、途中で乱れるタッチまで計算したような音の構成、そしてエンドの高音の力の抜き方と、にもかかわらず、すうーっと伸びていくその響き。この音の途中で動画が途切れるのがもったいないほど美しい音です。
 はっきり言って、ピアノが歌を歌っているような感じです。
 ディマシュは演奏しながら、ピアノを人間のように歌わせるため、非常に注意深く、真剣にピアノの音を聴いています。今鳴った音の次にどんな音が鳴れば「歌」になるかをイメージして、その音がどんなタイミングで鳴れば情感が表現できるのかを予測しながら弾いています。
 これができるのは、ディマシュの音楽を聴く能力がものすごく高いからで、それが一般的に「耳が良い」と言われる状態なわけです。
 結局、歌が上手いということは、この時のピアノ演奏と同じく、ディマシュが歌いながら同時に注意深く自分の歌を「耳を使って聴いている」からなのだと思います。
 それに、歌でもこのピアノの演奏でも、これほど「そーっと小さく」歌ったり演奏したりすることが出来るのは、ディマシュの「忍耐力」と「時間の観念」が尋常の感覚ではないからだろうと思います。
 歌声と同じく情感あふれる演奏なので、全編演奏して録音してリリースしてほしいくらいです。


(未発表の難しい歌)

■ 参考動画⑤:
『D I M A S H---Димаш—“OVER HERE” [LOVE IS NOT OVER YET]~ FMV (unofficial Video)』 by Dimashzone  2020/03/02 
Lyrics: Devon Graves, Music:Walter Afanasieff, Dominique Borse, Flavien Compagnon


■ 参考動画⑥:未発表曲の仮録音?『Love Is Not Over Yet』
isabella.dear73のインスタグラムより 2020年5月29日付


ここまでが、例の「マレーシア・ライブ」の前です。
ここからが、例の「マレーシア・ライブ」のあとです。


【ディマシュ29才の歌、『ドゥダライ』】

 最後に、ア・カペラのカザフ民謡です。
 ディマシュが9月9日、中国で開かれた『国際情報コミュニケーション・フォーラム』の、ディスカッションイベントの壇上で歌った『ドゥダライ』という歌です。
  ディマシュは司会者にカザフスタンの曲を何か歌ってほしい、みたいなことを言われて、それではってことで、伴奏なしのア・カペラで歌い始めました。

■ 動画⑦:
『Dimash at China international intelligence communication forum 2023』
By Dimash Iran 2023年9月9日付
・『ドゥダライ(Дударай)』をア・カペラで歌うディマシュ29才の歌唱。
・歌が終わった後の拍手は、イベント側?の演出で加えられたようです。

 
■ 動画⑧:『Dimash singing Dudarai』 by Dimash Iran 2023/09/09付
・ファンによるライブ録音なので、ディマシュが歌い終わったあとの会場や檀上のゲストさん達の反応が分かります。


 メロディラインがなんとなく、日本の唱歌『朧月夜』(♪菜の花畑に入り日薄れ)を思い出させるようなところがあって、なんだか懐かしい感じがしますね。
 途中の「ドゥダライ、ドゥ―ダム」というところが、日本の民謡の「エンヤーコラ」とか「サノヨイヨイ」みたいな「はやし言葉」ぽくて、つい一緒に歌いたくなります。

  実は、ディマシュの歌がいちばん上手に聴こえるのは、伴奏もエフェクトもないア・カペラです。
 たまに家庭や身内のパーティみたいな場面で素で歌っている動画がありますが、まあ、上手い。
 もはや上手いっていうより、うっとり、としか言いようがない、ため息がでるばかりの見事さです。
 今回のア・カペラも上手いのですが、その雰囲気は、これが実際のコンサートではないことを考慮し、なおかついろんな年代や場所で歌った過去の同曲の歌唱と比べても、なんというか、以前とはやっぱり違って聴こえます。

 たとえば、

《参考動画⑨:ディマシュ23才の『ドゥダライ』》

『Димаш спел со зрителями "Дударай". Публика кричала "Браво!"』(ディマシュは観客と「ドゥダライ」を歌い、観客から「ブラボー」の声が上がった) by Bestnews TV 2017/07/23 

 
 これは、中国のTV番組『Singer2017』に出演した同じ年の2017年7月22日、アスタナ市で第13回国際映画祭「ユーラシア」のオープニング記念コンサートに出演した時の、23才の歌唱です。
 まだ若くて、声のアクロバットで聴衆を驚かせることがとっても楽しそうな感じですね。
 この年齢ならそれで良いのです、しっかり遊んでおくべき時期ですから。

  次に、

《参考動画⑩:ディマシュ25才の『ドゥダライ』》

『迪玛希Dimash,[20190811 ] 【English sub】 CCTV4 Universal Show 环球综艺秀』 By zhongxindeying 2019/10/22 英語字幕あり
・2019年10月20日、中国のCCTV4(中央電視台)の番組「ユニバーサル・ショー」で、ディマシュのファンらしい女性歌手アイリーンさんと『Dudarai』を歌うディマシュ。
・歌の前、アイリーンさんが一緒に歌うことになった顛末からの、頭出し。

 
 1番を歌い終わったアイリーンさんが、あまりの嬉しさに身もだえする様子がとっても可愛いと、dearsの間で評判になったそうです。
 この時ディマシュは25才。
 端的に言うとですね、すでに我々は今年、ディマシュ29才の「マレーシア・ライブ」を聴いています。
 そのため、この番組で次に歌う『秋意濃』(『行かないで』中国語版)を聴いても、この25才のディマシュの歌には、まだ抑揚があまりなく、発展途上であることがはっきりわかります。

 25才というのは、それまでの何をやっても楽しくて面白い時期が終わりを迎え(つまり、しっかり遊んだので遊びに飽きちゃうのです)、これからの自分の人生の舵取りを考え始める時期に当たります。
 この当時の彼はちょうどその切り替え時期であり、以前のアクロバット的な歌い方から脱却したいけれど、その方法論がまだはっきりとは見えて来ていないため、仕方なく2017年頃の歌い方を踏襲してしまった、という風に聴こえます。
 それでもこの当時にこれを聴いたら、この番組の司会やゲストの皆さんたちと同じく、とろけちゃったり涙ぐんだりしたと思いますけどね。

 また以下の感想も、今になって感じることです。
 次の年の2020年以降、新型コロナウイルス・パンデミックにより、世界のあらゆる活動に制限がかかります。
 ディマシュも同じく2020年3月11日ウクライナでのコンサートを最後に、しばらくライブ活動を中断させられます。
 さらに次の年の2021年1月、ディマシュはデジタルショウを行いますが、このデジタルショウでの歌は、2019年25才の時よりも格段に歌唱のレベルが上がっていました。
 世界は活動の制限に苛立ち、特に人を集めての興業が生命線であるエンターテインメント業界は静かに絶望を深めていた時期でした。
 ですがディマシュは、多大な忍耐を要するこの時期にしっかりと声の研鑽を摘み重ね、自分の歌の力量をさらに拡大し、現在の自分の歌に関する不満を解消するべく、ある意味で虎視眈々と、水面下で成長を続けていたことが非常によくわかります。
 いやもう本当に、凄い男だなと思います。

(おまけ:突然のシンクロニシティ)

 そしてこれを書いてるたった今、新型コロナ自粛の時期に、ディマシュが自宅で弟とPS4でサッカーのゲームをやってる最中に本人が撮影した動画ブログを発見してしまった!
 以前別の動画で見たけど保存していなかったので探してたのですが、今まで全く出て来なかったのに、こうやって感想文に「新型コロナ、制限」などと書いたとたん、それがYouTubeのお勧めにポンと出てくるんですよ。
 これは私じゃなくて、ディマシュが起こすシンクロニシティです。
 ディマシュを聴き始めてから、こういうことがホントに頻繁に起こるようになってまして、とても面白いです。

■ おまけ動画:『[Sub] Dimash's video log. April 1, 2020.』
by Ruxanda Translations 2020/04/02

 

 解説が前後しましたが、時期としてはこの2019年度25才の『ドゥダライ』の後が、ディマシュ28才の『シンドラーのリスト』です。

 では、本題であるディマシュ29才の『ドゥダライ』に戻りましょう。

《『ドゥダライ』の歴史物語》

 この時のディマシュの歌唱をインスタグラムに投稿していたファンの説明によると、歌われているマリアムとドゥダルというふたりは、実在の人物だったそうです。(注1・動画)(注2:歌詞)

「19世紀、ロシア帝国の支配下に置かれたカザフスタンに何千人もの農民が移民として入り、その中にロシアの農民イーゴル・ライキンの家族が含まれていた。その娘のマリア・エゴロヴナ・ライキナ(1887-1950)が、自分の体験からこの歌を作り、カザフの音楽史に名を残した」ということです。

 マリアとドゥダル(本名はドゥイセンらしい)という若者は、最初は両方の家族から結婚を反対され、マリアには別に許嫁がおり、彼女は草原に出奔し、その時にこの歌が作られたそうです。
 これ以前の18世紀、カザフスタンはロシア帝国から政治・経済の両面に渡る進出を受け、その結果カザフにはヨーロッパ系の農民や商人、兵士達が大量に入植して来ました。彼ら入植者達によって土地を奪われたカザフ人は、18世紀末には「ロシア暴動」を起こしています。
 その後の19世紀中頃、ロシア帝国がカザフスタンを完全に支配下に置くと、それ以降ロシアやウクライナなどから再び多くの農民が入植しました。
 作曲者マリア・ライキナの家族がカザフスタンに入植したのは、おそらく20世紀初頭でしょう。
 当時カザフ国内には、1世紀前の「ロシア暴動」のあとも、長い期間にわたって入植者たちへの不満がくすぶっていたはずで、ロシア人のマリアとカザフ人のドゥイセンは、両家からそれぞれ異なる立場によって結婚を反対されたのだろうと推測されます。
 つまり、カザフ版ロミオとジュリエットですね。
 2人はのちに許されて結婚しますが、ほどなくしてロシア軍に派遣されたドゥイセンが亡くなり、その時マリアは18才だったそうです。
 彼女の年齢から時期的には1905年頃となり、彼は第一次世界大戦で亡くなったのではないかと考えられます。
 彼女はそれでも、その後もずっとカザフスタンとカザフの民謡を愛し、ドンブラを弾いて一生を終えたそうです。

《本題、29才の『ドゥダライ』》

 ディマシュの今回の『ドゥダライ』には、この実在した女性の人生を祝福するような雰囲気があります。
 ディマシュの声がもともと持っている「悲しみ」はあるのですが、それよりも、この遠い過去の物語に対する郷愁と、この女性の人生に存在した甘やかな幸せの思い出を感じさせ、そしてそれらをやさしく包み込むような雰囲気があります。

 どうしたんだディマシュ。
 大人になったどころか、声が変わったどころか、歌の器まで広がっちゃったのかね君!???

 以前の彼の歌にはほとんどなかったそれ、というか、私は誰の歌にもこんなにはっきりとそれを聞いたことはありませんが、それは時折、歴史小説でお目にかかるような雰囲気です。
 悲運に泣き、悲劇的な一生を終えた歴史上の人物に対して、彼らの人生を悼みながら、それでいて彼らの人生のどこかにあったであろう悲運だけではない幸福をすくい取って祝福するような、作者の温かいまなざしと思いやりを感じるような作品が、歴史小説には数多くあります。

 そういう雰囲気を、この歌を歌うディマシュの声に感じます。
 彼がマイクを左手から右手に持ち替えて、コーラス部のロングノートと「マリアム」という名前を、まるで夏の積乱雲が急速に立ち登っていくような、力強く雄大なフォルティッシモで歌います。
 するとそれは、歌を作ったマリアや、当時の名もない人々の人生の、そのどれもが歴史上の貴重な歩みであったことを表現しているかのようです。
 そのあと音階を下りていき、儚く消えて行きそうな、抒情的なピアニシモのロングノート。
 それからコーラス部の、涼しい秋風のような柔らかい声と、観客に向けた優し気な笑顔の時の、温かみのある声。

 この、過去への思いやりを含んだ温かい声の響きは、聴き終わって30分が経ったあとでも胸に残り続けています。

 なんだか、歌手という枠を超え始めていませんかね、君?
 だったらなんなんですか。
 もしかして……吟遊詩人?


(終了)


【注解】

(注1・動画)『ドゥダライ』の物語

参考動画⑪: インスタグラムの投稿 by aktobe.dimash.dears.kz 2023/09/10付
 投稿文の欄に、この歌の歴史についてくわしく書かれています。
 投稿者はディマシュの出身地アクトベに住むファンのようで、アクトベ市やカザフスタン国内のディマシュ関連の人物の動向を頻繁に投稿してくれています。
 また、2ページ目は動画⑧と同じ、2017年7月22日のライブの歌唱です。


(注2・歌詞)「ドゥダライ」の歌詞

 https://lyricstranslate.com/ja/dudaray-dudaray.html

 ■カザフ語歌詞(カッコ内は発音の読み方)
Мәриям Жагор деген орыс қызы, 
(Märïyam   Jagor     degen   orıs  qızı, )
Он алты, он жетіге келген кезі.
(On   altı,      on    jetige     kelgen    kezi.)
Қазаққа Дудар деген ғашық болып,  
(Qazaqqa  Dwdar   degen   ğaşıq      bolıp,)
Сондағы Мәриямның айтқан сөзі !
( Sondağı   Märïyamnıñ   aytqan sözi ! )
  ※ Қайырмасы:  (←注:歌っていない)
  ※( Qayırması:)
Дударари - дудым,
(Dwdararï - dwdım,)
Бір сен үшін тудым !
(Bir    sen    üşin    twdım !)
Шіркін  -  ай,  Дудара  –  ри  –  дудым !
(Şirkin   ー  ay,     Dwdara  ー  rï    ー  dwdım ! )

 (注:ディマシュは歌詞の中の「Qayırması」を歌っていません。
検索して出て来た歌詞にはありますが、内容的にコーラス部分の説明として「折り返し」または「歌声」という意味のようです)
(また、カザフ語の歌詞は、韻の踏み方がやっぱり美しいです)

 
■英語翻訳 + 本語翻訳(by yoko-tzm)
Maryam Zhagor, a Russian girl   マリアム・ジャゴール、ロシアの少女
Of sixteen-seventeen       16才か17才か
Fell in love with a Kazakh named Dudar, カザフのドゥダルに恋をしたよ
And these are Mariam's words:  そうしてこれはマリアムの言葉だよDudaraiym - dudym,       ドゥダラリ、ドゥダム
I was born for (only) you !    あなたのために私は生まれたの
Shirkin-ai, Dudaraiym – dudym ! 愛しき人よ、ドゥダラリ、ドゥダム

(以下、こう続きます)
マリアムは鋭いハサミを持っているよ
マリアムの名前が紙に書いてあるよ
意にそわない男に嫁ぐくらいなら、私はお墓に入るまでよ
ドゥダラリ、ドゥダム
あなたのために私は生まれたの
愛しき人よ、ドゥダラリ、ドゥダム

(不要かもしれませんが一応説明すると、マリアムは自刃用にハサミを持っていて、紙というのは婚約した証明書か何かの書類で、そこには、ドゥダルではなく別の男の名前とともにマリアムの名前が書いてあるからだ、という意味です)

(注解・終了)

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