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同人誌の感想:鹿紙路『玻璃の草原』

鹿紙路さん『玻璃の草原』を読みました。

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平安時代初期、武蔵国多磨郡に暮らしていた農民の少女・糸(いと)と、「移配」によって東北地方から連れてこられたエミシの少女・野志宇(のしう)の恋を描いた百合時代小説。

武蔵国多磨郡は現在の東京都多摩地方。
近くに「調布市」というのがあるくらいだし、「なんとなく昔は布を作ってたんだろうな~」といううっすらした知識とも呼べない認識があったので、興味を惹かれました。

(余談ですが、多摩地方とか多摩市は「多摩」で府中市多磨町は「多磨」と字が違うのですよね。駅名も「多摩センター」「多磨霊園」ですね。仕事柄「多磨」と「多摩」を両方書く機会が同じくらいあって、新人のころ「ややこしいな~~!!」てなったのを思い出します)

ヤマト、エミシ、韓の人々(渡来人)という出自の違う人々が隣り合って生活する地域で、少女たちは結ばれるけれど、この地ではふたりが生きる将来は見出せません。

北を目指そうと手に手を取り合うふたりのすがたがしなやかにつよく、うつくしいと感じました。それと同時に、そのようにできなかった無数の人々のことも思います。

この小説には、たとえば日本史の授業で暗記させられるような、歴史的著名人は登場しません。支配者層たる大領や松井ですら、歴史の塵の一粒でしかないのです。
糸や野志宇のような人々のことはなおさら遠くへ吹き流されてしまって、わたしたちは忘れ去ってしまった、というより存在したことすら気づけずにいます。

そんな名もなき人々の暮らしが、本作では目の前に蘇るかのようでした。
機織りや皮なめしの作業、椿油でおめかしをする糸、牛を家族同然に大事にするエミシの人々、「火熨斗」(ひのし)で皺を取った服を着る韓の人々……。

丹念な取材と柔靭な筆致によって鹿紙さんが描き出した人々のすがたは、長い歴史の中ではほんのわずかかもしれませんが、そのことによって、わたしの、またはわたしのような読み手が知らない人々は誰一人として「存在しなかった」ことにはならないのだと、そんなことを思いました。


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