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#【失恋? 片思い? 結婚?】

  ー少しだけ、ノンフィクションー


タタン  タタン  タタン

真夜中の電車に乗っている。

わたし以外に 誰も乗っていない。

深夜の電車は、酔っ払いや、残業で疲れ果てているサラリーマン。

渋谷辺りで遊んでいた若い人たちで、

いつもは満員なのに、何故か誰も乗っていない。どの駅に着いても乗ってこない。

おかしいのは それだけではない。

電車が古い。

むかしの木の床の、油の匂いがする電車だ。

変なのは、全然 怖いと思わない自分。

わたしが電車に乗っているのは、ただの時間潰し。

そういえば、歌にもあったな。

中島 みゆきの歌だ。

失恋した女が、ひたすら電車に乗っている内容だった。と思う。

「クスッ」

笑ってしまう。

それって、まるで今のわたしじゃない。

『ごめん。好きな女性ができた、別れて欲しい』

そう言われたのは、今朝のこと。

彼のマンションで、一緒に暮らしていたから、わたしには戻る所がない。

年内に出ていく約束をした。

この時期に住む部屋を探している人は、ヤバイから警戒するの。

そう言ったのは、不動産屋に勤めている友達だ。

家賃が払えないから夜逃げした人。

借金取りから逃げてきた人。

とにかく、お金絡みの問題を抱えての引っ越しが増えるのが、年の瀬らしい。

                     💫⭐️💫


「カンパネルラなら 良かったのにな」

大好きな、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が、さっきから頭の中に浮かぶ。

この電車が 夜空に飛んでいくといい。


彼とは結婚するはずだった。

お互いの親にも会った。

わたしは、来年の今頃 寿退社する予定で、二人で式場を探していたし、婚約指輪も受け取っていた。

社内の鼻の効く人は、勘付いているようだった。

その人は、会社で何人の人に話しているのだろうか。

「神様、わたし何か罪を犯しましたか?」

恨みがましい言葉が出てしまう。


                        💫⭐️💫


 タタン  タタン  タタン


ここは、都心から離れた郊外だから、窓の外は、真っ暗だ。

街灯が たまに頼りなげに灯っている。

涙で、滲んで……いない。

だって、泣いてないもの。

「井之頭公園のボートに彼と乗ったから?」

「それとも一緒に江ノ島に行ったから?」

恋人同士では、してはいけない。

別れることになるから。

そう、言われている事を、彼は面白がって、わたしを連れて行った。

『迷信、迷信』

笑いながらそう言った。

本当は、わたし イヤだったんだよ。

それでも、結婚が決まってからは、わたしも迷信だったんだ。 そう思った。

「やっぱり本当だったんだ。別れてしまうんだ」


                       💫⭐️💫


この事は、親友にだけ電話で話した。

予想通りの返事が返ってきた。

『そんな奴と結婚しないで良かったのよ。

慰謝料を、たんまり取った方がいいよ!』


問題は、わたしの父だ。

怒り狂って、彼の親に怒鳴り込みそうだ。

それは避けたい。

ますます、自分が惨めになるだけだから。

それにしても、泣きもしない自分が不思議だ。

「ショック過ぎるからかなぁ」


ガタ  ガタ  ガタ

電車が急に揺れ出した。

…あ……おき……子……

ガタ  ガタ  ガタ

ワッ 眩しい!なに なに ?

「朝だよ、洋子。 起きて」

あ、朝?朝?

「洋子が寝坊するなんて、珍しいな。どこか具合が悪い?」


夫が心配そうに、覗き込んでいた。

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ベランダに布団を干す。

海が近いから、微かに 潮の香りがしてくる。

何十年も前のことなのに、夢に見た。

「Facebookだ」

昨日、友達申請をしてきた男がいた。

そう、結婚を決めていたのに、いきなり

わたしを振った、あの男からだった。


『あの時は、悪かったね。幸せにしてる?

僕も、いい歳になったよ』

白髪混じりの、中年男の写真。


もちろん、承認しなかった!

アイツは、歳を重ねても、人の痛みが分からないままだった。

『今度、食事でも行かない?』だって。

「さて、今日は野菜が安売りの日だから、

自転車で行って来よう」

わたしは、部屋に入って支度を始めた。


                    (完)










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