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虎になりたかったペンギン

ライオンじゃなくて?

そう、虎がいいんだ、ライオンより強そうだろ?

う〜ん、そうなのかなぁ?

僕にはそう見える、だから虎がいいんだ

ふむ……


  【強くならなきゃ強く】


中学の時、友達の剛志はよく云っていた

自分に言い聞かせるように何度も。

この頃、剛志の父親が薬物の常習犯で逮捕されていた。

剛志は自分のことより母親と齢の離れた妹のことを心配していた。

案の定、妹は小学校で虐めに会う羽目になってしまった。


母親は気丈に振る舞っていて、職場で色々云われても堪えているようだ。

「クビにならなかっただけでも運がいいんだから」

そう云いながら会社に行ってるようだ。

薬物の常習犯の父

これまでも警察の世話になっていた。


俺は剛志から父親が捕まったと訊く度に

「何やってんだよ!」

と腹を立てた。

けれど剛志は、

「親父なりに辞めようと努力しているんだよ、だけど元に戻ってしまう」


剛志の横顔を見て、俺は辛くなった。

やはり父親なのだ剛志にとって。

高校は夜間学校に通い昼間は働いて家計を助けている。

剛志の妹も中学生になる。

お金がかかり始める頃だ。

塾一つ通うにも。

子供は親を選べない、その逆もあると思う。


俺のオヤジは医者をしている。

町のお医者さん的な存在で、お年寄りに人気があるようだ。

だが家庭のことは全部、母親任せで子供との触れ合いもいっさいしなかった。

だから俺はオヤジに遊んでもらった記憶がない。


頑固でプライドが高く、常にムスッとしている印象しかない。

オヤジとお袋はお見合い結婚だ。

お袋は後悔していないのだろうか。

なんの面白味の無い男と一緒になって。


ある日、俺が学校から帰ると玄関に見慣れない男の靴があった。

白い淵のガラス戸を開けてリビングに入ると、眼鏡をかけた細身の男が母と話していた。

テーブルの上にある物を見て俺は複雑な気持ちになった。


「お帰り一馬」

「お帰りなさいませ。お邪魔しております」

なんの返事もせずに俺はインスタントのコーヒーを作り、マグカップを持って自分の部屋に行った。


部屋のドアを閉めると俺はそのまま寄りかかった。

うんざりした気分だ。

「宝石を買ってストレス発散か」

俺ん家は有名百貨店の優良顧客らしい。


だからああして百貨店の方から出向いて来るわけだ。

「何が優良顧客だよ、馬鹿らしい。ただのカモだろうが」

俺は高3、受験生になっていた。


オヤジは俺と顔を合わせる度に、眉間に皺をつくる。

「医学部、大丈夫だろうな一馬」

「いつ俺が医者になるって云ったよ。医学部なんか受ける気は無いから。受けたところで受からないだろうし」

「お前は一人息子なんだ。継ぐのが当たり前だ」

「俺の将来を勝手に決めないでくれ」

「なんだと、誰のおかげでいい暮らしが出来ると思ってるんだ」


「頼んだ覚えはない、俺は普通の暮らしが出来ればそれで満足なんだ、オヤジには解らないだろうけど」

「一馬、お前!」

「出かけて来る」

俺はスニーカーを突っ掛けると外へ飛び出した。


時間は22時近かかった。

商店街の店舗もシャッターが閉まってる。

俺は剛志に電話をしてみた。

「もしもし」

「剛志、俺だけど」

「一馬か?どうした珍しいな」


「いや、またオヤジとやっちまってさ」

「ハハハ懲りないな一馬も」

「剛志が良ければ、これから会わないか」

「丁度帰ったところなんだ。いいよ会おう」

「駅前のコンビニで待ってる」


「判った、なるべく急いでいくよ」

俺はスマホをズボンのポケットに仕舞うとコンビニに入った。

この時間のコンビニは混んでいる。

俺の世代だけじゃなく仕事帰りのサラリーマンの姿が目立つ。


剛志は最寄り駅が同じで、東口か西口かの違いしかない。

それにしては中々会わないものだ。

「剛志は仕事と夜間学校で忙しいからな」

俺は縦に並んでいるスポーツ新聞に目を遣る。


デカデカと人気アイドルグループの一人が麻薬で逮捕されたと報道している。

「馬鹿だなぁ、せっかく売れたのに麻薬なんかで棒に振って、もったいない」

店のドアが開いて剛志が入って来た。


「待たせてごめん」

「俺こそ呼び出して悪かったな、学校から帰ったばかりなのに」

「いいよ。たまには息抜きしないとね。

家と職場と学校。このパターンが出来上がっているから良かったよ、誘ってくれて」


「何か食べよう、夕ご飯まだだろう?

好きな物を注文していいから。金だけは持ってるんだ」

そう云って俺は笑った。

剛志も笑顔を見せた。

「遠慮なんてしないよ、云っとくが」


「お袋さんと妹の分も買っていくといい」

「凄いな、そいつは。じゃあ遠慮なく注文するから」

剛志は店員に次々とオーダーしている。

「云ったはいいけど足りるかな」

少し心配になってきた。


レジで金額を訊いて足りることが判り安心した。

「これからどうする」

「動物園に行かないか」

「この時間だ。閉まってるだろう」

「だから忍び込むのさ」


15分ほど歩くと無料の動物園がある。

流石に大きな門は閉まっているしどうやって入るか。

柵を注意深く見ていると、一ヶ所開くようになってる場所がある。


鍵はかかっていたが、くたびれた柵は、少し力を出せば、容易に開いた。

こうして俺と剛志は園内に侵入することに成功した。


歩いていると、動物が建物の中に入って寝ているらしく空っぽの檻もあるし、夜行性の動物たちは、注意深く俺たちを見ている。

少し歩いたところがペンギン舎だ。

傍にベンチがある。


剛志と俺はそこに座ることにした。

「では失礼して、いただきます!」

そう云って剛志はコンビニで買ったおにぎりやチキンを食べ始めた。

俺は昼間ペンギンたちが歩いたり泳いだりする庭を眺めた。


そして一羽のペンギンがいることに気づいた。

暗闇の中、心許ない様子に俺には見えた

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ポツンと佇む姿は、自分はどっちへいけばいいのか判らずに、歩き出せずにいるみたいに俺には映った。

「ペンギンは陸にいる時と水の中にいる時と全く違う生き物だよな」


剛志はそう云うと、ペンギンを見ながらペットボトルのブラックコーヒーを飲んだ。

確かに陸にいる時のペンギンは、ヨチヨチ歩きでユーモラスだけど一度水に入るとまるでジェット機が飛ぶように素早く泳ぎ回ることが出来る。


「剛志は今でも虎になりたいのか」

俺の問いかけに少しの間、剛志は黙っていた。

「そうだな、なりたいかな、なれるものなら」

「そうか」


剛志はそのままで十分強いと俺は思ったが口には出さなかった。

「そうだ、一馬はどの大学に行くんだ」

「これから受験なんだ、まだ判らないよ。

俺が入れる大学があるかもおぼつかない」


剛志は笑って訊いている。

いつの間にかペンギンの姿はなくなっていた。

仲間たちのところへ戻ったのだろう。

「そろそろ帰るとするか」

「あゝ、そうだな。おごってくれてありがとな」

「俺の取り柄はこれくらいだからな」


「誰かいるのか!」


どこからか怒鳴り声がした。

「ヤバい!行こう!」


「警察を呼ぶぞ!無断で園内に侵入して」


俺たちは逃げた、柵を出てからも走り続けた。

何故だか笑いが込み上げてくる。

新しい日の始まり、午前0時を俺と剛志は笑いながら駆け抜けた。


       了


























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