【キラキラの国】 1話
ずっと不思議に思ってることがある。
僕の家のことだ。
お父さんは世間でいう一流企業に勤めていて、何か役職にも就いていたと思う。
なのにだ、何で僕の家は貧しいんだってこと。
僕が幼稚園に通ってた頃には、広い一軒家に、お父さん、お母さん、僕と妹の皆んなで住んでいたのに、僕が小学校4年時に、その家を突然売りに出してしまった。
こじんまりとしたマンションに僕の家族は移った。
僕は訊きたかった。
《何でだよ》
でも何故か訊けなかった。
理由は分からない。けど……。
とにかく訊いちゃいけない、そんな気がしたのだ。
相変わらず父は“エリート”と呼ばれる種類の人には変わりはなく、給料が下がったとは思えない。
こじんまりとしたのは住まいだけではなかった。
僕と妹の小遣いが減った。
洋服も滅多に買って貰えなくなった。
毎日同じ服を着ていると、学校では微妙に虐めのターゲットになりやすい。
僕も妹も、今は何も云われずに平和でいられた。
お母さんの料理にも、ハッキリとした変化が出ていた。
以前は何品ものおかずがテーブルに並ぶのが当たり前だったが、今はご飯と味噌汁、それにおかずは一品だ。
でもそれはいいんだ。
だって専業主婦だったお母さんは今は一日中、働いているのだから。
そうだ。お母さんになら訊けるかもしれない。
僕が不思議に思い続けてるこのことを。
夕飯を終えて、僕と妹そしてお母さんとテレビを観ていた。
僕は遂に尋ねた。
「ねえ、お母さん、訊きたいことがあるんだけど」
「なぁに、訊きたいことって」
お母さんはお茶を飲むと、そう云った。
逆に質問された僕は急にドギマギした。
「颯太、何を慌ててるのよ、変なの」
お母さんはそういうと、視線を再びテレビに戻した。
“変なの”と云われてしまった。
息子の僕がずっと抱えている不安やら疑問があるのに。
それも家族のことなのにだ。
「お父さんの給料が減ったの?」
不意の僕からの言葉に、お母さんは少し驚いたようだった。
けれど直ぐに元の表情に戻り、
「お父さんのお給料は減ってないです」
微笑みながら、そう云った。
「他に訊きたいことはある?」
「だ、だったらどうして家を売ったの?」
「必要だったから、お金が」
「じゃ……」
「だからって、お父さんのお給料は減ったりしてないから安心していいからね」
なら何故、お母さんも働くようになったのさ。
僕と妹の彩の小遣いが少なくなった理由は?
以前のように洋服を買ってくれなくなったことについては?
お母さんはテレビのバラエティ番組を観て笑っている。
でも、僕の疑問を本当、は全て知っている。
そんな気がして仕方がなかった。
翌朝、学校に向かう途中で悠に会った。
「おはよう、颯太」
「おはよう」
悠とは小学一年の時から五年生の今まで、ずっと一緒だ。
なんとなく仲良くなった。
そういえば、悠も数年前に引っ越したっけ。
確か、悠のお父さんが病気で働けなくなったとかで。
お母さんの収入だけでは大変だろうと思う。
「ボクさ、前のマンションより今のアパートの方が好きなんだ」
悠がニコニコしてそう云った。
「へえ、何で?狭くなっただろ?」
「狭いよ。けど海が近い」
「海が?」
「そう、だから今のアパートの方がいいんだ」
悠は目を輝かせている。
「だってさ、真夜中に、たまに遠くから波の音が聞こえるんだぜ」
「いくらなんでも、そんなに近くはないじゃないか。聴こえるわけないよ、波の音なんて」
「聴こえるよ」
「悠の気のせいか、聞き間違いだよ」
悠は黙ってしまった。
そして、ジッと僕を見ていた。
「颯太のマンションでも聴こえるはずだよ。ボクのアパートと海までの距離が同じくらいだから。先に行くね、1時間目は体育だから」
そう云って悠は走って行った。
「波の音ねぇ。悠の空耳だろう」
そうつぶやいて、僕も学校に向かった。
(つづく)
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